29.風邪をひきました
ひっぐしっ……ずずっ
「意地を張るな、娘よ」
外套を巻きつけながら焚き火の前でガタガタ震えている采蓮に、凌霄が呆れた声をあげた。
「その体で旅は無理だ。どこかの家に泊めてもらうしかあるまい」
「他所様に迷惑を掛けるわけには……っぐしっ」
何度もくしゃみと鼻水を繰り返し、発熱で震えながらも頑なに首を振る。
「そもそも、なぜ逃げるようにあの町を出たのだ?」
そう、あの母子の家から一刻も早く出たい采蓮が、凌霄の手を引っ張り徹夜でここまで来たのだ。そのせいで采蓮の風邪が悪化した。
「だって……私たちは、あのお母さんから娘を奪ったんですよ」
采蓮は抱えた膝に顔を埋めた。
合わせる顔がなかった。采蓮は、逃げたのだ。
それに、寧寧のあの顔が忘れられない。
彼女の苦痛を想像してやれなかった。できたはずなのに。
後悔と自責が采蓮の心を苛んだ。
「そなたはむしろ私を止めようとしていたではないか。
その責を負うのは私一人でよい」
「そうですよぉ。お嬢さんはよく頑張りました」
出た。
ちょこんとしゃがみこんで口元を袖で隠しながらにこやかに采蓮を覗き込んでくる天仙。
肝心なときにはいないくせに何故か事が終わると出てくるのはわざとなのだろうか。
采蓮は、ずずっと鼻を啜りながら死んだ魚の目で景朔を見た。
「鼻水ひっかけたい」
「おやおや、やられちゃってますねぇ」
くすっと笑って手ぬぐいを取り出し、采蓮の鼻に押し当てる。
「ま、何をどうやったって後味は悪いですよ。この手のことはね」
「まるで見てたみたいですね」
「あ、バレましたか」
「コ○ス」
身も心もズタボロの采蓮から純粋な殺気を受けた景朔が笑いながら立ち上がる。
「まぁまぁ、確かに今回の件、凌霄はともかくお嬢さんを巻き込んだことについては少し私も反省しているのですよ」
「おい、私はともかくってなんだ」
凌霄のツッコミを無視して、何やら景朔が御札らしきものを取り出した。
「これは私からのささやかな詫びです。
あ、また3日後に伺いますので。それまでお大事に〜」
「え、ちょ、」
采蓮と凌霄は地面に浮かび上がった謎の円陣に包み込まれる。
手を振る景朔を見たのを最後に、視界が真っ白に染まった。




