憧れの君
「あっ! すみません」
「いえ」
その子に会ったのは偶々だった。
通勤途中の交差点。
そこですれ違った女性に運命の出会いを感じた。
長い髪の女性。
赤いカバンを背にして悠々と歩いてた女性。
肩まで伸ばした髪。
すれ違いざまに鼻腔を擽る石鹸の香り。
大きく開かれた強い意志を感じさせる瞳。
新品の黒い眼鏡。
糊の効いた制服。
そんな彼女に僕は心を奪われた。
その時は唯すれ違っただけだった。
偶然。
次は少し意識して同じ時間に通勤した。
その時は会えなかった。
更に次は少し時間を変えてみた。
「どうも」
「あ……どうも」
会えた。
何とか。
そして僕は出来るだけ彼女に会える時間を増やした。
何かをするつもりはない。
唯一目合いたかっただけだった。
何日も僕は偶然を装い彼女の姿を目に収めた。
そんな有る日のことだ。
「うん?」
彼女の後を誰かが付けてる気がした。
最初は偶然だった。
彼女と挨拶をしてる視界の隅で違和感を感じた。
誰かが彼女を見つめている気がした。
気の所為だと思った。
そう気の所為。
「あれ?」
「……」
彼女を尾行する全身黒ずくめの男性。
サングラスとマスクまでしている。
如何にも怪しい。
僕は居ても立っても居られず男を尾行。
彼女が家に付くまで男の尾行は続いた。
一人家で過ごす彼女を双眼鏡で監視する男。
家の彼女がカーテンを閉めても見続ける男。
僕が近ずくと男は何処かに行った。
次の日も男が彼女を尾行していた。
嫌な感じがして男を尾行。
またも男は彼女の家の前でウロウロしていた。
家の彼女がカーテンを閉めると何処かに行った。
嫌な予感がした。
変装した僕は男を尾行し続けた。
三日程尾行して分かった事がある。
どうも男はストーカーみたいだ。
一日中彼女を付け回していたからだ。
深夜は彼女の家のゴミバケツを漁っている。
不味い。
僕が。
僕が彼女を守らないと。
警察に通報しようにもストーカーだと立証する方法が無い。
だがどうする?
襲って近づくなと警告するか?
駄目だ。
どうすれば良いんだ?
そうこう悩んでいるうちに日にちだけが過ぎていく。
そんな有る日のこと。
男はホームセンターでロープとバール。
それにガムテープを買いレンタカーを借りていた。
嫌な予感がした。
嫌な予感。
レンタカーを彼女の家の近くに置き周囲を見る男。
ガムテープとバールで音もなく窓を割る男。
僕は男を直ぐに取り押さえ通報した。
◇
男は無断侵入と器物破損罪で逮捕された。
僕も逮捕された。
「なんで僕も逮捕されてるのっ!」
「青少年保護条例だ」
取り調べで警察の人にツッコまれた。
「僕ストーカーを捕まえたんだよ刑事さん」
「被害者である小学生の女子からストーカー二人に押し入られようとしてると通報されたんだよ」
え~~。
「僕はストーカーを尾行してただけ何だが」
「二番目のストーカーより前から付き纏われてると聞いたんだが?」
「……」
ストーカーと言われても仕方ないと思う。
うん。
僕の行動は。
なお数日掛けて誤解を解いたのは言うまでもない。
会社は無断欠勤で首になったけど……。