第3話 死にたくないから主人公(♀)と適切な距離を取ろう……と思ったら向こうから訪ねて来たんだけど?
《乙女達は男装乙女に恋をします》の主人公(♀)アレクシア・シュリディンスは僕との一件以来男装を好む様になり。
ある出来事(多分 僕のせい)を切っ掛けに男性不信となった絶世の美少女だ。
大国リュリシオン王家に連なる血筋。シュリディンス家の娘として産まれ。小さい頃から魔法、剣術、芸術、学術等の英才教育を受けた才女であり将来を嘱望されていた。
セイフライド家の極悪兄弟に関わるまでは────
アレクシアは原作だと僕や兄のサギールと各シナリオパートでよく対立していたんだ。
そして、ストーリー序盤は何かしらの嫌がらせを僕達から受けて窮地に陥るんだけど。
そこはエロゲー主人公(♀)。可愛いヒロイン達(♀)と友情を越えた愛の力で打開して僕や兄サギールを断罪するんだ。
それがカッコ可愛いんだよね~、エンディング後には勿論結ばれたヒロイン達とニャンニャンするのがお決まりなんだけどね。
そして、《乙女達は男装乙女に恋をします》での僕の一番の推しは勿論アレクシアなんだけど。
まさかその本物が今、僕の目の前に再び姿を現すなんて思いもしなかったよ。
「こんにちは。シン君」
絶世の男装の美少年がそこに立っていた。
銀髪。翡翠色の眼。声彫刻の様な整った顔立ち。ロリ体型。声はエロゲーの時よりもちょっと若々しいね……イヤそうじゃないだろう。僕。
眩しい。これが主人公のオーラかい。悪役の僕とはえらい違いだね。
おっと平服して土下座しないと駄目じゃないか。そうじゃないと殺されちゃうよ。首チョンされちゃうからな。
「こ、こんにちは。アレクシア。今日はどういったご用心でしょうか」
スリスリスリスリッ! 両手を高速で擦り始めアレクシアにごますりを始める。
低姿勢っ! 低姿勢で接してこちらに敵意は一切なく無害をアピールするんだ。そうすればアレクシアとは対立せず殺される心配は起こらない……筈。
そして、悪役貴族なんてなってたまるか。丁寧語で親切にまるで壊れ物を扱うかの様に大切にしてあげなくてはね。そうすればこれからも生きていける……筈。
「えっと……シン君。何で床に頭を擦り付けて。両手を掴んで上に向けてるのかな? 大丈夫?」
ロリ体型のアレクシアが僕を心配そうに見詰めている。
何とも愛らしい姿だろう……いや。僕は断じてロリコンではないけどね。
それにこのアレクシアちゃんゲーム本編では15歳なんだけどナイスバディーに成長するんだ。
普段はサラシを巻いて男装しているんだけど。その体はムチムチさ。そして、ヒロインの1人魔剣士のフィオレンティーナに女の子である事がバレて恋仲になり。
ニャンニャンシーンでは赤面しながら男装で着ていた服を1枚1枚脱がされ。アレクシアは羞恥に悶える姿が可愛いくて……止めよう。こんなの考え始めたら止まらなくなる。最推しアレクシアちゃんへの気持ちがね。
「こ、これ……訓練の一貫ですよ。アレクシア」
「訓練?……それに何で敬語なの? 前はずっと偉そうにしてたのに。」
それは君をキレさせて殺されたくないからだよ。とは言えるわけもない。
「えっと……それはあれですよ。1ヶ月前にアレクシアと森に行きましたよね?」
「うん……あの時、シン君が私を助けてくれたの今でも覚えてるよ」
頬を赤らめて何で微笑んでいるんだい? この宿敵さんは……めちゃくちゃ可愛いじゃないか。
いやいや。何を考えているんだ僕は。
そんな事よりもなんであの森でゴブリンに頭をどつかれてアレクシアに無様な姿を見せたとっていうのにさ。
原作同様にクソガキの僕を嫌いになり。それが原因で男性不信+女の子を愛する様になっていくんだからね。
だから彼女の邪魔をしてはいけない。僕はこの世界ではモブと成り果て。アレクシアから距離を置かなければならないんだ。
「そうですか。では僕の事は嫌いになれたみたいですね。じゃあ僕はこれから稽古の続きがあるのでさようなら。アレクシア」
僕は土下座の姿勢まま床を這いずりオーフェンさんが入る裏の庭園へと戻ろうとした。
これも全て主人公から恨みを買わないで生き延びる為……
「シン君待って……私……ここじゃあ。シン君以外のお友達いないの」
必死な声だった。それと寂しそうな声で僕を引き留めるアレクシア。
今の彼女の表情は見なくても分かる……とても悲しそうな表情なんだと。
アレクシア・シュリディンス。その希代の才覚故に他の男兄弟や同世代貴族の子達から疎まれ。
こんな辺境公爵が管理するセイフライド領にたった1人で住む羽目になった可哀想な女の子。
同じ貴族の同世代は僕しかおらず。
それでも友達を求めて悪役令息の僕にすがる様に会いに来て。嫌がらせや罵声を浴びせられる日々を送り。
しまいにはあの森で1人置いていかれてゴブリンに殺されるそうになり。なんとか生き延びたものの男嫌いになってしまう……これが本来でのアレクシアの正式なルートだ。
でもここはゲームじゃないリアルだ。
この場面でアレクシアを蔑ろに扱ったらこの娘はどうなる?
頼れる人がいないから僕を頼ってくれている娘の気持ちを汲まないであげないなんて最低の悪役じゃないか。
「アレクシアは稽古に興味があるんですか?」
「え?……あの? シン君」
僕は床から顔を上げるとアレクシアに向かって優しく微笑みかけながらそうに告げた。
ああ、我ながら生前の人の良さが出てきちゃたよ……前世なんて思い出してもろくな事にならないね。
「僕、最近。剣術の稽古を始めたんですよ。それと暇すぎて魔法の勉強やお料理も始めたんですよ」
「魔法のお勉強にお料理? わ、私も一緒にお勉強やお料理していいかな? シン君」
アレクシアは綺麗な瞳を輝かせながら興味心身に僕の話を聞いてれる。
宿敵にそんな事まで教えなくていいだろに。なんで手の内を晒すのさ。
「はい。喜んで。1人よりも2人で何かをする……その方がどちらにとっても楽しい時間になりますからね」
アレクシアは僕にとって最大の敵になる娘さ。でもそれは原作の15歳のアレクシアという人物の話。
今、僕の目の前に居るのは6歳の女の子だ。そんな娘が悲しそうにしてるのは見るに堪えないよ……彼女とはそのうち適切な距離を取ればそれでいい。
今はただ恨まれない様に丁寧に丁寧語で優しく接し続けて楽しい思い出の時間を作ってもらおう。僕の最推しのアレクシア・シュリディンスに────