6 初陣
6 初陣
なんだかんだとありながら自分を鍛え、勉学に勤しむ日々はあっという間に流れて俺は先日8歳の誕生日を迎えた。
着替えの合間、鏡に映す自分の体は貧相なままでちょっとばかり悲しくなる。多少成長しても細身の体に白い肌。ライバルキャラに相応しい整った顔立ちにサファイアみたいに深い蒼色の瞳。伸ばしている銀の髪は肩甲骨より少し長いくらいか。正直鬱陶しいが、これは少しでもゲーム内のノアと見た目を変えるために伸ばしているものだ。
やがて来る破滅の未来を、この国に降り掛かる災禍を避ける為に俺は密かに準備を続けていた。
ゲーム内でノアについて語られるものはあまり多くない。NPCの会話やノアとも関連のあるキャラクターのイベントで流れるモノローグくらいしかなかったように思う。
彼は何処にでもいるような、優秀な兄と比べられる弟であり、勇者に憧れる少年だった。それがいつしか歪み、捻じ曲がってしまってかの凶行に至った。
色々なキャラのイベントで語られるノアのエピソードはどれも断片的だった。全てのキャラクターのイベントを回収した俺でも、そもそもプレイしたのが随分昔の話になるし、印象が薄いものや読み飛ばしたものもあってあんまり覚えていない部分も多い。
先行きの不安を感じながらも髪に櫛を入れる。自分で髪を伸ばして初めて思い知ったんだが、世の女性はすごいと思う。俺自身の髪質的なものもあるんだろうが、髪を伸ばし始めてからは手入れを怠ると直ぐに絡まるし傷むのだ。
これまで身の回りの世話はメイドさん達がやってくれる事も多かった。しかし、彼女らに任せるとやたら華やかな髪型や可愛らしい服装にされるので一年程前に自分の事は自分ですると自立宣言をした。その際にせめて「髪のお手入れだけは!」と食い下がられたが、自分ですると言って断った。あの時のメイドさん達の落胆ぶりが凄かったが、女の子みたいなふりふりの服装や可愛い髪型にされるのが嫌だったんだよ……。
そんな事を思い出しながら銀色の髪を後ろで一つに結って兄から贈られた髪留めを着けて気合を入れる。今日は待ちに待った日なのだ。
そう、俺の初陣である。
リフキンド領やその周りにある辺境を守る家々は定期的に魔物退治を行なっていた。結界を張っていてもその隙間を擦り抜けたり、無理矢理突き破って侵入してくる魔物もいるのでそれらを仕留める為のものだ。
定期的に行う魔物退治だが、辺境付近の貴族に生まれた子供は8歳になった時に初陣としてそれに参加する事になっている。
辺境付近の貴族達の役割は国の守護だ。リフキンド家は結界や魔法を駆使する事で、他の家々はその武勇をもって魔物を退けるのが役割…と先生に教えてもらった。だから、幼い頃から魔物退治に従事する事で戦闘に慣らしておく必要があるそうだ。
有事の時には女子供関係なく、戦える者は皆戦場へと駆り出される。それが辺境という場所、らしい。
正直、俺はまだ戦闘には不慣れだ。厳密にいうと、魔法はほぼ完璧に扱えるが、生き物を…生き物のカタチをしたモノを攻撃するのが苦手だ。
魔物や魔獣と呼ばれるモンスターは生き物ではない。どんなに生き物に似た形、似た動きをしてもその正体は瘴気が凝り固まって出来たモノ、らしい。その辺の原理は良くわからないが、とりあえず生きた動物ではない。その証拠に、魔物は倒すと黒い塵となって霧散し、魔力が凝固して出来た魔石を落とすという。
それは理解しているんだが、見た目がどこからどう見たって動物だから日本人としての感覚が強い俺はとにかく攻撃しにくいのだ。
考えてみて欲しい。鋭いツノが生えていて何故か攻撃する気満々で毛を逆立てた、されど小さくてふかふかで可愛らしい兎が目の前にいる。鋭いツノがある事とこちらに対する殺意に満ちている事以外は本当に可愛らしい兎だ。
そいつが魔物だから殺さなければならないと言われて直ぐに攻撃出来る日本人が果たしてどれくらいいるのか。
俺には無理だ。普通に動物が好きだから心が痛い。
そんな訳で実践が苦手な訳なのだ。特に一角兎。あれは幼い頃からお世話になっている俺の精神安定剤であるふかふかなぬいぐるみのモチーフだから余計に。なんで子供用のぬいぐるみをあのデザインにしたんだ。
しかし、初陣を迎えるからにはいつまでもそんななまっちょろい泣き言を言っている訳にはいかない。憂鬱な事に変わりはないが、いずれ必ず乗り越えなければならない問題だろう。
ふとすると直ぐに重く沈みそうになる自分に喝を入れる為に自分の頬を両手で思い切り叩く。ジンジン痛いし、鏡に映る俺の頬は少し赤くなっている。でも、これくらいしないと気分が切り替えられなかった。
父や兄と共に屋敷を出た俺は引率の騎士数名と同年代の子供達と一緒に森の中を歩いていた。彼等は皆辺境周辺の貴族子息達で、俺と同じく初陣を迎える者達だ。
リフキンド領の周辺には大小合わせて十程の貴族達がいる。彼等の役割は皆同じで魔の山との国境を守る事だ。
遥か昔に作られ、リフキンド家が脈々と守り続けている結界は強固だが、弱い魔物は擦り抜けてくる。それに、人間を憎む魔物達は常に結界を破ろうと躍起になって攻撃しているのだという。攻撃を受け続けた事で局地的に結界が破壊されて魔物が侵入し、それを退治するの繰り返し。
近頃はそのサイクルが早くなっているらしい。ある時、父と部下の人が深刻そうな顔をして話しているのを聞いて、腹の中でぐるぐると不安が渦巻いた。多分、これは魔王復活の前兆だ。
シナリオ通りに進もうとする世界で、俺は何が出来るのだろう。いつか自分が汚い感情に支配されてこの領地の何もかもを壊してしまうのだろうか。そう思うと不安が押し寄せる。影のように付き纏う不安は俺を逃してくれない。
「大丈夫か、ノア」
不意に隣から心配そうな声が掛かる。慌てて俯き掛けていた顔を上げて声の方を見れば、声と同じく心配そうな顔をした少年がいた。
彼はブラッド・バークレイ。
真紅の髪と深い紫色の瞳が特徴的な、辺境伯の息子だ。彼はゲームで一番初めにアーサーの仲間となる人物で、パワータイプの重剣士として登場する。
バークレイ辺境伯はリフキンド侯爵家と共に辺境を守る役目をしている。リフキンドが魔法ならバークレイは武芸の一族で、この二家が中心になって辺境を治め、守護しているのだ。
ブラッドはノアと同い年で、今の俺とも一番仲の良い友人だ。無骨ではあるものの、周囲を気遣ってくれる優しい奴。それが俺の抱いているブラッドへの印象だ。
今も俺が黙り込んだ事で心配になって声を掛けてくれたんだろう。体力のない俺はブラッドや他の周辺貴族の子供達と遊ぶ時もへばりがちだから。
「大丈夫だ。ちょっと考え事をしてて」
「そうか。疲れたらちゃんと言えよ」
そう言いながらブラッドがくしゃりと俺の髪を撫でる。下に弟や妹がいるせいか、ブラッドは面倒見が良い。頭を撫でる手の感触に少しだけ不安が和らいだ気がして、気を取り直した俺は地面を踏み締めた。
今歩いている森はリフキンド領とバークレイ領の境にある深い森だ。魔の山との間にあるこの森は結界を抜けた魔物達が一番最初に辿り着く場所で、ここが主に討伐の現場となる。
引率兼護衛の騎士達に引き連れられて、俺達は森の浅い場所を歩いている最中だ。深部に行けばそれだけ強い魔物が出現するが、浅層なら子供でも倒せるレベルのものしか出ないらしい。
そうなると必然的に出てくるのは小動物型のモンスターな訳で。正直、かなり気は重い。
俺とは正反対にすっかり慣れた様子のブラッドは既に父親と共に魔物退治に出ているらしい。頼もしい限りだ。
俺も足を引っ張らないように気を付けよう。
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色々あって仕事休みとって念願だったフェリーの旅に出ました。
名古屋から苫小牧まで2泊3日。揺れるのが楽しい。
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