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魔女の宝石  作者: 蓼川藍
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第十話

 ──魔女の末裔の半身が魔女。


 出来すぎた偶然だった。もはやそれは運命と呼ぶべきで、運命ならば偶然などではなく必然だ。


 そして、だからこそ納得できる。三津丸がこんな修治をそばに置いた理由が。自分が今、ここにいてこんな目に遭っている理由が。


 全ては共有するためだ。もとは一体だったはずの生物として、共有して然るべきだった。食事も住処も、痛みさえ。




 目を覚ました修治の視界に真っ先に飛び込んできたのは、天井が崩壊し、瓦礫が二階の床を打ち壊した、居住スペースの惨状だった。それを見た瞬間に、修治は自分自身の無力を悟った。


 あの蜘蛛たちが三津丸の手によって作られ彼のそばに置かれていたのは、彼らに「アーティファクトを守る」という使命があったからだ。であるならば、三津丸が愛するものを傷つけそうになったにも関わらず、彼の寵愛を受けることになった修治は、何を三津丸に返すべきなのか。


 そう考えて修治が出した結論が、「彼の居場所を守ること」だった。


 帰る場所のない人間が、帰る場所を失った人間に対してできる最大限の恩返しが、それだった。同じ傷を抱えた人間だからこそ、修治は三津丸にそうしてやりたかったのだ。


 だが、家は壊れ、自分は敗れ、アーティファクトは今にも奪われようとしている。


 それに加えて、虎嗣のあの言葉。


『兄ぃ。こいつぁたぶん魔女だ』


 最初は驚いたし拒絶した。だが、時間が経つごとに自分でも不思議なほど腑に落ちた。口から蛇がするすると身体の中に入り込み、とぐろを巻いて住み着くようだった。


 ──だからだ。


 だから、三津丸は自分の存在に固執し、過剰なまでに愛したのだ。自分のルーツを人生をかけて集める男に、最も欠けているもの。


 それが、鴉修治という人間そのものなのだ。


 すなわち、魔女。彼にとっての絶対的な根源。


 なんだか途端に全てが馬鹿馬鹿しく感じられ、修治は全身に張り巡らせていた緊張を解いた。後ろ手に縛られていた両の手首がその時擦れ、初めて自分のアーティファクトが奪われていることに気づいたが、あの兄弟に反抗しようという気すら今は湧かない。


 自分も死んだら宝石になるのだろうか。


 目の前に突き刺さったアーティファクトの青い刃を見て、修治は思う。


 ……きっと、きっと今ならなれるのだろう。あれだけ真剣に迷い、最後には信じると決断した人間に──諏佐三津丸という唯一の拠り所に、自分はあっさりと裏切られた。


 三津丸はきっと、修治を自分の一部として取り込みたかっただけなのだ。「半身」として。修治と一緒にいることで、彼は「彼として」、完全になれると信じていた。


「鴉修治」という一人の人間のことなどは、欠片だって眼中になかった。


 修治はふと、大昔に火にかけられて死んでいったという魔女たちのことを思った。


 彼女たちも、こうだったのではないか。「魔女というだけで」今まで関わりのなかった人間たちから力を求められたかもしれないし、「魔女というだけで」人々から憎まれ、恐れられ、最後には殺されてしまったのかもしれない。


 きっと目まぐるしい人生だったのだろう。目まぐるしさの中でわけのわからないままその人生を閉じて、後になってその燃えさしが再燃するように、なけなしの思念に怨みの炎が灯ったのではないか。


 今ではもう、自分でも止められないほどに燃え盛って。


 だとしたら、なんてかわいそうな人たちなんだろう。


 ……でも。修治は思い直し、横たわった身体を少し揺すって天井を仰いだ。……でも、もしも自分がアーティファクトになったなら、今度こそ誰かに愛されるのではないか。


 宝石という美の結晶の姿を借り、声を出せずとも、そこに宿った思念に耳を傾けてくれる人がいる。それはそれで、恨み言の言い甲斐がある。自分の人生の語り甲斐がある。それだけで自分の無念は少しずつでも浄化されるような気がする。


 その相手は必ずしも諏佐三津丸じゃなくていいし、むしろ諏佐三津丸じゃない方がいい。修治には修治の、半身と呼べる人間が欲しい。心から信頼し、その道行きを助けたいと思える人間。自分がそうであるのと同様に、相手も自分に対してそう思ってくれる人間。


 そんな想像を巡らせた時だった。


『貴方、愛がほしいのね!』


 声が聞こえた。耳を経由しないで直接頭の中に響く、女の声。


 だが、修治には自然と、その声の出どころがわかった。


 背後だ。修治が拘束され転がされた部屋の隅──そこは瓦礫に埋もれ姿こそ隠れていたが、大量の金庫が積まれたクローゼットの真ん前だった。その事実に、修治は女の声を聞いて初めて気づく。


 だとしたらこの声は、アーティファクトの──いや、魔女の。


 途端に怖気が走った。どうしてなのかはわからない。ついさっきまでその境遇に同情し、共感さえしていたはずの相手に、なぜだか今は途方もない恐怖を感じる。


『いいわよ! わたしも愛って大好きなの! だって、人と人との繋がりの中で一番固くて重くて尊いものって、やっぱり愛だと思うじゃない?』


 しゅるしゅる、と何か乾いたものが擦れるような音が、後ろから徐々に迫ってくる。


 まるで葉のついた蔦のような──


『わたしと貴方も繋がっていましょ?』


 その瞬間、修治の指先に蔦が触れ、絡みついた。


『その方が絶っっっ対に寂しくないし、それに──』


「いっ、嫌です、いやだ……」


 思わず口から声が零れた。虎嗣たちが修治の声に反応したような気がするが、どんどん頭の中で大きくなっていく魔女の声に聴覚は奪われ、視界は酩酊した時のようにぐらぐらと溶けて霞んでいる。蔦が触れた指先から順に血の気が失せ、吐きそうなほどに気持ちが悪いが同時にどこか心地がいい。


『貴方に愛を与えてあげる!』


 魔女は問答無用で修治の中で喋り続けた。どこかの誰かに似ているなと碧色の目を思い出すが、記憶を脳裏に映し出すことすら、今の修治にはままならない。


『だから貸してねっ、貴方の身体!』


 ひときわ元気で強引な声が響いた途端、修治の意識の糸はぷっつりと途切れた。


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