13.衝撃①
采蓮は帰りざま、もう一度針の方を振り返った。
「道士様、あれ、放っておいたらどうなるんです?」
「気というものは、陰陽が混じり合い均衡を取りつつ存在しておるのだ。どちらか一方に振れれば障りが出る類のもの。
あれはその均衡を乱しておる。危険だが……」
「だが?」
中途半端に言葉を切った凌霄を見上げた。
何やらちょっと困っているようにも見える。
「まぁ、こういうことは、天が赦さぬということだ」
何やら歯切れの悪い凌霄は、采蓮がどういうことかと尋ねても、のらりくらりとかわした。
いつもうるさいくらいの男が珍しいことだ。
「もしかして、仙人を詐称してるから天罰が怖いんですか?」
「なっ!? 何をいうか!! 私は289年もの間修行を重ね」
「あーはいはい。289年289年」
「雑!?」
帰り道は、凌霄が行きでパンパンに詰めこんでいた握り飯が冷えてβ化し、石礫のようになったそれを泣きながらバリボリ噛み砕いて采蓮に極寒の目を向けられるという珍事はあったものの、行きよりもずっと早く帰ることができた。
「これは……」
村に戻った采蓮は呆気にとられた。
「フォーーーゥ!! フゥ!!」
「出て来いやァッ!!」
そこにあったのは、つい先日まで不作を嘆いて肩を落としていた農村の風景ではなかった。
やたらテンションが高い。
踊ってるやつやケラケラ笑ってるやつ、普段しかめっ面の3軒右隣のオッサンなんかは上半身裸でずっと「来いやァ」とオラついている。
「……何事ですか、これ」
「……陽の気で満ちておるな」
バリボリ、と最後の一欠片の米の化石を噛み砕き、凌霄が険しい顔で呟いた。
采蓮が更に尋ねようとしたその時、誰かからバシッと背中を叩かれたことによって話は中断された。
つんのめった采蓮が振り返ると、野菜売りのおばちゃんだった。
「ちょっとあんたたち! どこ行ってたんだい? 良いときにいなくって残念だったねぇ!」
「良いとき?」
「そうだよぉ、あんた、ほんとに、そりゃぁすごくってさぁ!!」
「痛い痛い痛い」
バシバシと容赦なく采蓮の背中を叩いてくるおばちゃん。この人はいつもこんな感じのお元気マダムなので逆に普通に見えてしまう。
ハイテンションにすぐ話を脱線したがるおばちゃんからなんとか聞き出した話によると、どうやら采蓮たちは例の道士を名乗る男と入れ違いになってしまったらしい。
「詫び賃」と言ってこの村にこんないらん事をしたそうだ。
「例の道士、来てたんですね。
”詫び賃“……って、どういう意味でしょうか。?」
「ふむ……あの針、我々が村を出る前は陽の気をここから吸い出しておったのだろうな。
それが、今は逆に陽の気を放っておるのを”感じる”。
つまり、そやつ自身がこの村にもたらした陰の気による冷害や不作を、陽の気で満たして“詫び”などと抜かしたのだろう」
鼻白みながら説明する凌霄の声を聞きながら、采蓮はふと違和感を覚える。
「……感じる? 感じられないから私に視させてたんじゃ……」
「ああ……」
そこでこの男は、唐突に爆弾を投下した。
「今、完全に仙人の力が戻った」




