16.景朔①
「改めまして、お嬢さん。私の名は景朔と申します。一応そこの凌霄とは腐れ縁でしてね。以後よろしくお願いいたします」
床に座った景朔がにこかやかに挨拶してくる。
ボロ屋にいながら彼の周囲だけ柳の垂れる雅な東屋の背景が見えてきそうだ。
それに対してショタ凌霄はふくれっ面である。
「何をしに来たのだ。偽道士の件ならここには既にいないことくらいわかっておろうに」
「そりゃあ、天から去ってしまった長年の友の顔を見に来たのですよ。
……それがまぁ、見事に縮んで」
景朔は、ぷーくすくす、とあからさまに凌霄を煽っている。
「ええと……つまり、あなたも仙人様なのですか。ここにはこの人に会いに来ただけ、と?」
采蓮が凌霄のための着替えを用意しながら尋ねた。凌霄に渡しがてら、手ぬぐいで凌霄の髪を拭ってやる。
「ええ、まぁついでではあるのですが。ご存知でしょう? おかしな術で理を乱す詐欺師のことを」
当たり前のように世話を焼き、焼かれる二人を面白そうに眺めながら景朔は答えた。
「はい……というか、この村にもその術がかけられたので」
「ええ、ええ。存じておりますとも。
私はそれを追っておりまして。今回は今一歩のところでそやつを取り逃がしてしまったのですよ。力及ばず申し訳ありませんでした」
部屋の隅っこでもぞもぞと着替えている凌霄が声を張って采蓮に補足する。
「こやつは天仙なのだ。簡単に言えば天界の役人のようなものだな。」
「その通り。今回のことは困っているのですよ。あちこちで陰陽の理を乱され歪が出始めましてね。上からなんとかしてこいと尻を蹴飛ばされて来た次第です。
天仙などと申しても、世知辛いものなのですよ。」
「はぁ……」
(いやあんたさっき「面白そうだから」って言ってたろ)
およよ、と泣き真似をする景朔に内心でツッコみつつ、曖昧に頷く采蓮。
凌霄とは違った意味で面倒くさそうな男である。
「早くどうにかしなくてはならないのですが、何分色々と忙しい身でして……」
話している途中でチラッと凌霄の方を見やった景朔。着替えが終わった凌霄は、采蓮のお古に身を包んでいた。
女物の衣を纏っていた。
ブフォッ
堪えきれないといった様子で景朔が吹き出した。
「くふっ……か、可愛らしいじゃないですか……ぷっ……あ、だめ、もう私耐えられない……」
「む……相変わらず嫌味な男だ」
整いすぎた顔面と少年特有の線の細さも相まって、妙に似合ってしまっている凌霄が憮然としている。
凌霄の替えの衣など当然采蓮は用意がない。それに、あったとしても今の彼にはぶかぶかなので、この女装美ショタという業の深い産物が出来上がってしまった。
ひぃひぃと暫く引きずっていた景朔が、涙を拭いながら謝ってきた。
「はー……失礼しました。あまりにもお似合いだったもので。
……で、本題に入りますがねぇ」
景朔の切れ長の瞳がすっと細められる。
「その件の詐欺師なんですが……
ふふ、小物ながら実に効率的で感心しますよ。
そこら中に針をばら撒いて、陽と陰の気をかき混ぜて……おかげで下界は冷害だの何だのと大騒ぎ。
その自分で起こした火事で、火消しのふりをして金を稼いでいるわけです。
まったく、ねぇ? こちらはいい迷惑ですよ」
「いい迷惑」と言いながらその声色はどことなく楽しげだ。
「道士様が言ってたこととほぼ同じですね。
……でも、あの針、そんなにたくさんあるんですか」
采蓮の言葉に、ずずいっと景朔が身を乗り出してくる。
「そうなのです、お嬢さん。そこが問題なのですよ」
「先ほども言った通り、私、なかなか忙しい身でして」
「で、私、気づいてしまいました」
「丁度いいところに昔のよしみがいるではないか、と」
「ですが……」
早口で次々まくし立てた後、凌霄の方を見つめて気の毒なものを見るような視線を向ける。
「なんだ」
「ふぅ……同じ仙人のあなたに手伝ってはもらえないかと思ったのですが」
ため息を付きつつ、やれやれ、とでも言いたげに袖で口元を隠し、上品に流し目を送った。
「”コレ”では、ねぇ……?」
「むっ」
「いやいや、旧友に会えてよかったですよ」
ぷっ
ダメ押しにまた吹き出す景朔。
いい性格である。
「くっ……!」
悔しげな表情で凌霄が拳を握りしめながらぷるぷるしている。
「やってやろうではないか!!」
采蓮は見た。景朔の瞳がその瞬間、にんまりと歪んだのを。




