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経緯はほとんど私と一緒だった。ある日誘拐された。まぁ、もうスラムでの人攫いなんて日常茶飯事過ぎて驚きもしない。ただ彼が私と違ったのは、無理矢理連れて来られたわけではなかったこと。
イーストデンの国王の使者を名乗る人間が突然彼の元を訪ねた。そしてこう言ったそうだ。
「イーストデンに来れば極上の家を与えることを約束しよう」
彼も最初は怪しんだそうだ。だけど、毎日のようにその使者はやってきてどんどん魅力的な条件を出してきたそうだ。
いま考えれば、そこら辺に居た子供達に同じことを吹き込んで居たのだろう。だけど、その時は自分だけがイーストデンに見初められたのだと、段々嬉しくなっていったそうだ。
そう思った彼は使者の言葉を呑み込んで、シュバルからイーストデンに移動した。
言葉では簡単に移動したと言えるが、そんな簡単なものじゃない。
簡単ではないからこそ、イーストデンは彼に移動してもらいたかった。
いざとなれば彼に責任を押し付けて、無関与を貫き通すつもりだったのだろう。
スラムの人間が国境を越えようとするのは珍しい話じゃない。暴行、殺人、強奪、強姦が当たり前の世界から逃げ出したいと思うのは、人間として当たり前の感情。
シュバルで生きていくことが厳しいのであれば、リスクを侵してでも隣国に行って人生を再スタートさせたい、そう願う人が多い。その再スタートを成功させたのは果たして何人いるのか、私の知ったことじゃない。
とはいえ、いがみ合ってる隣国との間でスラムの人間とは言え流動が激しいのは国が黙っていない。
だからスラムから一番近い国境の警備は厳しい。
一説には「チリも通すな」と言われてるらしい。
それくらい厳しい国境を、イーストデンの人間がシュバルの小汚い子供を連れて通るのは怪しんでくださいと言ってるようなもの。
しかし、シュバルの小汚い子供が「国境を通してください」と正面突破しても絶対に通してくれない。だからこそ、使者が提案したのは「密入国して来い」だった。
「自分の耳を疑ったさ。だって国の偉い人が密入国を推奨してくるんだぜ?あんなに越境厳しくしてんのに」
それでも彼は密入国を完遂した。
後ろから飛んでくる怒号から逃げ続けたのだ。大人数の大人の足音を何度もやり過ごした。
もちろんイーストデンは彼を最初は歓迎した。よくここまで辿り付いたと、豪華な食事を用意して。でもそれは最初だけだった。
気が付いたら目をくり抜かれ、義眼を嵌められ、戦争に借りだされていた。
「ようやくそこで騙されたんだって気が付いたんだ」
周囲を見回したらおれと同じような顔をした子供が大勢居た。逃げ出そうとした奴も居たけど、結局捕まって、地下に連れていかれた。地下にいったやつらが戻ってくることはなかったよ。
そうつぶやく彼の目に力はなかった。
「戦いに勝てば何かをされることはなかった。戦いに勝ち続ける事だけが、俺が生きられる方法」
その言葉と同時に今度は彼が地面を蹴った。いつの間に抜刀したのか、彼の手にはファルシオンが握られている。私も右足からショートソードを取り出して応戦しようとした。
その瞬間、首元に激痛が走る。首にビリビリとした感覚が回り、徐々にそれが全身に回っていく。神経毒。その言葉が脳裏をよぎる。いいタイミングかもしれない。
正直これくらいの神経毒なら問題はないが、もう私がここで頑張る必要はない。
私は生まれて初めて毒に体を委ねた。
だんだんと重くなる瞼を閉じ切ってしまう前に、私は大佐を視界にいれた。
あなたは私の世界でした。過ごした時間は短いかもしれない。それでも、あなたの存在だけが私の生きる価値でした。この数か月が、他人に誇れるものがない私の人生の中で、唯一の大切なものでした。
あなたが望んだこの戦争の勝利は、私がこの命をもって捧げます。
だから、どうか、安らかに。




