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 私には子供も妻と呼べる人もいなかった。いや、正しくはそういった人を作らないようにしていた。いずれ置いて逝ってしまう。残された方の悲しみは幼少期の頃に胸に刻まれている。そんな思いを自分の大切だと思った人にしてほしくない。

 だったら軍人をやめるか、そう考えた時期が私にもあった。でも自分はどう頑張っても根っからの軍人で、今更戦うなと言われてもできなかった。考えないようにしても戦術を考えてしまう。軍事本を読んでしまう。体を鍛えてしまう。

 自分の両親を奪った戦争は嫌いなはずなのに、その環境に身を置かないと気がすまなくなってしまったのは、どんないたずらな運命だろうか。

 もう根底に根付いてしまった軍人としての心構えはそう簡単には退いてくれなかった。だったら大切な人を作らなければいい。そう結論に至ったのはもうだいぶ昔のことだった。

 だからアレッサと出会って自分の後ろを歩く彼女をみて「これが娘と過ごす父親の気持ちか」と怖くなった。

 自分がどうなっても構わない。それでも彼女には幸せになってもらいたい。

 自由に走り回ってもらいたい。こんな人々が血を流しながらバタバタと倒れていくような場所ではなくて。そんな心配とは無縁のところでのびのびとしていて欲しい。

 そんな、当たり前のことも当たり前にできないようにしたのは私たち大人の勝手な都合だ。大人の欲深さが彼女のような子供を傷つける。

 自分がどうなっても構わないのであれば、今度こそ元帥を糾弾しよう。もう怖いものなど何もない。

 そう思うようになってしまった。

 ただ、本人にその意思がないことは分かっていた。幼いころからスラム街に住み、はぐれ者として生活を送り、元帥に見つかってからは武器として扱われる。その環境は若者の将来への希望を粉々に砕くのには十分すぎる。

「私はもう私ではありません」

 そう、光のない目で言われたとき心臓が嫌な音を立てた。もし、自分に娘がいてその娘がアレッサと同じような運命を辿ったら、そう考えるだけで元帥のしたことが許せなかった。とはいえ、この頃の自分は軍人にしては肝が据わっておらず最高権力者を前にして本人を糾弾するなどできなかった。

 思わず空を眺めると無数の星が空いっぱいに広がっていた。昼間の騒然とした戦場とは打って変わって静かで美しかった。

 なるほど、昔の人が夜空をドームのようになっていると考えたのも納得が出来る。手を伸ばせば届きそうな星空は、光がたくさんある街中よりも、こうした野営地の方が良く見えるというのは何とも……

「皮肉なものだな」

 ぼそりとつぶやいた独り言は星の瞬きになって消えた。

 こんな景色をアレッサにたくさん見てもらいたい。人が死んでいく様よりも星が煌く夜空や青々とした木々、そういった美しい世界を見てもらいたかった。

 刹那、閃光がこちらに向かってくる。

 それが大砲の球であることに気が付くのと大声が出るのはほとんど同時だった。

 静寂に包まれていた森に設置された野営地は一瞬にして混乱に陥った。

 おかしい。夜戦は行わない条件だったはずだ。そういった制約は戦後の信用にも関わる為ほとんどが絶対だ。

 ごくまれに制約を破られる場合があるが、それは大抵「降伏したのちに相手国を攻撃しない」という制約に対して反逆者が出る、程度のもの。それはそんなに大きな事ではない。反逆者が処分されて終わる。それだけの事。それ以外で制約が破られることはない。

 自分のミスか?この野営地の監督は私が任されている。いや、他の野営地の監督者とも何度も確認した。ミスはないはずだ。

 混乱でのたうち回っている軍人達に指示を出す。他の野営地と連携をとるもの、偵察に行くもの、野営地を守備するもの、残された少人数で編成を組みなおす。

 冷静に思われるかもしれないが、心臓は早鐘を打ち、額には冷や汗とも脂汗とも分からない嫌な汗をかいている。必死に脳みそを働かせるが、なぜこのような状況になっているのかは想像ができなかった。

「大佐っ!!」

 アレッサの声に自分が思考におぼれていたことが分かる。すぐに意識を現実に戻した。

「視察に行ってまいります。私一人で十分です」

「ダメだ!アレッサ1人で視察なんて…」

 視察は私とアレッサの二人で行うつもりだった。ではこの現場の指示は誰がするんだという話になっていくが、視察を一人で行うのは無理がある。現状での一人行動は危険すぎる、そう判断しての編成だった。

「だとしたら、誰がこの野営地を指示するんですか」

「でも、一人で視察なんて危険すぎる」

「私は武器です、このために作られ……」

「違うっ!!」

 私の大声が周囲を一瞬静寂にする。

「君は…まだ、10歳の少女だ……」

 自分の半分程度の高さにある肩に手を置いた。彼女の背中には彼女と同じ大きさのアサルトライフル。あどけなさを隠す為のフード。手で握ってしまえば潰せてしまいそうな頭。

 10歳の少女が立つには不釣り合い過ぎる背景には火の手が上がり始めていた。

「まずい……」

「大佐、ご決断を」

 火の手が上がり始めたことによって残された軍人たちにまた混乱が見られる。統率しなければこのまま全滅が見えてくる。自分の手をグッと握った。呼吸が浅くなる。

「アレッサ」

「はい」

「……ここにいなければ北の第3陣営と合流し、そのまま北上する」

「了解しました」

「これは命令だ」

 私の声にアレッサが姿勢を正す。酷な命令かもしれない。それでも出さずにはいられなかった。

「帰ってこい」

「……了解しました」

 アレッサは一度私に頭を下げると地面を蹴って一瞬で消えた。


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