第7話「序曲合奏」
放課後。旧校舎の三階にある軽音部の部室には、今日も変わらぬ音が響いていた。
詩織のギターが空気を切り裂き、乃愛のベースが低く支える。
「失礼しまーす...」
俺達が部屋に入ると乃愛がこちらをチラ見し、すぐに視線を楽器へ戻す。
「今日はちょっとだけ、やってみない?」
詩織がふいに俺を見て言った。楽器に触れたことのない俺にとって、それは意外な提案だった。
「え……でも、俺、何もできないし……」
「別に、上手じゃなくてもいいよ。桐島君がいたら、空気が少し変わる気がするから」
詩織の言葉に、美月がぱっと目を輝かせる。
「じゃあじゃあ、これ使って!ドラム!」
美月にドラムスティックを渡され、俺は戸惑いながらもドラムセットの前に座った。
「……こうか?」
軽くスネアドラムを叩くと、ドゥツ!といい音がなる。
「お、悪くないじゃん」
詩織が優しく褒めてくれた。
乃愛は無反応だ。
自然とセッションが始まった。詩織のギター、乃愛のベース、美月のタンバリン(どこから持ってきたんだ)そして俺のドラム。
音が重なって、少しずつ一つの曲になる。
「シマ、すごいじゃん!」
美月が嬉しそうに笑う。
「……やるじゃない」
乃愛の声が、少しだけ柔らかくなった気がした。
俺はただ手のひらを動かし続けながら、
――この時間が、悪くないなと思っていた。
***
セッション後、みんなが後片付けをしていると、詩織がふいに隣に立った。
「……ちょっと、話す?」
詩織と2人きりで、廊下へ。
「さっきの演奏、悪くなかったよ」
「いや、叩いただけだし……」
「それでも、ちゃんと“音楽”になってた」
詩織はそう言って、ギターの弦をそっと撫でた。
「音って、人を変えるんだよ。……あたしも、変わったから」
「……ギター、いつからやってるの?」
「小学生の頃。家にあったのを触ってみたのが最初」
彼女は懐かしむように目を伏せた。
「そのときから、ギターだけは裏切らなかった。音を出せば、心が返ってくるから」
詩織はそっと笑った。
「……桐島君も、また来てよ。音を聞いてくれる人がいると、あたしも嬉しいから」
俺は、静かにうなずいた。
帰り道、美月が隣でくるくる回っていた。
「セッション、すっごく楽しかったね!」
「……うん」
「やっぱさ、バンドっていいよね。みんなで音、合わせるの。なんかさ、心までつながってる気がするんだ」
そんな風に言える美月の明るさに、俺は少し憧れていた。
前までは部活でもなんでもない“ただの見学”だったけれど――
少しずつ、自分がこの場所に居ていいんだと、思えるようになっていた。




