父親は語らなかった
詩音の父が死んだ。死因はガンだった。
手術で腫瘍を摘出したが、転移が見つかり、すでに手遅れだった。
父は静かな人だった。お酒は弱く、煙草を少し嗜む程度。仕事には恵まれず、倒産や離職を繰り返した。それでも、家族を養うために再び働きに出る人だった。
詩音は父が友人と遊ぶ姿を一度も見たことがない。ただ、毎年必ず数枚だけ届く年賀状があった。差出人は決まって同じ顔ぶれだった。
「誰なの?」と子どもの頃に尋ねたことがある。
「高校時代の友人さ」
そう答えた父の声と、そのときの少し眩しげな横顔を、詩音はよく覚えていた。
父の若い頃の写真には、少し細身の体に、笑顔を浮かべた青年が写っている。詩音の知る父とは少し違う姿だった。
葬儀は家族葬のつもりだった。だが「最後だから皆様ともお別れを…」と母が望み、通常の葬儀となった。
連絡を入れた父の友人のひとりは、僧侶になっていた。高校時代からの友人だという。その人は「ぜひ読経をあげさせてほしい」と申し出てきた。結局、小さな葬儀であったが二人の僧侶が並び、厳かな声でお経が読まれることになった。
詩音は彼らのことを知らない。父の若い日の関係も、何を語り合ったかもわからない。
ただひとつだけ、確かなことを知った。
……友情は、時を越えて続いていたのだ。
父の友人は、あまり話をしなかった。ただ、最後に、遺影を見る瞳が、濡れていた。