26.眠らない娘②
っくしゅ
采連はくしゃみをしてから鼻をすすった。
「何だ娘よ、風邪か?」
「うーん……体冷やしすぎましたかね」
ぼやきながら入ったそこは、少しだけ大きくて町と呼べる規模があった。
「ここなら布団で眠れるやもしれんな」
「宿に泊まるほどの路銀ありませんよ」
ちょっとウキウキしている凌霄に采蓮は釘を刺した。
衝撃を受けたように固まる元ホームレス。仙人としての信念はどうしたと言いたいのをこらえながら、采蓮はまた鼻をすすった。
凌霄の仙人的勘と、采蓮の“眼”によると、気の乱れはこの町に向かっていた。
だが見る限り、この町におかしな点はどこにもない。
芋で溢れているわけでも、村人が異様なテンションというわけでも、季節外れの暖かさというわけでもなかった。
「聞き込みでもしますか?」
「うむ、そうだな」
異様に顔のいい10歳児が、偉そうに道行く女性に声をかけた。
「そこなもの。ちと尋ねたいのだが」
立ち止まった女性は凌霄を見て目を見開き、次いで後ろの采蓮に目を向けた。
采蓮にはわかる。
「もしかしてこの子、いいとこの坊っちゃんですか」と采蓮に視線で尋ねているのだ。お決まりである。
采蓮は静かに首を振った。
「怪しげな道士について調べているのです。この町におかしな奇跡を起こす男が来ませんでしたか?」
凌霄の代わりに采蓮が尋ねると、女性は「あぁ」と頷いた。
「よく知りませんけどね、あそこの王さんのとこの娘さん、もう長くないって話だったんですよ。それがすごい道士様が来て生き返らせてくれたんだって、そりゃあ奥さんが喜んでましたよ。
……でも、ねぇ? なんだか胡散臭い話じゃないですか。不気味っていうか。それにあそこの奥さん、それっきりずっと引きこもっててね。」
あまり関わりたくない、という様子で女性はその家の方を視線で示した。
一発で引き当てた。やはりこの町に偽道士は来ていたらしい。
しかも……
(胸糞悪い予感しかしない)
采蓮は顔をしかめた。
正直この女性と同じ気分だった。関わりたくない。
娘が生き返ったと喜ぶ母親に、絶望を突きつけることになるのだろう。
そんなことを好き好んでしたくない。
「行ってみよう」
案の定そう言い出した凌霄に、采蓮は苦い顔を向けた。
「ここ、飛ばしません?」
「そなたが嫌なら私だけでやる」
「ほんっとうに融通がきかない」
深い深いため息をついた後、采蓮も覚悟を決めた。
先の村で傷ついた凌霄を見たときに、彼の危なっかしさを知ってしまったのだ。
放っておくことはもうできない。
凌霄と手をつないで、件の家に向かった。
コンコンコン
采蓮が木戸を叩くと、中から「はーい」と女性の声がする。
「あら……どちらさま?」
戸外に立っていた少女と少年に不思議そうに首を傾げた女性は、少しやつれた雰囲気はあるものの、普通の人だった。
「ええと……ここに、“奇跡の娘”さんがいると聞いて……」
采蓮が言いにくそうに切り出したところ、その女性はぱっと顔を輝かせた。
「えぇ、えぇ、そうなのよ! あの子はね、奇跡が起こったの! 死んでなんていなかったのよ」
嬉しそうに話しながらぐいっと采蓮の腕を引っ張る。
「是非会ってやってちょうだい。あの子はね、生きてるの。あなたも触れてみたらわかるわ。若い子が来たらあの子だってきっと喜ぶ」
大歓迎すぎて引いてしまう。
だが、凌霄は好都合と言わんばかりにずんずんと入っていってしまった。
案内された部屋は、寝台と小机、そして小さな椅子だけが置かれた質素な部屋だった。だがその枕元には花がいけられ、清潔に保たれているのがわかる。
「……っ!」
横たわる少女を見て、采蓮と凌霄の顔が同時に強張った。
采蓮の目には、信じられないものが映っていた。
寝台に寝かされた少女の顔が“見えない”。
暗闇でしか見えないはずの気の光が、まだ明るい時分だというのにその少女から溢れて光り輝き、その顔を隠してしまっている。
(……生きてるのか、これで……)
隣の凌霄は硬い表情のまま、じっと少女を見つめていた。
「ね? 血がちゃんと通ってるの。わかるでしょう? 触ってあげて」
女性……秀蘭からそっと手を取られた采蓮だが、反射的に手を引いてしまった。
「あ……あの、ちょっと風邪気味で。移したらよくないので」
そう言って誤魔化した。
采蓮のその言葉に、秀蘭は心配そうに眉を顰めた。
「まぁ、それはよくないわ。あなたたち、この町の子じゃないでしょう?
こんな小さな男の子まで連れて、これから帰ったら危ないわ。うちに泊まっていったらどうかしら?」
まさかの提案に采蓮は目を剥く。
断ろうとして口を開く前に、凌霄が割り込んだ。
「それはよい。嬉しい申し出だ。」
「ちょっと」
文句を言おうと凌霄の方を向いた采蓮は更に驚いた。
(また縮んでる……)
もはや丈つめした采蓮の父のお古ですらぶかぶかである。5歳児くらいの見た目だろうか。
秀蘭は凌霄が縮んだことに気づいていないのか、にこにこ笑っている。
その時点で采蓮は悟った。
――この人全然普通じゃなかった。




