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「気を付けて行こうな」

「はい、大佐」

 空は曇天。周囲には元の形が分からないほど崩れた建物。戦場になってしまった痛々しい傷跡がこの町を包んでいる。

 数時間前までここで戦いが行なわれていたことを指し示すように建物からはまだ黒煙が細く曇天に吸い込まれて行く。そして視界の端に映るのは重なり合って倒れている人々。恐らくもうその心臓はとうの昔に止まったのであろう。

「むごいな…」

 人々が重なり合った山を大佐が眉間にしわを寄せながらつぶやくのを、私は右から左に聞き流した。

 ここは我らの国シュバルと隣国イーストデンの国境にある関所のような役割を果たしていた小さな町。何故ここが戦場になってしまったのか。

 それを知るためには時間を数日前に戻す必要がある。

 数日前、シュバルの騎士団に一件の通達が届いた。

「アデルの町を制圧せよ」

 それが通達内容。アデルの町は今いるこの場所。

 この場所は一応イーストデンの領土。そこで、何やらシュバルに対する不穏な動きがあるらしい、との事だった。

 元々シュバルとイーストデンは敵対しており、両国ともこの街を良く思っていなかった。しかし、それと同時に万が一の場合があれば最前線になる重要性も理解していた。だから、両国とも手を出さなかったのだ。尚且つ、この町の町長は敵対する両国に対して「中立」を保つと声明を出していた。そんな町でシュバルに対する不穏な動きというのはあまりにも良くない。

 だからこそ、そんなアデルを制圧せよとの通達。視察せよ、ではない。上はもうすでに誰が「不穏な動き」をしているのか、尻尾を掴んでいたのだろう。そして、その上でこの街を制圧することを踏み切った。

 騎士団がこの町を攻撃し始めると、すぐにイーストデンも応戦してきた。尋常じゃないスピードだった。まるで、ここが戦場になることを分かっていたかのようなスピードだった。

 そして、この町もイーストデンに味方するような動きをし始めた。それは黒である証拠。一般市民には手を出さない、これがこの街と両国の間で、もし万が一があった際に約束されていた。しかし、アデルの黒が確定した瞬間、もう一通の伝達が届いた。

「アデルの町を潰滅させよ」

 潰滅。元の形が分からないほど、叩き潰せ。私はそう教わった。私が今回の戦いに投入されたのはこの時からだった。

「今回の活躍も聞いたよ、アレッサ」

 大佐は今回の戦いに参加しなかった。いや、参加しなかったはウソだ。現場には居た。けど、戦ってはいない。そもそも一応名目上はただの町を制圧するだけなのだ。大佐という位の人間が出てくる必要はない。

 それでも大差が現場に来た理由は私にある。もし万が一、私が上手く機能出来なかったら、もしくは暴走してしまったらこの首を吹っ飛ばすため。

「大佐、私はアレッサではありません。234号です」

「でも、僕にとってはアレッサだ」

「そうですか」

 私は前方にアサルトライフルを構えた。大佐の顔が引き締まる。

 違和感を感じた部分とじりじりと距離を詰める。相手からの殺意は感じない。民間人が残っているのか?ゲリラ戦を仕掛けられる可能性も捨てきれない。

 崩壊した町は死角が不規則になりゲリラ戦を仕掛けやすい。ただ、ゲリラ戦が出来るほどの人数が残っているとは考えにくい。そんなヘマをするような騎士団ではない。

 微かに聞こえる呼吸音から相手は1人。呼吸も早い事から恐らく一般市民。武器の擦れる金属音も聞こえない。殺意のようなものは感じない。

 ただ、私のもらっている命令は「敵国の者を殲滅せよ」だ。一般人であっても「敵国の者」なら私の殲滅対象。

「見つけた」

 私達がいる大通りの左側、崩れた建物の物陰。そこにしゃがみこんで震えていたのは見る限り5歳くらいの少年だった。幼い子供であろうと関係ない。

「ヒッ…!!!」

 私がトリガーを引く瞬間

「待てッ!!!」

 その言葉に指がピタリと止まる。

 大佐は私と少年の間にしゃがみこんだ。

「大佐、退いてください。殲滅対象です」

「まぁ、待て。情報を聞くことも大事だ」

 物陰にしゃがみこんでガタガタと振るえる少年の肩に大佐が手を置く。少年は大佐の手を払いのけて走り出した。しかし少年は背中を向けたまま走り去る途中、振るえるせいか足がもつれて転んだ。

「お前らのせいだ!!お前らが攻撃なんてしてくるから!!!!」

 刹那、曇天に銃の乾いた音が響き渡る。

「アレッサ…待てと言っただろ」

「待ちました」

 私は構えていたアサルトライフルをようやく下ろした。しかし、すぐに今度は右側に向かって構えなおした。やれやれと首を竦めていた大佐だったがすぐにまた顔が引き締まる。

「待ってくれ!」

 私が構えた先の物陰から、今度は深く帽子を被った青年が現れた。私の指はトリガーにかかったままだった。

「俺はお前らの敵じゃない、見てくれ」

 そういって彼は自身の目の色が見えるほどの距離に両手を上げながら近づいてきた。彼は片目に眼帯していたが、もう片方の目の色はシュバルの人間であることを表す、緑の目をしていた。イーストデンの人間は赤い目を持つ。つまり青年は私の殲滅対象ではない。

 私はトリガーから指を外した。しかし、構えは崩さない。怪しい所は他にもたくさんある。

「何をしている」

「俺は手紙屋だ。この街に受け取り品があって来た」

「ここには3日前から立ち入り禁止だ」

「でも戦いは昨日で終わっただろ?」

「青年、悪いことは言わないから本当のことを話してくれ」

 戦いが終わったあとの場所には、金品を狙う賊が現れることが多々ある。そういった人たちが現れて荒らされてしまう前に、重要なものが残っていたり、残党が残っていないか確認をする。それが今している仕事。そして、その仕事は大体いつも大佐に回ってきた。

 この青年の事も大佐は賊だと踏んでいる。賊なのであれば速やかに捉えて牢に入れなくてはいけない。

「違う違う!俺は賊じゃない!!」

「じゃあ、何なんだ。何故こんなところに手紙屋いる」

「俺の手紙屋はちょっと特殊なんだよ」

「ほう、聞かせてもらおうか」

 青年は私の顔と大佐の顔を見比べて観念したように口を開いた。

「遺書を回収して、宛先に届けるんだ。いわば遺書専門の手紙屋だよ」

「聞いたことないな、ウソか?」

「ウソじゃない!本当だ!今から回収するから見てもらってて構わない!」

 彼の瞳は真っ直ぐに私を捉えて離さない。

「大佐」

「ふむ、そうだね見せてもらおう」

 大佐がそう言うと彼は「こっちだ」と歩き出した。私は変わらずにアサルトライフルを構えたままだったが、もうトリガーからは完全に指を離していた。

 彼は瓦礫の上をひょいひょいと進んでいく。随分と慣れた足つきだ。

 戦いの爪痕が残る場所は瓦礫や死体がかなり多い。それに加え、道のいたるところに穴が開いている。一般人が歩くのは難しい。それを彼は転ぶことなくすいすいと目的地に向かっている。

「青年、どこに向かって歩いているんだい?」

 彼はどんどん町を離れる方向に進んでいる。その先は木々の生い茂る森になる。私はアサルトライフルを背中に背負い、ハンドガンとナイフに持ち替えた。こっちの方が小回りがきく。

「そりゃ、戦場になることが分かっての遺書なんだから、戦火に巻き込まれない所さ」

「だったら何故町にいた」

 ナイフを手でクルクルと回しながら聞いた。半分はイライラしている。大佐はこんなことをしている場合じゃないのだ。

「地図を書いてもらうんだよ。依頼してきた人の家からの。今回依頼してきた人はさっきの場所から、北に250m、その後に東に150m、南に50m、そこにある大木の西北側に埋めたんだと」

「回りくどいな」

「しょうがないだろ、手紙なんだ。誰にも見られたくないもんだろ」

「しらん。手紙などもらったことない」

「は?家族とかは?」

 前を歩いていた彼が驚いたようにこちらを振り向く。そして、ハンドガンが向けられていることに驚いている。

「家族なんていない。私は戦いに生きて戦いに死ぬこと」

 幼い時の記憶なんて存在しない。ずっと様々な武器の扱い方、体術、戦いでの生き方、そして倒れなければ負けではないということ、そればかりを叩きこまれた。すべてはイーストデンとの戦いに勝つため。昨日の戦いは私にとって初陣だった。

「へぇ、やっぱ国の考えることなんて俺には分かんねぇや」

 それ以降彼は口を閉ざして、さっき言った道を黙々と歩み続ける。

「アレッサ、体は大丈夫か?」

「問題ありません」

 大佐が僅かな段差で手を差し出してくれるが、現状体に支障はない。断ったはずなのに大佐は手を差し出し続けた。不思議に思って大佐の顔を見ると、優しく微笑んだままだった。

「こういう時は素直に手を取るものだよ」

「それは、命令ですか?」

 そう聞くと大佐はちょっと困ったように笑って「ちょっと違うけど、そうかな」と言った。時折、大佐はこのように笑う。私がこの人の下に配属されてから何回この顔を見ただろうか。配属された日にもこの顔を見た記憶がある。


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