第5話 昼の修行は死にかけやすいね
《セイフライド家 当主室》
私の名前はハイド・セイフライド。セイフライド家の現当主だ。
現在、当主室で執事長のオーフェンに屋敷での提示報告を聞いている最中なのだが……
「ほう……シンが変わったと? あの我が儘で悪口しか言わない息子がか?」
「はい。まるで別人の様にですハイド様。シン様はこれまで嫌がっていた剣術、魔法、学問、芸術あらゆる事を積極的に学ぶ様になり。王都から避難されておられるアレクシア様とレイラの面倒を積極的に見ておられます。まるで若かりし頃の奥様を見ている様な……聖人の様な性格に変貌致しました」
言葉に熱が込もっている。あの無骨のオーフェンがだ。それ程までに息子が変わったいうのだろうか?
「……にわかには信じられん話だな。妻も私も領地や王都での仕事で子供達とはあまり会えていないが故に自由奔放に育ってしまった結果。悪がきや悪童などと呼ばれる様な子供に成長してしまった」
私も昔はそれなりにヤンチャをした。それが遺伝してしまったのかもしれない。妻と出会い救われたがな。だが人の性質はそう簡単には変わらんだろうに。
「ですが事実でございます。旦那様。それにシン様にはあらゆる才能がございます。剣術などは天賦の才と言っても過言ない程にです。どうでしょう? レイラ同様にシン様もアリス魔法学園の特待生として入学させてみては?」
「シンに才能? 馬鹿を言うな。シンは傲慢で怠惰な性格なんだぞ。それゆえどんなトラブルを引き起こすかも分からん。それを聞き付けた王都の貴族共がアレクシア様をこんな辺境の地へと追いやり。うちの悪童と呼ばれる息子と過ごさせる様にわざわざ書簡まで送って来たのだからな」
辺境公爵という立場も困ったものだ。王族やそれに近しい貴族からの信頼が厚い故に国の面倒事を相談され応えなくてはいけない。
まあ、これもリゲイン王国の秩序を守る為と思えば安いもの。そして、オーフェンの熱弁は更に続くか……
「ですがこれまで何の問題も起こっておりません。シン様とアレクシア様はまるで仲良いご兄妹の様に毎日一緒におられます……どうでしょう? このままシン様にはアレクシア様とレイラの護衛をお任せするという形で入学して頂くというのは?」
「……オーフェン。お前もしつこいな。シンは色々と問題が有りすぎるのだ」
だが王国の剣鬼とまで呼ばれた天狼流の師範がシンの剣術を褒めたのは事実。
リゲイン王に頼まれてアレクシア様とレイラを家の領地内で保護はしていた。
だがその懸念材料が馬鹿息子達だったが。その馬鹿息子の1人。シンが別人の様に変わったとは……さてオーフェンにはどう応えるか。
「アリス魔法学園内では護衛を付かせる事が出来ない。故に学園内で何か起こっても自分達で対象しないといけなくなるな。故に我が息子に王族由来の血筋達を守らせるか」
「はい。それが叶わないならばこのオーフェン自らが学園宛に推薦状を送付致します所存です」
利には叶っている。オーフェンからの報告では私の息子はまるで別人の様に変わったという。私の最愛の妻クリスティナの様な振る舞いだと。
アリス魔法学園は箱庭だ。数年前に入学させた。家の馬鹿息子を筆頭に悪辣な生徒も少なからず在籍してると聞く……シンに任せるのも有りか。
「……分かった。シンの学園への入学は許す」
「おおっ! ありがとうございます。ハイド様」
「だが特待生の件は無しだ。一般の枠で試験を受けさせ合格すれば入学を許可する……故に入学までの期間。オーフェン。お前がみっちりシンを鍛えてやれ。剣術の師である。お前がな」
「旦那様……はいっ! 畏まりました。この剣鬼オーフェン。心を鬼にしてシン様を一流に育て上げてみせます」
「ああ。期待している」
「はっ! では失礼致します」
バタンッ………
シンが良い方向に変わったか……夏休みに入ればサギールや留学させていた娘達も帰って来る。もしもサギールよりもシンの方が才覚が上ならば。今後の我が家での扱いも変わってくるな。
「………それにしてもあれ程。シンに毛嫌いしていたアレクシア様が毎日一緒に居るとは。リゲイン王もこれを聞いたらさぞ驚かれるだろうな。ククク」
私は親友《王》のしかめっ面を思い浮かべながら微笑んだ。
◇
《屋敷 稽古場》
「シン様。それでは古龍は倒せませんぞっ!」
「いやっちょっと待って下さいっ! オーフェンさん。剣筋全然見えませんからっ! 避けきれないですから~! グエッ!」
誰が古の最強種と戦うんだい?!
オーフェンさんが振り下ろす木剣による一撃が僕の右肩へと直撃する。痛い。痛すぎるよ。オーフェンさんの渾身の一撃なんてさ。
それにしてもどうしちゃったんだよ。家のオーフェンさんはっ! 何でいきなり剣術の稽古がスパルタ化してるのさ。
あの少し煽てればデレてくれたチョロいオーフェンさんに戻ってよ。
「シン様ー! だ、大丈夫ですか?」
「シン君。しっかりしてっ!」
アレクシアとレイラちゃんが僕を心配そうな目で見ている。
「あ~、あれくらいなら問題ないっすよ。あの悪童がこれくらいでくたばるわけないっすから。なんせあの悪童のお母様は聖魔法の第一人者っすからね。それよりも御二人は修行修行っすよ~! あの悪童に追い付け追い越せっす~」
さっきから僕の事を悪童悪童と連呼するのは僕の魔法の家庭教師ライチ師匠だ。
あの人はアリス魔法学園の元エリート教員で呑んだくれのクズ。地元がこのセイフライド領地出身で。学園在籍時には学園資金の横領。男子生徒への性暴行。新生魔法の無断使用と文字通りやりたい方だい問題行動を行い学園から追放された問題児だ。
何でそんな問題児がここで家庭教師をしているか?……それは問題児《僕》には同じ問題児《ライチ師匠》をぶつけて中和すればいいとか父さんが思いつきで考えて実現したのさ。
マイナス《僕》とマイナス《ライチ師匠》を掛ければプラスになるようとでも思ったのかな?
おめでとう父さん。父さんの予想は正解だったよ。
僕は短時間でこの人からあらゆる魔法の基礎を教わると生前のゲーム知識と武術の呼吸法を駆使し短時間で取得。今では基本的な属性魔法なら扱える程に成長してライチ師匠は用済みに成り果てたよ。
これも生前の知識があってのお陰だね。この世界の魔法なんて科学知識があればそれなりに再現できるんだからさ……おっとそれよりも今は回復魔法でオーフェンさんから受けた傷を癒さないと。
「……ヒ、回復……良し。治ったぁよ……脈動ビクンビクンいってるけど」
「ちっ……流石は今まで魔法を教えた生徒の中でもダントツに呑み込みが早かった自慢の弟子だわ~! 先生はもう教える事なくて悲しいわ~ シン~」
あの呑んだくれ《ライチ師匠》。僕の回復魔法が自分より優れてる事が分かってからやたらと冷たい扱いをしてくる様になったけどさ。この事が父さんにバレてまた路頭に迷いたいのかな?
「シン様っ! 入学まで時間がありません。残りの7ヶ月でこのオーフェンが持つ天狼流の全てを伝授致しますぞ」
……何を言っているんだい? このイケおじの剣鬼さんは。僕はある程度の剣術をマスターしたらこの屋敷から脱走して辺境の地でスローライフを送る予定なんだけど。
「いや。オーフェンさん。僕はこの先自立出来る位に剣術が使える様になれば大人しく生きて行くって決め手ですね……」
「何を仰いますか。シン様っ! それではアレクシア様やレイラを守れませんぞっ! 強くなるのですっ! 極限まで強くなりこのじいやをご安心させて下さいませっ! お覚悟をっ!」
ドスッ……ミシミシ……ドカァンン!!
①オーフェンさんが容赦なく木剣で僕に突きを喰らわせました。
②その突きの衝撃で僕は訓練場の壁に静かに叩き付けられます。
③そして、口から大量の血反吐を吐き。瞬時に回復魔法で即死しないように緊急救命処置を自ら行います。
「ゴバァ?!……ヒ、回復、回復、回復っ!! 死にたくない……こんなギャグみたいな出来事で死にたくない……」
「シン様。ご立派ですぞ。それでこそセイフライド家のお方です」
オーフェンさんは何故か大喜びしながら泣いていた。あんな感情剥き出しで僕を褒めてくれる人初めてみた。こんなじゃあ文句が言いたくて言えないじゃないか。オーフェンさん……
こんな死ぬ一歩手前みたいな陥っては得意になった回復魔法で死なない為の緊急救命処置を自ら行う剣術の修行はずっと続き。
いつしか僕の身体は頑丈になり。死の淵に何度も何度も何度も何度も立った事で莫大な魔力。ゴキブリ並みの生命力。天狼流の免許皆伝。どんな傷でも瞬時に治せる快復魔法を開花させる事に成功したんだ……人間。極限まで追い込まれると色々な能力に目覚めるって本当だったんだね。
唯一の癒しは毎日死にかけた僕をロリアレクシアやレイラちゃんが心配そうに労ってくれたり。励ましてくた事だね。ありがとう。
そういえばこの2人日に日に仲良くなっていってるし。そろそろあの計画を始動しても良い頃合いかな?
その名も主人公とヒロイン《レイラ》ちゃんをくっ付けるぞ大作戦。
この世界でも2人には百合カップルになってもらい。僕の事は今後、眼中に無いくらいラブラブになってもらうのさ。
そして、僕は静かにフェードアウト。完璧な作戦ここに開始だね。ククク……