第六話「彼女の話」
放課後。
いつものように軽音部に顔を出してから、俺はそそくさと帰宅した。
頭の片隅に、朝の藍鈴の言葉が残っていたからだ。
玄関を開けて家に入ると、すでにキッチンからいい匂いが漂っている。
だが、今日は飯より先に、リビングだ。
リビングのドアを開けると、藍鈴がソファに座っていた。
足を組み、手にはホットココア。
まるで、大人びた雰囲気を漂わせていた。
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
「……ただいま。で、話って?」
「うん。座って」
促されるままにソファに腰掛けると、彼女は少しだけ真剣な表情になった。
「やっぱりさ、お兄ちゃんって最近、ちょっと変わったよね」
「……変わった?」
「うん。クラスで友達できたし、放課後もまっすぐ帰ってこないし」
「……まあ、そうかもしれない」
「でも、それって“いいこと”だと思う」
意外な言葉に、思わず彼女の方を見る。
「お兄ちゃんが学校で何か楽しめてるなら、私も嬉しいよ。ほんとに」
「……ありがとな」
「それで、私も……負けてられないなって思ったの」
「は?」
「お兄ちゃんが新しい世界に踏み出してるなら、私ももっと頑張らなきゃなって。生徒会も、勉強も、そして……ブラコンとしても」
「最後のいらねぇだろ...てか、自覚してたのかよ。」
「いるもん!」
ぷんすか怒る彼女を見て、思わず笑ってしまった。
「……まあ、ありがとな。ちょっと元気出たわ」
「ふふん♪ それが私の役目だからね!」
ほのかに香る味噌汁の匂いが、この穏やかな空気を、さらにあたたかく包み込んでいるように感じた。