1.出会い①
よろしくお願いします。
本日3話まで投稿します。
(…………は?)
ケツが生えている。
「おおっ……そこな者。助けてくれ。尻が抜けなくなったのだ。引いてくれ」
(…………は?)
采蓮は異様な光景に立ち尽くした。
「ん? 聞こえなかったか? おーい」
(見なかったことにしよう……)
采蓮は無視して素通りしようとした。
「おい!? ま、待て……行くな! おいっ……!」
サクサクサク……
采蓮が枯れ葉を踏む音が、どんどんギアを上げていく。
「待て! 待てというのに……!」
「薄情者!ひとでなし!」
「ちょ、ま……!」
「待ってくださいお願いしますぅ……」
情けない懇願が後ろから聞こえてくる。
背中に突き刺さる声が必死すぎて、流石に無視できなくなってきた。
采蓮は足を止めて空を仰ぐ。だいぶ日が傾いてきた。
(あー……もう)
「その尻を、引けばよろしいのですか」
渋々問いかけた。
穴の奥から弾んだ声が返る。
「そう! そうだ! 引いてくれ……!」
采蓮は山菜が入った背負い籠を脇に置くと、男の尻をむんずと掴んだ。
思い切り、引っ張る。
――だが、抜けない。
男の尻は穴に対して驚くほどシンデレラフィットしてしまっていた。
采蓮はさらに踏ん張り、力任せに引く。
「フンッ……!」
「痛い痛い痛い!! も、もっと優しくできぬのか!」
「わがままじゃないですか? 置いてきますよ」
「置いてかないで」
すったもんだの末にようやく「それ」は抜けた。
勢い余って地面に尻餅をついた男が、「いたた……」と尻をさすっている。
そして、木の葉を頭いっぱいに付けたその男が顔を上げた瞬間、采蓮は思わず目を見開いた。
(……嘘だろ)
泥にまみれていても、隠しようがない。
ゴロツキとも村の男とも違う、整いすぎた顔立ち。
すっと通った鼻筋に、黒々と長いまつ毛。その奥にある瞳の輝きまで、この山の中では異質すぎて、まるでそこだけ切り取られた絵姿のようだ。
(……あやかし、か?)
この世のものとは思えないほど綺麗な男。
それが目の前で、さっきまで"尻"だった事実が、采蓮の脳内でうまく噛み合わない。
無意識に喉が鳴ったのは、美しさへの感嘆か、それとも正体不明の存在への恐怖からか。
采蓮は一歩、後ずさりをした。
(こんな山奥に、場違いな美丈夫。どう考えてもおかしい……)
だが、そんな采蓮の警戒に気付いていない様子で、男はのほほんとした笑みを浮かべた。
「いやぁ、助かった。寒くなってきたので冬眠でもしようかと手頃な穴に入ったら嵌ってしまってな」
「ばかですか?」
つい即答でツッコんでしまった。
(本当に何だコイツ……)
その視線に男は何を勘違いしたのか、自信たっぷりにサラリ、と木の葉まみれの髪を払ってみせた。
「わたしに惚れても無駄だ、娘よ。私はこう見えて二百八十九年の間、仙人として生きているのだからな。生物としての格が違うのだよ」
(……なるほど)
「仙人」という言葉を聞いた瞬間、見てはいけないものを見てしまったように采蓮は顔を背けた。
「そうなんですね。抜けて何よりでした。では」
関わらないに限る。さっと踵を返した。
(その顔ならどうとでもなるだろう。強く生きてくれ)
「お、おい! 仙人だぞ? もっとこう……あるだろう? えーっ! みたいな……」
後ろから慌てたような声が追いかけてくるが、無視だ。
相手にしなければ、そのうち諦めてどこかへ消えるだろう。
そう高を括っていたが、なぜか男はついてくる。
「そなた、このような山奥で何をしておった?」
「おなご一人では危なかろうに」
「こら、無視するでない」
「おい」
執拗な呼びかけを完全に無視し、淡々と山道を下る。
「待てと言うのに」
ぐいっと腕を引かれ、振り向かされる。
不機嫌な視線が上から振ってきて、采蓮は顔を顰めた。
(……無駄に顔がいい。無駄に)
多少おかしな言動をしてもこの顔で全てが許されてきたのだろうか。
少しだけ悔しい気持ちになりながら、ため息交じりに答えた。
「夕餉の山菜を取りにきたのです。日暮れ前に帰りたいので急いでいます。では」
男は采蓮の「では」を聞き流し、隣に並んで歩き出した。
「なるほど、山菜か。よし、助けてもらった礼に私がたんと用意してやろう」
男は豪語すると、すっと腕を天に差し伸べた。
無駄に長い指先が、夕映えの中で白く透けている。
その仕草だけを見れば、仙人と言われて納得しそうな優美さではある。
天を仰ぐその無防備な喉仏を見つめながら、采蓮はただただ、乾いた目で次の展開を待った。
「…………」
「…………」
深い沈黙が流れる中、男がもう一度、今度は ばっ、と力強く両腕を天に突き出す。
「…………」
「…………」
ばっ。
ばっ。
虚しく繰り返した末に、男は自身の掌をまじまじと見つめて震え出した。
「なぜだ……」
采蓮のジト目が男に突き刺さった。
「お礼は結構ですので。お気持ちだけで。では」
「ま、待て……! ちがう! できる! できるはずなのだ……!」
自称仙人は悔しそうに震えながら采蓮に縋り付いた。
「おかしい……おかしいのだ。力が使えぬ。」
「私に言われましても。」
「いや。受けた礼は必ず返さねばならぬ。それが道というもの。娘よ、私の力が戻るまで待ってくれ」
「いえ、本当にお気遣いなく。不要ですので」
「そうだ、この道中、私が守ってやろう」
「話を聞け。」
我が道を行く男にイラっとした声を上げる。
すると男は小首を傾げて采蓮を不思議そうに見下ろした。
「なぜそうも遠慮する? おなごであれば私の容姿を好むものだろう」
「人間容姿だけじゃありませんし」
さぞやチヤホヤされてきたのだろう。
なんとも羨ましい話だが、それだけにこんな残念な中身に仕上がってしまったことがお気の毒である。
ふいに、男が腰を屈めて采蓮に顔を近づけてきた。
その拍子にはらりと落ちる木の葉。
目の前に迫る美の暴力に采蓮は息を詰めた。
「ふむ……そなた、よくよく見れば……”まじり”か」
――采蓮の顔から温度が消えた。
2/23改稿しました。




