9 11歳の早春
9 11歳早春
あの日から俺は積極的に魔物退治に出るようになった。同時に、教えてもらっていた先生からもより実戦向けの魔法の使い方を教わり、魔法の腕はどんどん上がったと思う。
そんな日々を送っていると時間の流れは早いもので、気が付けばイビルアープの襲撃から3年経っていた。
俺も11歳となり、2ヶ月後には王都にある学園への入学を控えていた。
心配していた襲撃だが、結局ほとんどなかった。どうやら魔王の方はまだ本調子ではないらしい。
魔物の出現頻度自体は上がっているものの、イビルアープのような強力な魔物が出たのは一度きり。それでも、出現する魔物が徐々に強くなっているようなので油断は禁物だ。
この間に、俺はだいぶ鍛えられたと思う。そこらの魔物なら一人で対処出来るようになったし、今ならイビルアープにもビビらずに対応出来るだろう。父様やバークレイ家と討伐に出る時も一軍として扱ってもらえるようにもなった。
鏡に映る自分の姿を見ながら、成長したなと我ながらに思う。
相変わらず貧相だが、身長も伸びたし髪も伸びた。今では背の中頃まで伸びて尻尾のようになっている。
傍らには届いたばかりの学園の制服が椅子の背に掛けてあった。この春からは俺も王都にある学園に通う事になる。
3つ年上の兄は一足先に入学し、帰ってくるのは夏と冬の長期休暇くらいだ。代わりに頻繁に手紙が届く。
制服の上着を羽織ったところで見計らったようにコツコツと窓ガラスが叩かれる。慌てて自室内を駆けて近寄るのは南向きに設られた大きな窓だ。
ここは俺の部屋のバルコニーに通じている窓で、開け放てばひんやりとした早春の風が吹き込んでくる。春を感じさせるこの風が、俺は好きだ。ほんのりと土の匂いが混ざった冴えた風はいつだって優しく春の訪れを知らせてくれるから。
バルコニーに出れば、燦々と日差しが落ちていて暖かい。そして、手を差し出せば今し方ノックした音の主が俺の掌に舞い降りてくる。
それはキラキラと淡い金色の光に包まれた小鳥だ。俺の顔を見てチィと一声可愛らしい鳴き声をあげると小鳥は一瞬のうちに手紙へと姿を変えた。見慣れた白い封筒をワクワクしながら見れば、「ノアへ」と書かれた見慣れた兄様の綺麗な文字が並んでいる。
俺と兄ティモシーはこうして時折魔法で手紙のやり取りをしている。本来は戦の時なんかに情報のやり取りをするために生み出された魔法だそうで、馬や人の手を介するよりも早く連絡が取る事が出来てとても便利だ。兄が王都の学園に行ってからはもっぱらこの魔法でやりとりする事が増えていた。
手紙の封を開けながら向かうのは勉強机だ。俺が「ノア」として目覚めた時にはあんなにぬいぐるみだらけだった部屋はいつしかぬいぐるみ達はいなくなり、代わりにシンプルだが質の良い本棚や勉強用の机が増えていた。
本棚には古今東西の魔術書がぎっしりと並び、入り切らなくなった分が絨毯や机の上に積み上げられている。
この部屋にある本だけでちょっとした財産が築けるらしい。印刷技術の発達していないこの世界で本はそれだけ貴重なものだ。
ここにある本は父が俺に買い与えてくれたものや親類が贈ってくれたもの、リフキンド家が祖先から代々受け継いできたものと様々な経歴がある。
中でもとりわけ貴重なのは俺の机の上に鎮座している黒革の装丁が施されたシンプルな本だ。他の本は如何にも魔術書といった様相で派手なものも多い中、一際地味なこの本。
ところがどっこいこの本はリフキンド一族の叡智が詰め込まれた大変貴重かつ重要な本だ。
正直、そんな本を俺が持っているのはものすごく責任が重いし、汚したり失くしたりしたらどうしようと気が気じゃない。されど、つい先日父様が「今のお前なら大丈夫だろう」とあっさり投げて寄越したのだ。
魔術師一族の叡智が詰まった本に対してなんつー扱いを! と慌てたが、この本は破損や汚損をしても勝手に直る自動修復の魔術が組み込まれているらしい。おまけに本を開けるのはリフキンドの血が流れた者しか出来ない上に、他の人間が無理矢理開こうとするとその人が爆散するという物騒すぎる自己防衛機能付き。怖くて俺もまだまともに触れていない。
いまだに開けていないその本をそっと傍に避けて兄からの手紙を開いて、見慣れた丁寧な文字を目で追っていく。書いてあったのは兄の近況を知らせる内容だ。
兄は辺境を治める侯爵家の長男という立場もあり、学園入学とほぼ同時にこの国の王子であるレスター殿下の学友として行動を共にしていると最初の手紙で報せてくれた。今回の手紙にも殿下や他の学友達と過ごした波瀾万丈の日々が簡潔に書いてある。文の結びには2ヶ月後、会えるのを楽しみにしていると添えてあって嬉しくなった。
久しく会っていない兄様に会うのは楽しみだ。しかし、俺が学園に入学するという事は同時にゲーム本編が近付いてきている事と同義だ。楽しみでありながら気が重くもある。
ゲーム本編は神殿の神子が聖剣の担い手を探せという神託を創世の女神から受けることから始まる。荘厳な音楽と当時の技術の粋を尽くした美麗なグラフィックで描き出されたオープニングはゲーム史において伝説になっているものだ。
担い手の条件は神殿に安置されている石の台座からその剣を引き抜いた者という一見簡単なものだ。されど、その聖剣は選ばれし者以外がいくら力任せに引っ張っても動きもしないのだという。ただ聖剣が選んだ者だけが石の台座から剣を引き抜ける。この辺は本家のアーサー王伝説を踏襲していたのかもしれない。
とにかく、神託を受けた日から国中の人々が聖剣に挑んだ。まずは王族、次に貴族。それでも引き抜ける者はおらず、挑戦する者の身分は徐々に下がっていく。
そして、ついに運命の人がその剣の柄に触れる。スラムで暮らしていた孤児のアーサーだ。
誰もが彼を侮り、小馬鹿にしていた。スラムに暮らす野良犬に聖剣が抜ける訳などないと。
そんな嘲笑と悪意に満ちた聖堂で彼が柄を握った瞬間、待ち侘びていたように聖剣が少し動く。その光景に騒つく人々。
ゆっくりとアーサーが柄を握った腕を上げれば、従うように聖剣はするりと台座から抜けた。そのまま掲げられた剣はステンドグラスから降り注ぐ光を浴びて美しく輝く……。とまあこれがゲームのオープニングムービーとなるわけだ。
ゲーム本編の開始はアーサーが15歳になった時。あと4年ほどの猶予がある。シナリオ通りに事が運ぶのならば、俺とアーサーは同級生として過ごす事になるだろう。
ゲーム本編では魔王が本格的に復活するまでの約2年間の学生生活を送る中で、アーサーは様々な出来事を乗り越え、人脈を築いていく。そんな最中に「ノア」は大小様々な嫌がらせをアーサーに対して行うのだ。
物を隠したり汚したりという悪戯めいたものから時にはその命を脅かすものまで。ノアからの嫌がらせや勇者として与えられる様々な課題をアーサーが乗り越え成長する度にノアが抱える憎悪は大きく深くなり、最終的に破滅を迎える。
そんな未来、俺は真っ平御免だ。
ゲーム内のノアは学園で取り巻きを作り、悪役令息として相応しい振る舞いをしていたが、俺は大人しく勉学に励むつもりでいる。いつか来る、魔王復活に向けて自分をとことん鍛え上げるのだ。
勇者にはなれずとも英雄にはなれた。そう評されたのならば、使い方さえ間違えなければ俺の力は人々の為になる。そう信じている。
何度も自分に言い聞かせながらぎゅっと胸元で拳を握る。
幼い頃からずっと俺の胸の奥底には暗い不安が蹲ったままだ。どれだけ魔法を使い熟し、完璧に魔力操作が出来る様になっても、体を鍛えても、この漠然とした不安は消えない。それどころがだんだん深く重くなっているように思う。
自分を待ち受けている未来が暗いものだと知っているからなのか、それとももっと別の何かのせいなのか。不安の理由すら曖昧で、ふとした瞬間に漠然と、酷く恐ろしくなる。
理由が分からないからその不安を解消する事ができなくて、また不安になっていく。そんな負のスパイラルをずっと抱えていた。
ノアになる前の俺はどちらかといえば楽天的で、どんな状況でも何とかなるだろ!!と思えたし、実際それで乗り越えてきた。現代日本の極々普通の高校生が抱える悩みと、高位貴族かついずれ世界を滅ぼしかねない今の悩みとじゃ重さが違うといえばそうなんだが、それにしたってちょっとおかしい気はした。
方向性は違う気がするが、これも闇を抱えているといえば闇だな。これが物語の強制力というものなのだろうか?
疑念は湧きつつも、自覚がある内は大丈夫だろうと思い直して兄様の手紙に向き直る。なんて返事を書こうか。
今の季節からリフキンド領は賑やかになっていく。近付く春に向けて山々の雪は溶けて雪解け水となり、川を潤す。人々はその恵みを受けながら大地を興し、小麦や野菜を育てるための準備をするのだ。そのうちに家畜の子が産まれ、牧草地は賑やかになる。
梢に渡るのは小さな小鳥や冬眠を終えたリスで、忙しそうに餌を集めたり巣の材料を集めて回る。虫や動物達も起き出して、煤けた色をしていた大地には緑が目覚めていく。
そんな光景が、俺は大好きだ。成長し、様々な事を見聞きする度に力強く生きるこの地を守りたいという気持ちはどんどん強くなっていく。父も祖父も、それよりずっと前の祖先達が守り抜き愛し慈しんだリフキンドの土地は美しい。そんな土地を俺も兄も愛している。だから、俺が手紙に書くのは自分の近況もだが領地の出来事を書くことも多い。
5年前に結婚したメアリーがめでたく第三子を授かった事。その子供が男の子で、俺が名前を付けた事。ずっと庭師を務めてくれたトーマスの爺さんが腰を痛めてついに引退した……と思ったら跡を継いだ息子を指導するといって毎日うちの屋敷に来て賑やかにしている事。
些細な事柄だけど、俺にとっては一つひとつ大切な事だ。学園に通う為に王都へ行けば、領地に戻るのは長期の休みがなければ難しくなる。遠く離れた兄様にとってもそれは同じだろう。
うちの領地では昔から領主も領民も力を合わせて共に生きてきた。だから、身分の差というものが薄い。最低限のラインはあるものの、お互いに気安さがあるのだ。だから、俺が街を出歩けば街行く人は気軽に挨拶してくれるし、俺も気軽に話しかける。例えるならば、大きな家族みたいなものだろうか。
そんな人達の近況を遠く離れた兄様に報せるのは大事な仕事だ。
いつか兄様は領主としてこの土地を治める事になる。そこに住む人々について理解するのは大切な事だろう。
同時に、俺もまた近況を綴りながら噛み締めるのだ。
大切な人達を守りたい、この土地を守りたいと。
閲覧ありがとうございます!
励みになりますので評価やリアクションボタンをポチッと押して頂けると嬉しいです!
今年最後の投稿になります!
一年間ありがとうございました。こちらも「盤上に咲くイオス」もよろしくお願いします!
小ネタとかSSとか呟いているTwitter
https://twitter.com/iolite1107?s=21&t=IvrP9lrk7tBI-x3ycR5Utg
感想がありましたら!
https://marshmallow-qa.com/iolite1567?utm_medium=url_text&utm_source=promotion




