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 頭上を怒号が飛び交う。すぐ近くを掠める銃声。馬の嘶く声に蹄が地面を蹴る音。剣同士がぶつかり合って、キンッと甲高い音が空に吸い込まれる。甲冑のガチャガチャした音。敵陣から打たれる大砲の音。そのたびに「来るぞっ」と叫ぶ声と、ドォンという音と共に地響きが体に伝わる。

 私は人と馬と人と人の間を何度もすり抜け、敵に遭遇し次第持てる武器の限りを尽くしてその息の根を止めた。

 果たして今日が何日目だろうか。右手の鉤爪で倒したのは果たして何人目だろうか。左手に持った苦無で殺したのは何人だろうか。背中に背負ったアサルトライフルで何発心臓を射貫いただろうか。足についた鉄板で何人の人の頭を蹴り飛ばしただろうか。腰についた剣で虫の息を止めたのはさっきので何人目だっただろうか。

 そう思ってしまうほど、この戦争は長引いていた。もちろん、大国同士の総力をあげての戦いであり、相当な期間になることは皆理解していた。しかし、それにしても、あまりにも長すぎる。夜の見張りをやらなくてもいいとはいえ、部隊員の体力の消費は想定をはるかに超えていた。いよいよ食事も足りないとなってきた。シュバルに援軍要請をしたり、レガルドにも援軍要請をしているのだが、何日経っても辿りつかない。

 シュバルは国民の安全を確保することに忙しいのもあるが、もう増軍出来るほどの兵士が国に残っていない。総力をあげて、軍人のほとんどは今ここにいるのだ。

 レガルドはどうやらシュバルとの間にある峠を超えるのに苦戦しているようだった。元々レガルドは峠に守られている国。出てきて戦う事に特化していない。籠城して、のこのこやってきた敵を叩く方が得意なのだ。

 つまり援軍は見込めない。この事実が部隊員たちのメンタルを削っていた。

 しかし、ずっと引っ掛かる事がある。条件はイーストデンだって一緒のはずだ。むしろ、イーストデンはどこの国とも同盟を結んでいない。要は、即席とはいえレガルドと同盟を結んでいるシュバルの方が圧倒的に有利なはずだった。

 少なくともレガルドがシュバルの国に到着すれば、現在シュバルを守っている軍人が戦地に来ることだって可能なのだ。それに、到着出来ないから、といってレガルドが何もしていないのかと言われればそんなことはない。レガルドから少しずつ物資がシュバルに届けられており、それの影響で国民の貧困には悩まされていない。

 ではなぜ、レガルドの軍人がシュバルにたどり着かないのか。それは戦場にいる私には届かない情報だった。

 イーストデンの軍人は見るからに半分ほどになっていた。それはシュバルも一緒なのだが。それでも、イーストデンの軍人の方が覇気がある。

 なぜなのか。私はずっと嫌な予感がしていた。

 同じように疲れているはずなのに、まったくそれが見えない。私はイーストデンの軍人に明らかな恐怖を感じていた。

 なにかある。この人たちを倒しても、“なにか”が来る。そんな恐怖が心を支配していた。

「アレッサ」

「大佐」

 夕飯である半分のパンを小さくかじりながら“なにか”について考えを巡らせていると大佐が隣に腰かけてきた。私の隣に座ろうなんて思う人は大佐くらいしかいない。

「疲れてはいないか?そろそろ俺が見張りを変わろう」

「いえ!大佐の手を煩わせるわけには!」

「俺だってれっきとした軍人だ。一晩の見張りくらいどうってことない」

 でも、と言いながら手元のパンを見る。正直なところ、そろそろ体力の限界だった。いくら武器として扱われようとも、体は人間で体力の限界くらい来る。毒を盛られこそしたが、体の内部を変えるような事はしていない。例えば、運動能力が著しく向上する薬、とか。動体視力が良くなる薬、とか。体力が無限に湧く薬、とか。さすがにそこまでの事はされていない。

 いや、自分の感覚がおかしくなっているだけなのかもしれないが。

「アレッサ、頼むから休んでくれ。こんな所で倒れられては困るんだ」

 大佐は私の頭と頬をすりすりと撫で、目を細めた。

「それは命令ですか?」

 私が聞くと大佐は細めていた目を少し開いた。そして少し押し黙り、やがて口を開いた。

「いや、違う」

 腰かけていた切り株から立ち上がり数歩歩いた先で大佐は止まった。命令ではないのであれば私は休むわけにはいかない。例え体力の限界であろうとも、倒れる事は許されない。敗北する事は許されない。

「アレッサ、この戦争が終わったら遠くの国に逃げなさい。決して捕まらない、そのくらい遠くに。そして幸せになってくれ。俺は君を見た時からそればかりを願ってきた」

 そう、大佐が思ってくれている事は知っていた。節々から感じられた大佐からの愛は全部真っ直ぐに私へと届られている。それでも私は無視を続けた。私が受け取るには少々大きすぎる愛だ。

 私は残っていた一口のパンを口の中に放り込んだ。そしてパンを持っていた手を見つめた。そこにあったはずのものはもうなくなってしまった。

 私は幸せになれない。なる資格がない。なる自信がない。

 私の首には逃走を阻止するチョーカーが巻かれている。主人の元から離れる事は出来ない。

 それに私ははぐれ者。どこの国にいってもそれは分かってしまう。

 私は純粋なシュバルの人間ではない。緑の目に金髪。私のこの髪色と瞳の色は今の状況で一番良くない、シュバルとイーストデンの混血であることを示す。私のように他の国との混血をシュバルでは「はぐれ者」と呼ぶ。それは忌み嫌われる対象で、まともな生活は出来ない。実際に私はスラム街出身で、スラムの他の人たちもはぐれ者だった。

 食事も無く、強盗、暴行がはびこるスラム街で明日を生きるのに必死だった。そんな私を拾ってくれたのが、元帥だった。当時はなんていい人なんだ、そう思ったが今思えば、忌み嫌われる存在のはぐれ者をかき集めて武器を作るのが目的だった。

 そんなはぐれ者で武器として育てられた私が一般社会に今更溶け込めるのか。答えは明白に否だ。上手く行くわけがない。元帥にもそう言われ続けた。

「お前らの魂は穢れ切っている。そんな人間が1人で生きていく?笑止。無理に決まっているだろう。そんな夢を見るくらいなら、ライフルの精度を少しでもあげろ」

 そう、鼻で笑われた。それでも、一緒に訓練をした者たちと、いつか一緒にここでもスラムでもない場所で幸せに暮らそう、そう夢見ていた。

 私が完成した時にそれはもう叶わない夢だって事を嫌というほど痛感した。

 私は武器。国に、大佐に勝利をもたらす。たとえこの命が尽き果てようとも。

「アレッサ、世界は広い。世界は君が思ってるよりもずっと美しい。世界は君が想像するよりずっとずっと優しい。君は世界の嫌な所しか見ていない。いや、ずっとそういう世界が君の前に広がってた」

 大佐はもう一度私の前に戻り跪いた。

「私は君に生きてこの広くて美しくて優しい世界を、その美しい目に収めて欲しい。私からのお願いだ。君にはその資格があるし、それが出来る。君は君が思うより、ずっとずっと綺麗で優しい。それを分かってくれ」

 大佐の真っ直ぐな目が私の心臓を貫く感覚がする。

 上手く言葉を紡ぐことが出来ない。喉は人間のはずなのに、思い通りに動いてくれない。

「すまん、困らせたな」

 大佐の真っ直ぐな目が緩み、細くなる。そしていつものように大佐の手が頭の上に乗る。

「とはいえ、明日からもまだまだ大変だ。休めるときに休め」

 そういって大佐は私を無理矢理テントに押し込めた。私が簡易ベッドに横になったのを確認して大佐は出ていった。

「おやすみ。私の愛しい子」

 大佐はテントから出るときにそう言った。心がほわっと温かくなるのを感じた。

 もう無視はできない。私は大佐の愛情に応えたい。きっとこの戦争が終わったら、大佐と一緒に遠い国で幸せに暮らそう。


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