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お化けの晩餐会シリーズ

お化けの晩餐会

作者: キャメルライト

 ヨーロッパの夜の森には、狼の鳴き声が響く。

 近隣に住む者達は、その声に少なからずの恐怖を感じた。そして、時に妄想を抱く者もいる。


 鳴いているのは、本当に狼か、と。


 中世の時代には、様々な怪物が登場した。その一つが、狼男である。


 時代背景を辿れば、もっとずっと古くから登場しているのだが、それは実際にいたからだ、と言う者もいる。

 あまり人の目につかない場所で、ひっそりと、人に化けて暮らしていたのだと――――


「うるさいですよ。どうして夜になると鳴くのですか。なぁぜぇ?」


 窓を開け、独特なイントネーションで疑問を投げてきたのは、絵画のお化け、アート。

 館の執事をしている。格好もそれ然としたものだ。


 狼男のグエンは言う。


「鳴かずにはいられないというか、癖みたいなものだからなぁ……」


「あなたの声に驚いて、またリモネお嬢様がお逃げになったらどうするのです!」


「それは、ねぇと思う」


「おや、これが気になるのですか?」


「言ってねぇ」


 アートは、スープを運んでいるようだ。真っ赤な色をした。畑でとれるトマトの色味ではないだろう。数が減っていない。


 近寄る虫を逆に食ってしまう顔のついたトマトではあるが、味は良い。一つもいで、口に運んだ。


「リモネお嬢様のものですよ」


「味を確かめておくのも、庭師の仕事だろう」


 小さく溜息を落とし、アートはそれ以上小言を言うこともなく、足早に去っていく。

 早いとこ持って行きたかったのだろう。この館の主は、ずっと食事を取っていない。


 お化けになろうと、それは必要だ。なるべくグロテスクなものが良い。生に関わるものが良い。

 

 お化けは、生気を吸い取って生きる。それがふんだんに含まれた新鮮で、生き顔がこびりついたようなものほど体に良いとされている。


 しかし、それを食べられるかは、また別問題。

 人として暮らし、お化けになってまだ日の浅い少女にとっては、キツイものがあった。


「搾りたての最高のものにございます」


 食堂まで運び、配膳を済ませたアートが、歯を見せてニカっと笑う。

 リモネの顔は、引きつっていた。


「し、搾りたて……?」

「鎌で斬り落とした首からドクドクと滴る――」

「ああ! もういい! 口に出さなくていいからっ!」


 大声で彼の言葉を遮って、前にあるスープに目を落として、リモネはまず深い溜息を口にする。

 

 どうして普通の食事を持ってきては、くれないのか。わかっている。

 それをいくら食べたって、満足感は得られない。


 しかし、こんなものを口にできようか。する勇気がない。見た目で無理だ。


 せめて何かに混ぜ込んでくれたら、それはそれで嫌な気もするが、食べたあとに気付いたのなら、いや、一切気が付かないように食べさせてくれたなら、心だけは綺麗なまま、人間のままでいられる。


「参考までに聞かせて。このあとの献立は?」


 どうせ、とは思っちゃいるが、お腹は空いているのだ。「はい!」と、喜んだ顔で手を打って、アートは言った。


「冥界のゾンビフィッシュの目玉を大胆に使ったポワレ、そのあとは血色豊かな青い血のシャーベットを挟み、肉料理は当然、町の人間の――」


 淡い期待は、粉々に打ち砕かれる。なんと恐ろしい料理の数々か。呪いの言葉のように聞こえた。

 

 リモネは咄嗟に耳を塞ぎ、最後は聞こえないようにした。聞いてはならない気がした。考えてもいけないような気がする。


 頭を振り、涙目で訴えかける。


「ねぇ、もう少しまともなものは……もっと食欲のそそられそうな料理はないのかしら」


「こんな品では、お気に召さないと。しかしこれ以上の贅沢品となると――」


 アートの思考はずれている。恐らく今考えているのも、もっと血に飢えたようなおどろおどろしい料理を欲していると思っている。


 グエンでなければ、やはりこの気持ちはわからないか。彼だけが、この館でただ一人まだ人間の血を通わせる。


 満月の夜になると、狼の血に染まり怪物となってしまうが、今日は違う。

 アートが耽っている隙に、そっと席を離れ、リモネは駆け出した。


「ああっ! リモネお嬢様っ! 何処(いずこ)へ――――」


 ここではない何処(どこ)かよ!と、思わず心の中で叫びつつ、食堂を出て、月明りの落ちる廊下を抜けていく。そして、玄関の扉を開け外へ。


 庭で菜園弄りをしていたグエンの所に行って、傍で座り込んだ。


「地べたに座るなんて、はしたないですよ」

「だって、食べたくないもん」

「いけませんよ、好き嫌いは。大きくなれません」

「なら一生子供でいい。小さなままで構いません!」


 ツンとそっぽを向いてそう言い放つと、グエンは頭を掻いていた。そして、こう言った。


「なら、気分転換にでも行きやせんか」

「いつもの所?」

「ええ。町を見下ろせる大岩の所です」


 そこから望む景色は、美しい。眼下に咲く町の灯、黒キャンバスの空に映し出される満天の星。

 見ていると、悩みを一時忘れさせてくれる。いや、小さなものだと思わせてくれる。


 二人がゆっくりとそこに向かい始めた頃、こっそりグエンから出されたサインを受け取ったアートが、館を駆けていた。向かっているのは、厨房。


 そこを仕切る魚の怪物、ウォッシェンの前に躍り出るように顔を見せると、捲し立てた。


「リモネお嬢様が、またおぉ~いっに悩み事を抱えておられるようで、原因はまぁったく見当もつかないというか、わかりかねますが、あなたのお力をお借りしたぁ~い」


 ウォッシェンは、訛った声で言う。


「おもにお前のせいだど思うなぁ」


「私――が? なぁぜぇ」


「もっとわがんねぇようにすべぎだど、おら前から言ってるだ」


「何の話をしているのです……」


 駄目だこいつ、と思いはしても、どうそれを理解できるように説明してやったらいいかは分からず、ウォッシェンはただ瞑目し、思う。


 どしてそこまで、人の心がわがんねぇんだと。すぐにまた、自分本位な話の進め方をしてくる。


「リモネお嬢様が言っていたのですが、今のお食事に満足しておられないようなのです。無論、あなたの腕が悪いと思っているわけではあぁりません! 食材の問題なのです。もっと潤い、生きとし生ける者共の生への渇望を宿したような、魂の食材がっ、私は必要なので――」


 熱弁に水を差すように、その時、ふぁ~あと大きなあくびがした。かましたのは、厨房の入り口に立っていた頭に竜頭(リューズ)という懐中時計の部品をつけた女の子。


 名も風貌そのまま、リューズと言う。


「どたどた走り回ってうるさいわね。起きちゃったじゃない」

「もう夜半ですよ。いつまで寝ているのです。あなたも力をお貸しなさい」

「リモネの食事よね?」

「リューズ! 何度言ったら分かるのです! リモネお嬢様のことは、敬う気持ちを持って、敬称をつけてお呼びしなさいとあれほど」

「この身に魂を吹き込んでくれたのは、あの子の父親。言いたいことわかる?」


 ウォッシェンが、「このっ」と掴みかかろうとしたアートを、後ろから羽交い絞めにする。

 この二人は、よくこうやって衝突をする。


 原因は、成り立ちが関係している。お化けという存在は、人の想いから生まれ、その身を構成される。


 グエンは人々の恐怖をその身に宿してしまい、

 アートは絵画にされるような美しい執事が居てくれたらな、という想いから、


 ウォッシェンは、森の泉に住むという怪物を想像した、子供達の発想から、

 そしてリューズは、ひとしおの愛。


 大事に大事にされて生まれてきた。リモネの父は実の父に等しく、その子供のリモネに向ける感情は、姉妹に向けるそれと同じ。だからリモネの想いから生まれたアートとは違う。


 敬う気持ちなど、微塵もなかった。仲は良いのだが。


「まぁまぁ、落ち着くだ。それよりリモネお嬢様が、また食事を取らながっだみてぇでなぁ」


「あの子の心は、まだ人間だもの。――そうね、プリンなんてどうかしら?」


 それは、リモネの好物。


「プッ、ディ~~ング? プディングですか……、となると、材料は卵。不死鳥のものともなれば――」


 それだ!、と拘束を振り解き、厨房を飛び出たアートは、館に飾られた絵画の一つに飛び込む。


 冥界を描いたおどろおどろしい作品で、苦痛の声や、悲鳴こだまする屍の道を歩いていけば、不死鳥が巣を作る曲がった木があり、飛びつく。


 大きな親に骨のくちばしでつつかれ、鋭い爪で身を引き裂かれようと、構わず進み、卵を手にする。


「不死鳥よ。一つ頂いてゆくぞ。悪く思うな、トゥッ――」


 と、木から飛び降りて、来た道を走って引き返す。


 吸い取った生気を宿したものを食べようと、効果は同じ。

 たっぷり蓄え込んだ栄養満点の卵を手にすることができた。


 ウォッシェンに手渡し、早速調理に取り掛かって貰う。


 完成した頃合いで、リモネとグエンが戻ってきて、エスコートを引き継ぐ。

 そのまま、食堂までリモネを案内した。


「今までにない精のつくデザートをご用意いたしました。さあ、蓋を開けてみてください! リモネお嬢さまぁ!」


「やだ」


「なぁぜぇ?」


 ふぐっ、とその時、アートの口から息が詰まったような声がもれた。

 腹に調理包丁が突き立っており、何故と思う。


 何故に腹に包丁が……?


 目を落とし、しばし考え込む彼の隣にしれっと立っていたリューズが、会話を引き継ぐ。


「あなたの好物のプリンよ」


「ほんと~?」


「ほら」


 と、皿に被さったクロッシュを持ち上げれば、お目見えする。

 菜園のお化け野菜や果物も、カットしてしまえばそれとわからず、生クリームと一緒に添えられ、メインのカラメルプリンを引き立てる。


 材料は、無論口にせず、というか、アートに口にさせず、リモネにスプーンを握って貰う。


「どうぞ召し上がれ」


「……妙なもの入れてない? 血とか、生皮とか」


「入れてない、入れてない。大丈夫よ」


 大丈夫ではなかった、と思ったのは、その直後だ。不死鳥という存在を甘く見ていた。

 プリンになろうと、生まれてきた。カラメル部分から顔を出し、ピィと鳴く。


「いっ――いやあああああああああ!!」


 ほとばしる絶叫をこだまさせながら、椅子から転げ落ちたリモネは、脇目も振らずにそのまま食堂から出ていく。


「ああ、何処へ――また何処へ、リモネお嬢様ぁああ!」


 伸ばした手を掴み、下ろしつつリューズは頭を振って見せる。反省会の始まりだ。

 余った料理やつまみを並べ、酒を注いで卓を囲む。

 早々に自棄酒でも煽るように、アートが血のワインを喉に通していた。


「ふぅー、今度は何が、いけなかったのでしょうか?」

「わからないのは、あなただけだと思うけど」

「んだ」

「二人には、理由がわかると? ぜひ教えて頂きたい」

「グエン、あなたは半分人間なんだから、あなたが人の気持ちを教えてあげなさい」


 腕の飾られた肉のローストに齧り付いていたグエンは、こうこぼす。


「こんなもの食いながら、人の気持ちも何もなぁ……慣れだからな」


 他のお化け達も食事の匂いにつられてやって来る。大勢のお化け達が一つ所にひしめき合い、食事をする風景を、たまたまこの館の傍まで迷い込み、目撃した人々は、口々にこう証言した。


         お化けの晩餐会を見た、と。


ここまでお読み頂き、ありがとうございます。他にも短編や長編を上げておりますので、良ければ一読してみてください。

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