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魔女の宝石  作者: 蓼川藍
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第三話

「人ってさあ、死ぬと宝石になるでしょ?」


 乗せられたタクシーの後部座席で、三津丸が言った。


「……はい?」


 修治は心底軽蔑した目で三津丸を見た。これでもこの男は修治の生命線だが、だからという理由だけで話の調子を合わせたり、相手に媚び諂ったりできるほど、修治の社交性は高くない。


 それに三津丸は色々と強引だし、怖い。借りがなければお近づきになんかなっていない。だから修治は、ペットショップから新居に招かれた犬のように、とりあえずで飼い主を威嚇している。


「言っている意味が全くわかりません。人は死んだら骨ですよ。……もしかして、私たちとは常識の違うところで生きていらっしゃる?」


「わあ、なんか急に切れ味鋭くなったね修治さん。俺何か嫌われることしたかな」


「そういうデリカシーも常識の欠片もないところじゃないですかね」


「いや俺にだって常識はあるよ? 人は死んだらそりゃ骨よ。俺が言いたいのはそういう常識の話じゃなくてさ、仕事のことなの。宝石のこと! ダイヤモンドってのは、要は炭素をめちゃくちゃ熱くしてめちゃくちゃ強い力でギュッて圧縮したやつなんだけど、動物の骨でもおんなじことができるのね。ダイヤモンド葬って知らない? 人でもペットでもできるらしいんだけど、お墓いらないし身につけられるしで結構需要あるらしいんだよね。で、アーティファクトのでき方とダイヤモンド葬はかなり似てる。圧縮するかしないかの違いで、人を燃やして出来上がる宝石って部分はもう一致してると言って問題ないわけ」


「……そういえば、魔女が火刑に処されてできたのがどうこうって言ってましたっけ」


「そうそう! よく覚えてるね修治さん! 自分の犯罪を追及されてる真っ只中だったのに!」


 三津丸が両手を合わせ、愉快そうに声をあげた。


 それを見て、修治は苦い顔をした。タクシーの運転手は、こんな風に自分のトークの持ちネタを増やしていくのだろうなと思った。もしかしたら今日のことも、夜に乗せた美青年が生き物の死体が宝石になる話をし、どうやら同乗している冴えない男は犯罪を犯したことがあるらしい、などと奇妙な客の代表格として口伝されるのかもしれない。


「中世から近世のヨーロッパで起きた魔女裁判の流行には、宗教を守るためとか財産目当てとか、今となっては原因に色々理由がつけられてるんだけど、実際にその身に魔力を宿して魔法を使っていた『本当の魔女』も、その犠牲者の中にはいた。むしろ魔女狩りの流行を生み出した当時のお偉方の目的は、本物の魔女の処刑にあるわけ。未知の力を持った存在はそれを持たない只人にとって脅威だし、恐怖の対象でしかないでしょ? だから見つけ次第殺して、偉いだけの凡人は自分の地位を守ろうとしたんだ。支配する側の地位ってやつをね。でも、普通の人間には理解できない力を持った存在のことを公表するのは、彼らにとっても悪手だ。当時は今よりも信仰の力が強かったし、傷や病気を癒したり、食糧を増やしたりできる人間は神に近い存在──あるいは神そのものとして見られかねなかった。だから流行を作って殺したんだ。病気を蔓延させただの、異教の信奉者だのと適当な理由をつけて、人を大量に殺す流れを作った。そして渦中に『本当の魔女』を放り込んで抹殺した。魔力を持たない人間もろともね。そうやってできたのがアーティファクトなんだよ。本物の魔女の遺骨さ。魔力の宿った宝石は不思議な輝きで人々を魅了し、現在まで色々な人の手によって守られ、受け継がれてきたんだ。まさに至上のアンティークだよ」


「……まるで見てきたように言うんですね」


「実際に見てきた」


 つと滑った異国の瞳が、静かに修治を映す。


「……人が書き残した書物とか読み漁ったからね〜。何せ俺、魔女の末裔ですから!」


「……少しでもすごいかもと思った私が馬鹿でした」


「え〜⁉︎ 少しどころかめちゃくちゃすごくない? 魔女の末裔だよ? 昔の人直筆の日記とか家の倉庫にあるんだよ? んでもって俺それ全部目ぇ通してんだよ⁉︎ 普通に考えてすごいって〜! もっと褒めてくれてもいいと思うんだけどなー!」


「はいはいすごいですね、魔女の末裔万歳」


 棒読みで修治が答えると、三津丸が「ノリ悪いなあ〜」と頬を膨らませた。


「第一、それが本当の話かどうかの証拠がないじゃないですか。直筆なんだったら、昔の人が戯れで書いた小説か何かかもしれないですし。それだったら多少歴史と被っててもおかしくありませんよ。当時の社会情勢に思うところがあって、そこに魔女っていうファンタジー要素を加えてフィクションに昇華しようとしたのかも」


「だったら、修治さんが今日体験した一連の出来事はどうなるのさ。俺の占いは完璧に当たるし、修治さんはアーティファクトを〈処理〉できる。それって誰も彼もが同じようにできることじゃないよ? 凡人にはできない特別なことだ」


「……会った時から思ってたんですけど、その〈処理〉って一体何なんです?」


「お、やる気出てきた? 俺の部下として働くやる気が」


「早く返すものを返してあなたから離れたいだけです」


「〈処理〉っていうのはね、アーティファクトが秘めている力を最大限に発揮させるために、持ち主が手助けすることだよ」


 修治の主張を無視して、三津丸は再び熱く語り始める。修治は抵抗するのも馬鹿馬鹿しくなって、後頭部をシートに預けた。


「処理自体は普通の宝石にも使われている手法なんだよ。例えば石を色のついたオイルに浸して着色するとか。これは元々宝石と呼べるような綺麗な石には使わないから、厳密には『宝石』とは呼べなくなる処理方法だけど。大量生産向けの加工だね。宝石だって胸張って言える処理なら『加熱』だ。宝石が潜在的に持ってる色を引き出すために、人間が『加熱』っていう技術を使って宝石を援助してあげる。アーティファクトも一緒で、人間が手を貸すことで、アーティファクトの本来の美しさと性能を引き出すわけ」


「性能……ですか」


 それは宝石には無縁の言葉だろうと修治は思う。宝石は飾られ、人に愛でられるためだけに存在する。ならば、宝石の持つべき「性能」とは美しさそのものだ。


「アーティファクトは魔女の怨念であり遺骨そのものだ。だから彼らは常に持ち主に語りかける。他者を攻撃せよ、奪い取れ、怨みを晴らせ──それに持ち主が呼応して初めて、アーティファクトは〈処理〉される。より美しい形に、より攻撃的な形に姿を変えることができる。さっきの修治さんがヘマタイトに呑み込まれかけたのも、〈処理〉の副作用みたいなものだよ」


「呑み込まれかけたのは事実として認めますけど……でも『呑み込まれる』ってのもおかしな表現じゃないですか? 〈処理〉をする側の人間はあくまでも宝石を『援助してあげる』立場なんですよね」


「誰かを助けるために手を差し伸べて、相手の側に引き込まれないだけの体幹が修治さんにあるなら、何を言っても許されると思うよ」


「ぐ……」


 痛いところを涼しい顔で突いてくる。修治は胸を押さえて呻いた。


「……でも、そもそも、アーティファクトは遺骨で怨念なんですよね。魔女の。さっき諏佐さんは魔女のことを『権力者によって被害を受けたかわいそうな人たち』みたいに言ってましたけど、死してなお攻撃の念を送ってくるなんて、もう根が悪の側に傾いてませんか。アーティファクトの性能が美しさの他に攻撃に特化しているというのも、聞いていていい気分はしません」


 修治にとってのアーティファクトは、祖父の葬儀の日に手にしたブレスレットだけだ。周囲には理解されないながらも優しかった祖父の形見を、攻撃の手段として扱われるのは釈然としない。


「もしかしたら、魔女は過去に悪いことをしていたんじゃないでしょうか。だから国を動かす立場の人間から狙われるようなことになって、最後には掃討される──ということに」


「修治さんは、アーティファクトが嫌い?」


 修治はハッとして顔を上げる。隣にいるのはただのアーティファクトの偏愛家ではない。彼の言葉を信じるなら、諏佐三津丸の先祖は魔女だ。自分と血の繋がった人物を悪と規定されて不快にならない人間はいない。


「……す、すみません。何も知らないのに、わかったような口を利いてしまい……」


「いいよ。修治さんにはわかってほしくて色々話してるからね。……それで、修治さん的にはアーティファクトって存在は、あまり好かない感じ?」


「好かない……というわけではないと思いますけど……」


 修治は返答に窮する。何も三津丸に気を遣っているのではない。


「私はついさっきまで、アーティファクトという存在を知らずに生きてきた身ですから。知っているアーティファクトだって、私が持つ祖父の形見これ一つですし。ただ、私に武器の蒐集は荷が重い……と言いますか……」


 修治は他人を傷つけることに慣れていない。慣れていいものとも到底思えない。そんな人間が、人を傷つける前提を持った古物の蒐集に加担していいのだろうか。


 だが実際問題、今の修治に歩けるのは蒐集の道ただ一つだ。そして、だからこそ不安がある。


 危険物取扱者の資格を持たない人間がガソリンを扱ったら、事故が起きる可能性は当然上がる。修治にはアーティファクトの知識も、それに触れ続けるだけの度胸もない。あるのは前科だけだ。拳銃に姿を変えたアーティファクトを握りしめ、誘われるがままにふらふらと強盗に出向いてしまったという前科。


「でも、修治さんには才能がある。修治さんはアーティファクトを〈処理〉できる」


「ですが……」


「普通は誰かに教わらないとできないことだよ。それを無意識にやってのける修治さんは、アーティファクトに愛されてる」


 そう口にした三津丸の目は、今までと違ってどこか修治を突き放すようだった。修治の胸が途端にざわつく。


「あの……」


 諏佐さんも〈処理〉ができるんですよね。アーティファクトに愛されているんですよね──


 そう訊きたくて、息を吸った。


 同時に車がゆっくりとブレーキをかけ、停止する。今の自分にはとても払えない金額を請求されて、修治は吸った息を吐き出す術を失った。三津丸が軽々と財布から万札を出す光景を間近で見て、自分はこの男に飼われる立場なのだと改めて自覚する。


「さ、着いたよ」


 車を降りると、三津丸が修治を振り返って、一軒の建物を指さした。


「ここが俺の家! 兼事務所だね。ようこそ我が城へ、修治さん」


 三津丸が示したのは、夜目でもはっきりとわかるほどにシンプルな輪郭をしていた。明らかに雑居ビルだった。


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