11.だーれだ
キノコでラリってハイになる凌霄の介抱で采蓮の夜は更けていった。
(やっぱりさっさと追い出そうこのヒモ)
――そして翌朝。
焚き火の跡を片付けながら、采蓮はズキズキと響くこめかみを押さえた。
昨夜、笑い転げる凌霄を水場に連れていってひたすら水を飲ませたり、川に自ら顔を突っ込んでぶくぶくと溺死しかけているキノコジャンキーを慌てて引きずり上げたりと大変だったのだ。
当の本人は、昨夜の狂乱などなかったかのように、清々しい顔で伸びをしている。
「……娘よ。私は昨夜実に楽しい夢を見たぞ。鯛やヒラメが舞い踊り……」
「またキノコぶち込んでやろうか」
次は介抱などしてやるものか。
静かに決意しながら采蓮は荷物をまとめて立ち上がった。
「そろそろ出発しましょう。
ここから先は、“視ながら”進むことになるので時間がかかりますから」
「うむ、承知した」
采蓮は袖で目を覆った。朝日を遮り、瞼を閉じて闇の中で光の尾を引く気の流れを“視る”。
普段は無作為に見えながらぶつかり合うこともなく通り過ぎていくだけの光の筋たちが、そこに引き寄せられるように、あるいは逃げ出すように動く場所がある。
その不自然な気の流れが他を乱し、ばちんと弾け合うものもあった。
「あちらの方ですね」
采蓮が指をさした方向を見て凌霄が頷いた。
「よし、行こう」
ずんずんと歩く凌霄を時折引き留めては、再び気の流れを視る。
何度かそれを繰り返していると、凌霄が何やら思案げに顎に手を当てた。
「ふむ……どうにも効率が悪いな」
「悪かったですね」
「ん? なぜ謝る?」
“まじり”の証であるこの“眼”に頼らざるを得ない今の状況を、それなりに不本意に感じている采蓮だ。
少しムッとして返すと、不思議そうに首を傾げられた。
「そなたのそれはよいものだ。
ただ、暗闇でなければ見づらいとなると工夫が必要かもしれぬ」
そう言って凌霄は采蓮の後ろに回り込んだ。
「? なに……っ、」
采蓮の視界が、ふんわりとした温かさに包まれて真っ暗になった。
凌霄が采蓮の背後から、両手で彼女の目をそっと覆い隠したのだ。
「どうだ。これならいちいち袖を掲げずとも、歩きながら”視る”ことができよう。私の機転を褒め称えろ、娘よ」
至近距離から、無駄に低くて甘い声が降ってくる。
耳元にかかる吐息が、昨夜のキノコよりも有害な気がした。
采蓮は、一秒。
深く、深呼吸をして――
ゴスッ
後ろの凌霄の腹に向かって肘鉄を食らわせた。
「オウッ……!」
「……昨今、問題になってるらしいですよ。こういう不埒な手合いが」
腹を押さえて呻きながら「ふ、不埒……」とセクハラ仙人が涙目になっている。
「お気遣いはありがたいですが、普通に歩きにくいです。
ほら、行きますよ」
淡々と告げる采蓮は、少しだけ赤くなった耳を隠すように擦った。
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「……あそこですね。あそこが、大元のようです」
采蓮は目元を覆っている袖を下ろしてこの先にある集落を指差した。
「特に変わった様子はなさそうだが」
「行ってみますか」
「無論。だが娘よ、私から離れるな。なにがあるかわからぬゆえ」
「……はい」
今の凌霄は仙人の力が使えないわけで、はっきり言ってただのポンコツである。
でもそんな揶揄は彼の真面目な顔を見たら引っ込んだ。
一拍遅れて采蓮は返事をするのだった。
――たどり着いたそこは、至極ありふれた農村だった。
「……ふむ」
村に入ると不意に、凌霄が立ち止まった。
「どうかしましたか」
「いや……どうにも……ムズムズするというか……」
凌霄は落ち着かない様子で、何度も自らの胸元をさすっている。
「まさか、また変なモン食べたんじゃないでしょうね」
「た、食べてなどおらぬ! 私を犬のように言うな!」
「前科がありますので」
そんなやり取りをしながら中を進むと、二人は同時に立ち止まって顔を見合わせた。
「芋だらけだな」
「ですね」




