15.衝撃③
目を見開いて呆然と固まっている采蓮を尻目に、少年はぶかぶかの袖を持ち上げながら脳天気な声を上げた。
「なんと……陽の気に振れると縮むのか。これは予想外であった」
「は、」
「いやな、陰の気に振れて力が使えぬ障りがあったのだ。陽の気に振れても何かしらあるとは思っておった。
それをそなたに伝えようとしていたのだ」
「…………」
ふむふむと頷きながら、今度は手のひらを前に出した。
「どれ、試してみるか」
手のひらの上に水が集まってくる。はじめは雫のようだったそれはみるみる大きくなっていき、凌霄の顔より大きくなったところで パアンッと弾けた。
彼の周囲は水浸しになった。
「うわっ……いかん、やはり制御が狂う」
濡れ鼠になっている美少年。
なんというか、イケナイものを見ているような危うさがある。
その間ずっと固まっていた采蓮は、ようやく我に返った。
「いっぺん殴っていいですか?」
「えっ!? 嫌だが!?」
すううぅ……はああぁぁ……
大きく深呼吸してから、采蓮は凌霄を見下ろした。
「とりあえず、家に行きましょう。びしょ濡れですから」
「うむ、そうだな。布団も恋しいぞ」
「は?」
「ん?」
二人は互いに見つめ合う。
采蓮はここで互いのすれ違いに気づいた。
「まだ家に居候する気ですか? 力が戻ったんでしょう?」
「当たり前ではないか。力が戻ったと言っても思うように扱えんのだ」
「さっき針壊しましたよね? その内陰陽の均衡とやらも整うのでは?」
「ならば、それまででもよいぞ」
采蓮の目が据わる。
こんなのに喪失感を感じてしまっていた自分にビンタしたい気分だ。黒歴史である。
「まさか飯もたかる気ですか」
「……どうやら食ったら穢がたまるというわけでもないようなのだ。
こんなことになるまで知らなかった。289年目の真実だ」
「で?」
「食わずとも死なぬようにはなったが、それとこれとは別だろう? 私はもう飯の味を知っているのだぞ」
「ほう……」
采蓮はにっこりと笑顔になった。
彼女にしては珍しいことである。凌霄は空気読めないなりに察知した。怒ってる、と。
「い、いや! もちろんちゃんと一宿一飯の礼はするぞ!」
「何宿何飯してんだあんた」
「うぅ……だめ、か……?」
ショタが瞳を潤ませて見上げてきた。
ものすごい破壊力だ。
弱いものいじめしているような気分にさせられる。
「はぁ……とにかく、着替えましょう。話はそれからで」
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二人が家に向かうと、戸口の前に身なりの良い男が立っていた。
不審に思った采蓮が身構える。
二人の気配に気づいたのか、男が振り返った。
「おやおや、これはこれは。縮みましたねぇ、凌霄」
くすくす笑う男は、凌霄を知っている様子だった。
というか、この男も凌霄に負けず劣らず美しい。
一筋の乱れも許さず結い上げられた髪、切れ長の瞳は澄んだ泉に一滴の墨を垂らしたような青灰色で、深い知性を感じさせる。
凌霄が「この世ならざる神秘」とするなら、彼は「完成された人工物」のような美しさをたたえていた。
「む……此度の件、天も動くと思っておったが……そなたが来たのか……景朔」
苦虫を噛み潰したような顔で凌霄が答えた。
「ふふ、この件にはあなたが関わっているようでしたので。
面白そうじゃないですか」
「何も面白くない」
知己らしい二人のやり取りを見守っていた采蓮だったが、一度口を挟んだ。
「どなたか存じませんが、とりあえず中へどうぞ。この人着替えさせたいですし」
「あぁ、お嬢さん。不作法をいたしましたね。申し訳ありません。
……”コレ”があまりに傑作だったもので」
びしょ濡れショタを横目に見ながら、ぷくく、と口元を袖で隠して笑う。
家主の采蓮に道を譲って、彼女が開いた戸をくぐった。




