第一話、「伴奏」
春。
校庭の桜が風に舞っているのを、窓の外からぼんやり眺めていた。
花びらがひらひらと舞う景色は、どこか物語の一節のようで、自然と本の世界に引き戻されそうになる。
やはり、美しい桜と春の香りには、小説が合う。
目立つのが嫌いってわけじゃない。でも、注目されたいわけでもない。ただ、誰とも関わらずに静かに過ごしていたい。それが俺にとって、何よりの安らぎだった。
朝は誰とも目を合わせずに教室へ入り、昼休みは一人で弁当を広げて、文庫本を片手に静かな時間を楽しむ。放課後は誰よりも早く教室を出て、まっすぐ帰るか、あるいは図書室に立ち寄る。それが俺の日常だった。
けど──その日は、違った。
教室のドアが勢いよく開かれた。その音に、思わず文庫本から目を上げる。
明るい茶髪と、ぱっちりした瞳の女の子が先生の横に立っていた。
制服は同じはずなのに、どこか違う空気をまとっている。
……転校生、か?
「今日からこの学校に通うことになった天野美月です!よろしくお願いします!」
明るく響く声。まるで太陽みたいにまぶしくて、俺とは正反対の存在に思えた。
(まぁ、俺には関係ないことだ)
そう思って、再び本に目を落とした。
「ね、ここ座っていい?」
……俺?
「先生が、“君の席の隣に座って”って言っててさ~」
俺は黙ってうなずくことしかできなかった。まさか、自分の隣に来るとは。
「私は天野美月!よろしくね!」
その笑顔は、まっすぐで、少しだけ俺の心に入り込んでくる。
……太陽みたいな子。
まぶしすぎて、きっと長く見ていられない。
授業が始まり、休み時間になるたびに、美月は俺に話しかけてきた。
「今の先生、めっちゃ“えーっと”って言ってたよね?」
「この学校、廊下広くていい感じ!」
「君、名前なんていうの? さっきから“無口くん”って呼んでたけど。」
俺はようやく口を開いた。
「……桐島智也」
それしか言っていないのに、彼女は勝手にあだ名までつけてきた。
「へぇ、キリシマくんか。じゃあ“シマ”って呼んでいい?」
どこまでも距離が近い。不思議な子だ。
放課後、美月は俺の前に立ち、まっすぐに言った。
「ねぇ、一緒に帰らない?」
その言葉に、なんて返せばいいか分からず、俺はまた黙ってうなずいた。
並んで歩く帰り道。
話すことなんてほとんどなかったのに、美月は笑って話しかけてくれて、俺は時々、うなずいたり、ほんの一言だけ返したりしていた。
風に舞う桜の花びらが、彼女の髪にふわりと触れた。
その姿が、どこか儚くて、でも、確かに俺の心を揺らした。
その日から、俺の日々は、少しずつ色づいていくことになる。
それは、俺の平凡な世界に波を立てていく、最初の一歩だった。
読んでいただきありがとうございます。るろです。この話は今後も投稿していきたいのでよかったら毎回見ていただけるととてもうれしいです。




