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「ゴールドブラッド大佐、良くやってくれた」
「元帥、身に余る光栄でございます」
1つの大きなテーブルを挟んで2人は対峙している。片方の元帥と呼ばれた人は椅子に座って、大佐は姿勢を一切崩さずキリっと立っている。2人の交わす言葉の声色はそこまで厳しいものではなかった。けど、どこにも笑顔は無い。重くてキリキリとした空気に包まれている。それを私は元帥の隣に置かれた鉄格子の中から見ていた。
大佐はそんな私が気になるみたいでちらちらとこちらを見ていた。
「そんなに気になるかね」
「あ、いえ」
そんな大佐に元帥も気が付いたのか、そんな言葉を掛けた。
「構わんよ。これは元々君に褒美として渡すつもりだった」
そういって元帥は鉄格子の扉を開けて、外に出るように促された。
「ようやく完成したんだよ」
元帥がニコニコしながら自身のひげを撫でながらさっきまで座っていた椅子に戻った。嬉しそうな元帥とは裏腹に大佐は、元帥の「完成」という言葉を聞いて驚き酷く怒りを表した。けど、相手は仮にも自身の所属する団の最高権力者。国の政治にも関わってくるような人。怒鳴りつけるような事はしない。
「まだ……まだあんなことを続けていたのですか」
怒鳴らないように静かに怒りを混ぜた声色で大佐は声を絞りだした。
「イーストデンに勝つためだ」
「だとしても」
「相手の方が大国、軍事力も優れている。人数も勝ち目がない。だったらどう勝てと?」
元帥の言うことはごもっともだった。だから、大佐は口を紡ぐことしかできずにいた。それを元帥は全部分かっていたのだ。
「その234号は君に託す、くれぐれもなくさないでくれよ。もっとも、なくなるとも思っていないが」
大佐が唇を噛みしめている表情を今でも忘れていない。
確かに私の境遇は他の人から同情されるようなものだし、怖がられるだろう。自分でも怖かったし痛かったし苦しかった。けど、もう全部諦めてしまった。というよりも、戦いさえ出来れば平穏が訪れた。だったら死ぬ気で戦えるようになって、死ぬ気で戦場での成績を残すしかない。それが私が平穏に暮らせる手段だった。
私は大佐の前にひざまずいて、冷たい右手を自身の胸の前に当てた。
「この命尽き果てるまでお仕えいたします」
この瞬間から私の主は、元帥から大佐になった。
顔を上げるとあの笑顔だった。悲しそうな顔。私はなにかを間違えてしまったのだろうか。
しかし大佐は私の腕を持って立たせて、そんなことしなくていいんだと言った。
「まぁ、234号を好きに扱うといい」
いつの間に立ったのか元帥は大佐の近くに立ち、チョーカーを渡した。今の私には付いていないチョーカー。これは、主が好きな時に爆発させることが出来るチョーカー。私の命は主の好きなように出来る。私はこの宿命から逃れられないのだ。
大佐はチョーカーを苦虫を潰したような顔をしながら見つめた。私が首を差し出すと更に顔をしかめた。いつまでもつけようとしてくれないので、断りを入れてから大佐の手を取ってチョーカーを自身の首元まで持って行った。
「どうぞ」
そこまでして、ようやく大佐は私にチョーカーをつけてくれた。その耳元で「ごめんね」と言われたのを私は聞き逃さなかった。だけど、あえて何も反応しなかった。これが私が平穏に生活できる唯一の手段だから。このチョーカーがなければ私はいつまでも鉄格子に入れられて、食事も満足に出来ない。
だったらいっそこれをつけている方が幸せなのだ。
「あったぞ」
手紙屋の青年が木の根元を掘り進めてすぐ、手のひらに収まるほどの小さな木箱が掘り起こされた。青年が箱を開けると、クリーム色の封筒が入っている。そこには「母さんへ」と書かれている。
「依頼人からはこの手紙を母親に届けて欲しいって依頼があったんだ。どうにも昔に家を飛び出したらしくてな。最後くらい素直に謝りたかったんだと」
彼は帽子のつばを更に深くした。
「これで俺の無実は証明されただろ。他にも回収しないといけない遺書がたくさんあるんだ。どっかの国とどっかの国が戦争を始めちまったからな。俺は忙しいんだよ」
「言葉を取り消せ、青年」
ハンドガンを強く握りしめた。トリガーは引かない。
「おいおい、血の気が多いな。別に嫌じゃないぜ。おかげで俺は儲かってんだから。逆に感謝してるぜ」
目深に帽子を被っているせいで青年の目は見えないが、口元は大きくゆがんでいる。戦争によって死ぬ人もいれば、戦争によって生かされている人だっている。その事実が私の指を止めるのには充分な理由だった。私も彼と同じように、戦争によって生かされている。
ってことで、あばよ!と青年は、そのまま私たちの視界から消えた。気配的にアデルの町に戻っていったのだろう。
「次は始末します」
ハンドガンとナイフを仕舞いながら言った。
「アレッサ、なんでトリガーを引かなかった?」
隣に立つ大佐から声を掛けられ、心臓が冷える。長年の付き合いから大佐は元帥みたいな人じゃない事は分かっている。そんな事で投げ飛ばしたり、チョーカーを締め上げたり、鉄格子に閉じ込めたり、いつもより毒の量を多くしたりとかするような人じゃない。
現に大佐は優しく笑っている。それでもどこかにある私の元帥への恐怖心は消えてくれない。
「申し訳ございません」
自分の心情を相手に悟らせるのは負けと同じ、そう教えられて叩きこまれた私は表情を変えずに謝罪をする。心臓は冷え切って仕舞ったように音を立てない。
「いや、違うんだ。普段のアレッサなら問答無用で殺すのに、殺さなかったのは何故だろうと思ってな。なにか心動かされる事でもあったのか?」
大佐の言葉に少し考えたが、特に思い当たる節はない。
「申し訳ありません。分かりません」
そういって私は自分の頭に被っていたフードを更に深く被りなおした。大佐はそんな私の頭をフードの上から撫でた。これも大佐はよくしてくれるが、なぜなのかは私には分からない。でも、悪い気はしない。
「さあ、明日からまた忙しくなる。そろそろ王都に戻ろう」
「はい」
シュバルがイーストデンに宣戦布告を正式にした。この2国の戦争が2週間後から始まる。この戦争のキーになるのは私であることは充分に理解していた。