短編
今日も疲れた。疲れすぎた。靴下が濡れて足が冷えきっている。
こんな雪なのに出勤させるくそ上司、そして弊社を全力で爆破したい。
さっさと風呂入って推しの配信でも見るか。
「あ、おかえり〜♡」
語尾にハートが3つくらい付いてそうなかわいい声、目の前に飛び込んできたのはとんでもない美少女。
「!?!えっ!!!?推しちゃん!??」
意味が分からず困惑する、ここ俺の家だよな…??
表札と家の中を交互に確認する。
何度確認しても間違いなく俺の家だ。
「今日もお疲れ様〜」
むにゅっとやわらかいものが身体に当たる。
はじめてのその感触に意識が強制的に持っていかれる。
「!!!??????」
こ、こ、こ、こ、これって、?おっp…!??
まてまてまて、俺の推しは板、断崖絶壁、まな板のハズだ。こんなのは偽りの感触だ。
「寒かったでしょ、お風呂わいてるよ。今日は生姜のお風呂〜♩」
そのままお風呂場まで連行される。鼻先に甘く桃のような香りがふわっと香るとんでもなく、いい匂いだ。
鼻腔があまりに幸せで余計な疑問なんて吹き飛んでしまう。
思えばここ最近つらかったのはこの時の為だったのかもしれない。
ありがとう神様!!!俺、幸せになります!!!
「いっぱいあったまってね♡上がったらお肌にこれを塗ってね」
冷えきった身体が推しの優しさで温まっていく、ポンッと渡されたそれは謎の粉。なんだろう保湿のための粉なのかな?
推しの方を振り返り首を傾げる。
「これ?しおこしょー!」
推しの舌足らずなところも可愛い。なんて言ったんだ?シオコショウ?…塩コショウ?
聞き馴染みのある調味料の名前に困惑し、一瞬正気に戻る。
というかさっきまで疑問なく受け入れてたが生姜のお風呂って聞いたことがないな。
塩コショウと生姜って俺は生姜焼きかって…
ガッ
…あ、れ?
急に後頭部に衝撃が走り視界が暗くなっていく。
「バレちゃったか」
あーあ、と言った表情で俺の方に迫ってくる推し
少し悲しそうなそんな顔だがそんな顔もたまらなくかわいい。
「ふん〜ふん〜ふ〜ん♩じっくりことこと〜下味も付けて〜〜♪」
ボトボトッ
…
身体は動かない。
身体が洗われ、切られ、煮込まれていく。
そんな状況を俺はなぜか上から見れている。
「じゃじゃ〜ん☆リスナー君の生姜焼き〜〜♪いっただきま〜〜す!」
ん〜!!!おいし〜〜〜♡と、こちらまで笑顔になりそうな幸せそうな表情を浮かべ俺を食べている推しを見る。ふと隣に目をやると俺のように魂になった状態のナニカがいた。そのナニカはキラキラと輝く推しのメンバーバッジを付けている。
「貴方は!!!推しのスパチャランキング1位のトップオタさん!?どうされたんですか!?」
ふっ、と鼻を鳴らしそのナニカは質問に答える。
「君もようやくここまで辿り着いたんだね、僕たちは推しの文字通り血肉となり、これから永遠に推しを眺め続けていられるんだ」
こちらにおめでとうといいつつ自慢げに話す彼の姿はなんだかオタクの鏡のように見えとても格好いい。俺もだんだんと誇らしい気持ちになってくる。
「明日はどんな料理にしよかな〜?」
ごちそうさまでした〜とペロリとたいらげ機嫌よく献立を考える推し。いっぱい食べて偉い。かわいい。
明日はどの幸運なリスナーがこちらに来るのだろう?
お前も推しの血肉にならないか?
fin.