10 ヘリオス学園
10 ヘリオス学園
2ヶ月もあっという間に過ぎて、ついに俺は学園に入学である。
父様や皆に見送られて馬車に揺られる事10日程。尻が限界を迎える頃に辿り着いた王都は非常に賑やかな場所だった。
ゲームで王都の中を移動する事も出来たからそこここに見覚えのある場所があって感慨深くなる。王都内であれば、学生の行き来は割と自由に出来るそうなので、自由行動が出来るようになったら思う様探検しよう。
「あんまりはしゃぐなよ」
馬車の向かいからは苦情混じりの声がする。領地から馬車に同乗していたブラッドだ。
当然の事ながら同い年であるブラッドも入学する訳で、こうして同じ馬車でやってきた。経費削減もあるが、多分俺の護衛も兼ねていたんだと思う。彼は愛剣である大剣をずっと手元に置いていたから。
俺もブラッドも既に大人と同等に戦えるが、それでも俺には体力面での不安がある。力尽くで来られたら押し負けるし、特防が高いタイプが来たら手も足も出ない。そんな訳でブラッドが一緒だったんだろう。
「仕方ないだろ、初めて来るんだから。お上りさん上等だ」
俺の軽口に、ブラッドは軽く肩をすくめる。呆れた風を装っているけれど、ブラッドもまた浮き足立っているんだろう。さっきから視線がちらちらと外に向いている。
軽快に走る馬車の車窓から広がる世界は賑やかでカラフルだ。いたる所に花壇にはいろいろな花が咲いているし、街中に看板や飾りもあって華やかでキラキラしている。
リフキンド領は辺境のうちでは栄えている方だが、こんなに華やかではない。魔物の襲撃に備える為にリフキンドの首都はまるで要塞みたいな造りをしているし、道も入り組んでいる。いかにも質実剛健とでもいった様相だ。
対する王都は華やかで賑わっている。道端には沢山の露店が並び、行き交う人々はいろんな肌や髪の色をしている。中には獣人や竜人といった人種もいるようだ。早く探検してみたいと思いつつも、多分暫くそんな余裕はないだろう。
今日はこのまま寮に向かって荷解きをしないといけないし、明日明後日は学園についてのオリエンテーションを受ける。明々後日はついに入学式で、その翌日からは授業が始まるのだ。
兄様からの手紙で入学直後は大変だったと書いてあったので少々気が重い。俺より要領の良い兄様が大変だと書いて寄越すくらいなんだから俺にはもっと大変だろう。
理由は単純明快。勉強はともかくとして、王都周辺の貴族と辺境貴族との折り合いがよろしくないらしい。
元々、国の守護を担う辺境を王都近郊の貴族達は田舎者として見下しているのだという。絶対嫌がらせがあるだろうから気をつける様にと直近の手紙にも書いてあった。今から面倒臭いの一言である。そんな訳で暫くは探検なんて気分にならないかもしれない。
不意に視界の端を白いものが掠める。思わずそちらに視線を向ければ、そこには立派な神殿が建っていた。
白亜の壁が太陽の光を反射する事で白く輝いているように見える。高い尖塔も、細かい装飾を施された壮麗な造りをした壁も全部綺麗だ。思わず溜め息が零れてしまう美しさだ。
「レーヴァテイン聖堂だ。聖剣も飾られているらしいぞ」
嗚呼、此処が。物語の起点、聖剣レーヴァテインが在る聖堂なのか。
ゲーム画面の記憶はもう随分古いものだし、ゲームでは粗いポリゴンで描写されていたから言われてみないとわからなかった。そう言われれば面影がある。
白亜の聖堂の中でレーヴァテインは静かにアーサーを待っているのだろう。
「……寄り道する時間、ない?」
「言うと思った。今日は諦めろ」
折角なら一目見て行きたいと我儘を言えば、とっくの昔にブラッドには読まれていたらしい。にべもなく断られてしまった。残念だけど、今日は諦めるしかなさそうだ。
聖堂を横目に馬車が向かうのは貴族や優秀な平民が通う学園、ヘリオス学園。ここに入学する生徒は身分に関係なく、全員が寮で生活する事になるらしい。貴族も平民も関係なく、だ。
俺は元々日本では自分の事をするのは当たり前だったし、自立宣言してからは一人で身支度してきたから問題ないと思う。しかし、他所のお貴族様達は生活できるんだろうか。辺境の人達は野営する事も多いから割と大丈夫だと思うが、箱入りの人達にはなかなか厳しいんじゃないか?
そんなくだらない事を色々考えているうちに、馬車が何やら門をくぐる。どうやら学園の敷地内に入ったようだ。
窓の外にはちらほらとなんとなく見覚えのある風景がある。記憶の中の粗いポリゴンが鮮明になればこんな感じなんだろう。
広い前庭を通り過ぎて馬車が止まったのは学園の馬車留めのようだ。御者のおっちゃんが開けてくれたドアから外に出れば、既に何組か同じように到着していてそれぞれ案内役がついているらしい。
「ノア・リフキンドさんとブラッド・バークレイさんですね」
おっちゃんに手伝ってもらいながら荷物を下ろしていると声を掛けられる。振り返れば、そこにいたのは如何にも先生といった妙齢の女性だ。淡い紫色のひっつめ髪に赤縁の三角メガネなんて昔ながらのきつそうな先生といった印象を受ける。
「お二人の案内をします、教師のアガサ・クィントンと申します」
ビジネスマナーなんかのお手本になりそうな美しい礼に、俺とブラッドはそれぞれ慌てて名乗ってぎこちないお辞儀を返す。そういえば、こういったマナーの授業もあるらしい。領地でもある程度は教わったが、あんまり得意ではない。今から気が重いな。
俺達の挨拶が終わると、さあ行きましょうと言ってアガサ先生は杖を軽く振るって俺達の荷物を浮かせた。詠唱もなく魔法を発動させた事に俺は驚き、同時にテンションが上がる。
この世界での魔法の使い方は言うなればプログラムみたいなものらしい。起こしたい現象に名前をつけてその名前を詠唱して魔法陣を起動し、魔力を与える事で現象が発生する…という感じだ。熟練した魔法使いになると詠唱をすっ飛ばして魔法陣を起動させる事が出来るそうなんだが、これがまた難しい。練習していてもなかなか上手くいかないし、父様以外で初めて使っている人を見た。
「クィントン先生、今のはどうやったんですか?」
堪らずに訊ねれば、彼女は小さく苦笑する。そして、俺の前に杖を差し出した。
「残念ながら詠唱破棄ではありません。ここに魔石があるでしょう? これに荷物運び用の魔法陣が仕込んであるのです」
なるほど、言われた通りに魔法陣が刻まれた魔石が杖に嵌っている。どうやらこれに魔力を通すだけで荷物を浮かせる事が出来るらしい。
なかなか興味深い。これが魔道具というものだろうか。
「教員は本や書類を運ぶ事が多いので私はこれを愛用しています。リフキンドさんが魔法の詠唱破棄に興味があるなら図書館に行くと良いでしょう。気難しいですが、腕だけは一流の者がおります。優れた四属性使いで魔法も詠唱無しで使える天才ですよ」
ほほう、これは良い事を聞いた。実はリフキンド領を発つ時にずっと魔法や勉強を教えてもらっていた家庭教師の先生からも王都に詠唱破棄を使いこなす四属性使いがいるという話は聞いていたのだ。ただ、先生の親族だというのに定職につかずフラフラしている人のようで所在があまりはっきりしていなくて困っていたところだ。来て直ぐに手掛かりが得られたのは有難いな。
クィントン先生の案内で俺達はまず寮に向かった。平穏に過ごせればこれから6年間お世話になる寮だ。
基本的に高位貴族は高層階の個室、それ以外は二人一部屋となっているらしい。個室部屋はトイレや風呂といった設備が一通り揃っているが、相部屋組はトイレや洗面台は共用で、大浴場なんかもあるようだ。相部屋は如何にも寮といった構造だけど、個室はワンルームみたいだな。
高位貴族の待遇についてはトラブル防止らしい。良い家柄の子供と同室になった事で良からぬ事を考える連中が少なからずいたようで、今の状況になったそうなので俺もくれぐれに気をつけるよう釘を刺された。
俺達の部屋はいくつかある寮のうち、屋根や壁に青色を基調と色使いの建物になっていた。隣には色違いで同じような形をした建物が並んでいるのでどうやら寮を色で分けているらしい。
寮の中は古めかしいというか歴史を感じる風合いが圧巻だった。あちらこちらに置かれた家具は艶々と輝き、飾られた調度品も上品だ。日本にいた時に行ったテーマパークで再現された魔法学校のような光景にテンションが上がる。探検するのが楽しみで仕方ない。
肝心の部屋だが、最上階である3階の個室だった。ブラッドが角部屋で俺はその隣だ。折角なら角部屋が良かったが、その事を愚痴ると「窓が増えるとその分侵入されるリスクも上がる」とブラッドに怒られた。まあ、確かに魔王に狙われている現状では致し方ないか。
肝心の部屋は木製の家具が暖かなこじんまりとした部屋だった。ベッドに勉強机と椅子、クローゼットが一つと必要最低限揃っている。
有難い事に風呂とトイレは別だ。一緒になってるタイプのホテルがあんまり落ち着かなかったのでこれはラッキーだった。
鍵をもらってそれぞれの部屋に荷物を運び入れるとクィントン先生は寮内を軽く案内してくれる。と言っても、他には簡易的なキッチンや大浴場、談話室くらいしか寮にはないようだ。落ち着いたら大浴場も使ってみたいな。
談話室には寮外の生徒も入っていいらしい。のぞいた時には上級生達が皆でレポートを進めていたようで、俺達に気が付かないくらい熱中して意見を交わしていた。
食事は基本的に本校舎にある食堂を利用するそうだ。簡易キッチンはあるものの、簡単な調理やお茶を淹れる程度の設備しかないらしい。
一通り案内と説明をしてもらって解散した頃には気が付けば日も傾き始めていた。
案内が終わってクィントン先生と別れ、自分の部屋に戻った俺は思いっきりベッドにダイブする。程よくふかふかのベッドは実家のものに比べれば質は落ちるがまあまあな寝心地だ。
いい加減馬車での移動で疲労困憊だったし、尻が痛いので今日からはゆっくり寝られるのは有り難い。
今日からこの学園での生活が始まる。それはアーサーとの邂逅や魔王の復活が近付いている事と同義だ。
じわりと湧き上がる不安を振り払うように寝返りをうって仰向けになる。見慣れない天井が当たり前の景色になる頃、俺はアーサーと出会うのだろう。
「あと五年と少しかぁ……」
破滅までのカウントダウンを呟いた声は一人の部屋に静かに溶けていく。
容赦無く流れる時間を恨みながら俺は目を閉じる。少し休んだらブラッドにちょっかいをかけに行こう。ああ、荷解きもしなきゃ。上級生に挨拶とかした方がいいんだろうか。
胸の奥に蹲る不安の影から目を逸らすように、俺は今日これからの事に思考を向けるのだった。
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