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魔女の宝石  作者: 蓼川藍
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第四話

 二階までの階段を上り、ドアを開けると、外見からは想像もつかないほど瀟洒な空間が広がっていた。家具の一つひとつにこだわりと品が感じられ、ここで生活するのだと思うと無意識のうちに心が踊った。


 が、さらにドアを一枚隔てた向こう側を視界に入れた瞬間、一切の幻想が崩れ落ちる。


「さっきのが客間の立派スペースで、こっちが俺たちの居住スペースね」


 異国風の品のある美青年が、コンクリート打ちっ放しの部屋で言った。


 一見して廃墟だった。コンクリ打ちっ放しの物件なんて世の中に山とあるだろうが、それとは明らかに違う。


 床も壁も天井も、全て灰色のコンクリートだ。テーブルの下には申し訳程度にカーペットが敷いてあるが、それ以外は舗装された道路と大差ない。「刑務所」の三文字が瞬時に脳内をよぎる。だが、「入って入って〜」と三津丸が何の疑問も持たない様子で修治を手招きするので、黙ってそれに続いた。


「……あれ? ここって靴は……」


「ああ、俺は普通に脱がないで生活してたね。スリッパなら一応あるけど、出す?」


「いえ、お構いなく……」


 修治は胸の前で小さく手を振った。流石は宝石商と言うべきか、生活様式は海外準拠らしい。


「キッチンはここね。まあ料理は基本的に俺が作るし、修治さんは出されたもの適当に食べてればいいよ。たぶん刑務所よりは美味しいもの出すし。あとそっち曲がったところがお風呂とトイレ。こう見えてもバスルームとトイレは別だから、そんな気ぃ遣うようなことはないかな〜。あとは……」


 三津丸の後ろに着いて部屋の構造を頭に叩き込んでいると、修治はリビングの壁に収納らしき扉があるのを見つけた。コンクリ製の壁と同化するように作られた扉で、取っ手がなければこの先に空間があるとは気づかないだろう。


「ここはクローゼットか何かですか? 開きますよね、ここ……」


 別に開けようとまでは思っていなかった。ただ取っ手があったので指をさしただけ、もっと言うなら近づいて手を伸ばしただけだった。……はずだ。


「あっ、そこは──」


 後方から聞こえてきた三津丸の声は、ひときわ静かで高かった。虚を衝かれた声とでもいうのか──腹の底に隠した思惑も何もない、諏佐三津丸という人間の素の声を、修治はその瞬間に初めて聞いたような気がした。


 その直後、修治の鼻先を熱が掠めた。やけに輪郭のはっきりとした光の筋が修治の視界を縦に駆け抜け、ジュッと音が鳴る。


「……」


 唖然としながら、修治は首を下に向ける。足元に小さな焦げがある。その黒点の発生源を辿るように今度は真上を向けば、もっと大きな黒点が目に入った。


「……くもだ」


 修治は唇を戦慄かせた。蜘蛛というか、タランチュラ。虫にしてはかなり大きい部類で、頭部に深い黄色の目が四つ、横並びに配置されているのが見える。


 修治は踵を返して叫んだ。


「すっ、諏佐さ、助けっ……く、クモが、クモがビーム撃ってきて──っ」


 が、足がもつれて盛大に転倒する。痛みに呻きながら顔を上げると、目の前にも蜘蛛がいた。


 頭の中が真っ白になり、床の上にいたそれと二十センチほどの距離で見つめ合う。するとその左右から、後方から──あらゆる家具の隙間や物陰から同じ形の虫が現れては寄ってきて、修治はいよいよ悲鳴をあげた。


「はいはいどうどう。ストップ。『止まれ』。この人は敵じゃないよ〜。鴉修治は大事な大事な俺の半身だ。だから、さあ、『見通せ 虎目石(とらめいし)』。その目に映った全てを『記憶しろ』」


 頭上から三津丸の声が降ったかと思うと、蜘蛛たちはその号令に従って一挙に静止し、次々に金色の目から光を照射した。先ほどのレーザーとは違って広範囲を照らすそれは、朝日のように柔らかく修治の全身を包んだ。


「はい、オッケ〜。『散れ』」


 光が止むと、三津丸は手を叩いて再び命令した。蜘蛛たちは一斉に修治の前からいなくなる。


 修治はほっと息をつき、身体を起こした。


「すごいですね、あの蜘蛛。諏佐さんのペットですか?」


「ちがうよ〜。虫でもペットでもない。自立思考型魔導守護ロボットのマモルくん。俺が心を込めた手作り」


「じり……ロボット? マモルくん……?」


「まあロボットっていうか魔具だけど。魔力を込めた道具だね」


 またしても難しい言葉のオンパレードだ。修治が首をかしげると、「まあ要は、修治さんはもうあの蜘蛛たちに襲われないってこと。あのクローゼットも開けていいんだよ」と三津丸がコンクリートの扉を指さした。


 つまり、あの蜘蛛たちは、あのクローゼットを何者かから守るために作られたのだ。諏佐三津丸の手によって。でも、修治はもう、あのクローゼットを開けていい。


「……私が、あなたの半身だから、ですか」

「そう」


 三津丸があっさりと頷く。修治は、三津丸のその「半身」への疑いのなさを空恐ろしく感じる。


「何なんです、その半身って」


「その昔、人間には頭が二つ、手足がそれぞれ四つあったんだ。でも人間は傲慢な生き物だから、神に逆らって怒りを買い、半分に引き裂かれた。それ以来、人間は神によって分かたれた『もう一人の自分』を探して彷徨い歩いている」


「ただの昔話か何かでしょう? ……第一、だからなんだという話じゃないですか。私がもう一人のあなただったとして、何かが変わるわけじゃ──」


「修治さんは目がいいから」


 まるで自分の目が見えていないかのような言いようだった。あまりにも抑揚のない三津丸の声色に、修治の息が止まる。


「修治さん、普通はね、見えないんだ」


 クローゼットに歩み寄った三津丸が、取っ手に手をかける。


曹灰硼石(そうかいほうせき)──ウレキサイトはテレビ石とも言って、下に敷いた文字や絵を浮き上がらせて見せる。遠くから見れば、このウレキサイト製の取っ手は一面灰色のコンクリートと同化して見えにくくなるはずなんだ。絶対不可視とまでは言わないけど、俺はここに魔力を込めて、ウレキサイトの持つ力を底上げしてる。……だから見えないはずなんだ」


 これがただの壁じゃなく、その奥に「何かがある」と確信していない限りは──三津丸はいつになく真剣な口調で言い、扉を開けた。


 修治の前に姿を晒したのは、重苦しい光沢を持つ金庫の数々だった。大小様々のものが隙間なく並べられた第二の壁を前に、修治は瞠目する。


 ──いや、そこに大事に保管されているものの風格を前に、だろうか。


「修治さんはこれに引き寄せられたんだ。並大抵の嗅覚じゃない。やっぱり修治さんは愛されてる」


 修治に向き直った三津丸は、至極穏やかな表情をしていた。満足げでありながら、諦念にも似た微笑。つくりものめいて必要以上を語らない瞳。見る者の心を痛烈に掻き乱すその引力は、まるで──


「アーティファクト……」

「正解」


 三津丸は歯を見せていつものように軽やかに笑う。そして、金庫の表面を指先でゆっくりと、一つひとつ順繰りになぞっていった。


「どれがいいかな。……これか」


 三津丸が金庫のひとつで手を止める。ダイヤル式の錠に指先を沿わせ、まるで修治に手順を教えるように、緩慢に回した。


「俺の誕生日は一月三日。ゼロ、イチ、ゼロ、サン……」


「……やめてください。なんで私なんかに聞かせるんです。私は──」


 犯罪者だ。強盗だ。声に出して解錠の番号を教えるべきじゃない。宝石商が家に上げていい人間なんかでは決してない。修治は泥棒で、罪人なのだ。まだ禊の一つも終えていない──


「回す方向は順に、左、左、右、左」


 ガチャ、と音を立てて金庫が開く。修治の心にさざ波が立つ。


 無論、全部の金庫がその方法で開くわけではないだろう。でも、この金庫だけは確実に開く。


 修治には理解できなかった。なぜこの人は、自分の大事なものをこうも簡単に赤の他人に曝け出してしまうんだろう。自分の半身だから? そんな馬鹿な。


 だって、これは命だ。諏佐三津丸という人間の、生きる意味そのものじゃないか。たくさんあるから一つ失っても構わないとか、そういう次元の話じゃない。


 世界中を飛び回ってでも、大枚をはたいてでも、人生を賭してでも──それらを代価として支払うだけの価値を、三津丸はアーティファクトという存在に見出している。


 一つだって欠けていいはずがない。なのに、こんなにも罪深く薄汚い修治に、この男は己の核を見せつけてくる。


「これが、俺が人生で初めて手に入れたアーティファクト。俺の実家にあった──たぶん、俺の先祖の遺骨。俺がハタチになる時に譲り受けて……その一年後くらいかな? 実家が燃えた。家族ごと」


「…………え……?」


 修治の前に跪いて三津丸が差し出した手の上には、緑色のペンダントが乗っていた。その男の瞳のような、綺麗な碧色。今の話さえなければ、何の屈託もなく「あなたみたいだ」と言っていたかもしれない。宝石の美しさの前では、人はどこまでも素直になれてしまう。


 その瞳のように大きく丸い輪郭も。留め具を這う蔦のデザインの、上品でどこかミステリアスな雰囲気も。あなたにそっくりだと、似合っていると言えたかもしれないのに。


「エメラルドは幸福と安定をもたらす石だからね。俺が家から持ち出したことで、家の方が守られなくなっちゃったのかもしれない」


「そんなわけ……」


「ま、いずれにせよさ、燃えちゃったの。全部」


 三津丸はなんでもない風に言った。とうに吹っ切れているのか、蓋をしているのか。それすらも修治には判別がつかない。


「ホントは修治さんにも見せたかったんだよ? さっき言ってた文献とか色々。でももう無理なんだ。炭と灰になったから。だから俺が魔女の末裔だって証明する材料はないし、それ以上研究することもできないわけ。ごめんね?」


 謝らないでほしかった。笑顔を見せないでほしかった。その全てが痛々しく映るから。


「でもさ、俺、修治さんには信じてもらいたいな。俺が修治さんと一緒だってこと。帰る場所もなーんもなくて、ずっと一人で、縋るものは石ひとつっていうさ。……ね?」


 だから修治さんは俺の半身なんだよ。


 そう言って、三津丸は震える修治の肩をそっと抱いた。


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