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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

探し物は危険なモノです。

作者: ハマ

 佐嘉須美嘉(さがすみか)はニートだ。


 高校を卒業して二年、今年二十歳になるが働かずに実家に寄生していた。

 一応大学に半年間通っていたが、ある事が原因で周囲の環境に馴染むことが出来ずに退学してしまった。

 親からはいろいろと言われたが、最後は諦めて受け入れてくれた。


 美嘉の1日は昼から始まる。

 昼に起きて昼食を食べると、外に散歩に出る。

 17時ごろに帰宅すると、シャワーを浴びて晩御飯までスマホをいじるか、オンラインゲームをしている。

 晩御飯を食べると、部屋に篭って朝まで何かをやっている。


 その何かは彼女の親も知らない。もう二十歳なのだ。世の善悪の判断くらい出来るだろうと放置している。


 大学を辞めてからは、こんな毎日を過ごしていた。

 兄や妹から小言を言われるが気にしていない。


 気にしていたらニートなんてやってられない。


 そんな立派なニートの美嘉だが、それは表の顔であり、実は別の一面を持っていた。


 超能力者組織ENAに属する構成員、これが美嘉の裏の顔である。


 美嘉が超能力に目覚めたのは大学に通い出した頃だ。

 ある日とつぜん能力が開花し、見えないはずの壁を挟んだ向こう側が認識出来るようになったのだ。


 それはもう混乱した。

 日常生活にも影響が出た。


 能力の制御が出来ずに、通学途中や大学の講義中に突然発動してしまい、見たくもない物を強制的に見てしまう。驚いて悲鳴を上げたり、気分が悪くなり倒れたりして周囲に迷惑を掛けてしまった。


 おかげで周囲から迷惑な不思議ちゃん扱いをされて、大学に馴染めなくなっていった。

 

 そんな時だ、超能力者の組織ENAに誘われたのは。


 最初は怪しくて断っていたが、誘ってくれた人も超能力者だと明かされて、試しに入ってみる事にした。


 そこでは、超能力者同士が邂逅する場が設けられており、互いの能力や悩みを打ち明けたりと交流する機会を与えてくれていた。


 また超能力者である上で、注意しなければいけない点なども教えてくれる。


 正直、大学よりもENAにいた方が心地良く、多くの知識を得られる事に気付いてからは、段々と大学に行かなくなっていった。


 大学を辞めてからはENAの構成員として働くようになり、要請があれば直ぐに動けるように準備していた。


「今回は中学生?風間さんが負けたの?かなり強力な能力者みたいね」


 送られて来た資料を見て感想を述べる。

 風間はチンピラで性格も悪く嫌いなタイプだが、超能力者としては高い能力を持っていた。

 資料によれば、中学生三人を相手に善戦したようだが、惜しいところで負けてしまい、警察に捕まったようだ。


 小鳩千由里 女 15歳

 ヒーリング能力者。高い回復能力を有しており、軽い怪我なら一瞬で治療することが可能。

 昨年、病院で起こった《秋の奇跡》は彼女の仕業ではないかと言われている。


 大空夏美  女 14歳

 空中浮遊の能力者。空を自在に飛行する事ができ、飛ぶ速度に伴って肉体も強化される。調子が良ければ音速に匹敵する速度が出せるようだ。

 昨年の夏に、空を飛ぶ人を見たと報告が上がっていたが彼女かもしれない。


 火野勇輝  男 15歳

 パイロキネシスの能力者。炎を自在に操り1000度を越す高火力を出すことが出来る。

 能力発現の影響で家を焼失しており、家族も軽微だが火傷してしまった。現在は家族と離れて暮らしており、叔母の家にお世話になっている。


 スカーフェイス  男 不明

 一月前から突如として現れた仮面の男。年齢不明、複数の能力を有しているのは分かっているが、正確な情報は無い。



 今回の指令は、この能力者達の調査だ。

 県を二つ跨がなければならず、実家大好きな美嘉としては遠慮したいものだった。

 それでも自分に生きる道を示してくれたENAに貢献したいという気持ちは本物で、気合いを入れて遠征の準備に取り掛かった。


 それに、今回はひとりではなく同行者がいるのも心強い。







 花火大会という夏の一大イベントが終わった。


 別に花火大会が終わったからといって夏が終わる訳はなく、まだまだ暑い日が続く。


 まあ本来なら、フェノメナキネシスで周囲の温度を操作出来る俺に暑さは関係ない話だが、日中はあまりフェノメナキネシスを使わないようにしている。


 何故使わないのかだって?


 健康のために決まっているだろう。


 嘘です。


 花火大会でいざこざがあって使わないようになりました。


 あの日、風間をしばき倒して花火大会の会場に戻ったら、一緒に来ていた友人達がいつまでも戻って来ない俺を心配して探してくれていたのだ。


 皆んな汗だくで探してくれている中、ひょっこりと姿を現したら物凄く怒られた。


 どこに行ってたんだと、何してたんだと、心配したんだぞと叱られた。


 正直、申し訳なかった。


 でも、どこで何をしていたかなんて正直に言えるはずもなく、コンビニでパンツ買っていたと言って誤魔化した。

 それを聞いた友人は、それ以上何も言わずに肩をポンと叩いて暖かい目を向けてくれる。


 俺は何か間違えたような気がした。


 その時である「英雄の周りって何だか涼しくね?」と言い出したのは。

 俺は焦った。このクソ暑い中で、常に超能力を使い自分だけが快適に過ごしていたと知られたら、何を言われて非難されるか分かったもんじゃない。


 咄嗟に能力を解除して何の事かな〜と誤魔化したが、その後が大変だった。


 この夏の期間、いや能力が使えるようになってからずっと使っていたフェノメナキネシスを切ると、夏の気温が牙を向いて襲い掛かってきたのだ。


 ガンガン削られていく俺の体力は、帰りの電車内で限界を迎えて倒れてしまった。


 こりゃあかん。超能力は便利だが人として終わると思った。


 だから体を慣らす為、健康のために超能力を使っていない。

 それと、実はもうひとつ理由がある。


 風間が所属している組織に探索、探知系能力者がいたのだ。


 サイコメトリーで覗き見た情報なので間違いはなく、正体を隠したい俺としては最も警戒すべき存在だ。


 その探知系能力者の対策として始めたのが、ジャミングの常時使用だった。


 これまでは、100か0のON/OFFでしか使えなかったが、出力を調整することで、俺という存在を認識しながらも、超能力を使っているという認識を誤魔化せるようになったのだ。と思う。


 こればかりは、その構成員の能力次第になるので何とも言えない。

 それでも何もしないよりはマシだろう。


「ねえ、何でお兄ちゃんがプールについて来てるの?」


「仕方ないだろうが、母さんが来れなくなったんだ。俺しか行けるのがいないんだよ、文句言うな」


 俺は今、妹とその友達を連れて商業施設のプールに来ている。

 流れるプールにウォータースライダー、屋内には温泉プールやボーリング場、カラオケなんかも完備されている。


 ここは小学生以下のお客には、15歳以上の付き添いを必要としている。本当なら母さんか妹の友達の保護者が来る予定だったが、急な用事や急に美容院招待券が当たったりしたので、そちらの方に忙しく来れなくなってしまった。


 そこで白羽の矢が立ったのが、ゲームして暇そうにしていた俺だった。


 いやいや待て、俺にだってレイドバトルな用事があるんだ。そう訴えても聞く耳を持ってくれずに、クレジットカードを渡されて追い出された。


 無駄遣いしてやろうかこの野郎!?


 こうして、愚痴をこぼしながらも妹達の保護者(15歳が保護者で良いのか分からんが)として着いて来たのだ。


 はしゃぐレディ達(小学生)に注意を払いながら周囲を見渡すと、そこには平日だというのに多くの人で溢れかえっていた。

 家族連れはもちろん、カップルや友達同士など多くの人が流れるプールの波に乗って遊んでいる。


 その中に気になる一団がいた。

 男1人に対して女4人という何ともアンバランスな組み合わせだ。周囲からも注目されており、一部の男性からは嫉妬と羨望の眼差しを送られている。

 そして彼らは、俺の知る人物だった。


 火野勇輝、大空夏美、小鳩千由里。

 この三名は先日の花火大会で、俺と同じ超能力者だと判明した人物だ。


 伊集院美玲、四ツ谷梓

 残りの二名は学校の同級生で、学内でも有名なふたりだ。


 伊集院美玲は学年で一番の美少女と評判で、頭も良く、スポーツもでき、性格も良いと非の打ち所がない人物だ。


 四ツ谷梓は社長令嬢だ。四ツ谷製薬という、日本の製薬会社において4位のシェアを誇る会社の社長が彼女の父である。

 彼女自身も伊集院さんとは別系統の美少女で、好みによっては彼女の方が美しいと思うだろう。


 この五人が、今このプールで注目を集めていた。



「お兄ちゃんお腹すいた」


「おっもうそんな時間か?お友達はどうだ?」


「フードコートあっちにあったよ、早く行こうよハゲたお兄ちゃん!」


「お腹ぺこぺこだよー。ハゲたお兄さん何かおごって?」


「お兄さんの頭見てたらタコ焼きが食べたくなってきた」


「ハゲ兄さん早く財布出して」


「お前ら可愛げがねーな」


 最近の小学生の言葉にはナイフでも仕込まれているのか、俺の心を切り刻んでいく。


 とぼとぼとフードコートに向かいカウンターの列に並んでいると、隣の列には火野とハーレム軍団が並んでいた。

 向こうは学校のアイドル、こっちは可愛げの無いクソガキ、何でこんなにも差が出るんだ。


「あれ?(あかつき)君じゃない、久しぶりね」


 暁、俺の苗字を呼ばれて苦虫を潰す。


 気付かれないように、帽子を目深に被っていたが無駄だった。

 てか何で声掛けて来るんだよ、小鳩さんよぉ。


 ん?何で帽子を被るのかって?

 ええやん。直射日光めっちゃ熱いねん。


「ああ久しぶり、奇遇だねこんな所で会うなんて」


 仕方なく当たり障りないように返事をすると、俺の後ろから声が上がった。


「ユウ兄さん!?何でここにいるの!?」


 声の主は妹の友達の女の子だ。

 知り合いなのだろうか、その子は火野を見て驚いていた。


 兄さんと言っていたが血の繋がった兄妹ではないだろう、何故なら火野は超能力の代償に家族を失っている。

 きっとこの子は親戚の子に違いない。


「ユキノちゃん。今日は友達と遊ぶって言ってたけど、目的地は一緒だったんだね」


 偶然だねーと言って爽やかな笑顔を振りまく。

 その火野の笑顔にやられたのか、俺が保護しているレディのみならず、周囲の女性が顔を赤らめた。


 まぶしい!


 火野のイケメンっぷりに俺は恐れ慄いた。

 転校してきた時は、根暗で愛想の無い嫌な奴だと思っていたが、今では別人のように光輝いている。


 試しに俺もニカッと笑ってみると、妹からやめてと言われた。


 何故かこの流れで、みんなで食事をして午後も一緒に遊ぶことになった。


 そこでいろいろと火野の話が聞けた。


 今は父の妹である叔母さんの家に厄介になっており、妹の友達は、火野の叔母さんの娘で従姉妹に当たるそうだ。

 今日ここに来たのは、大空さんが商店街の福引で当てたからだそうで、本当なら2人きりで来るところを何を勘違いしたのか、勝手に小鳩さんを誘ったようだ。


 火野は特に悪びれる様子もなく楽しそうに言う。本当に善意で誘ったのだろう。


 そのせいで、大空さんに元気が無いがな。


 伊集院さんと四ツ谷さんは現地でバッタリ出くわしただけで、ナンパ避けも兼ねて一緒に行動しているそうだ。


「ねえ、お兄ちゃん」


「なんだ?」


「お兄ちゃんがこの中にいると、違和感がすごいよ」


「やかましいわ!」


 そんなこと分かっとるわい!


 平凡顔の俺が、学年を代表する美男美女と並べば残念な結果になる。だから関わりたくなかったんじゃい!


 そんな愚痴を誰が聞くわけもなく、俺の同級生達が妹含む小学生達とプールで仲良く遊んでおり、大空さんも少しは元気を取り戻したようで、一緒なって浮き輪に掴まってはしゃいでいる。


 そして俺はひとりで荷物番を任されていた。


「……でしょうね」


 炎天下の中で温くなったスポーツドリンクを飲む。

 元々、保護者枠として同行していたのだから文句はないが、目の前で楽しく過ごしているハーレム野郎を見ると殺意が湧いて来る。


 この殺意をどうしてくれようか!?


 俺は腹いせに、人混みに紛れて痴漢しようとする変態野郎をプールの中に引き摺り込む。

 無防備に置いている荷物から、財布を取ろうとする馬鹿野郎の足を滑らせて転倒させる。

 溺れている子供をプールサイドに引き上げる。

 転んで足を怪我した子を遠隔でヒーリングする。

 プールサイドで体操しているおっさんを……は問題無いな。


 八つ当たり出来そうな奴らを片っ端から探し出して、超能力で痛めつけていく。

 ストレス発散が出来て、少しは落ち着きを取り戻すことができた。だが、そこに思いもよらぬ人物から声が掛かった。


「何してるの?」


 四ツ谷さんだ。


「何って荷物番だけど」


「…そう」


 そう言って隣に腰を下ろした。

 そう、俺の隣に黒髪ポニーテールの美少女が座ったのだ。

 座ったのだ美少女が!


 俺は内心ガッツポーズをする……事はなく、何でここにいるんだという疑問が浮かんで来た。


 あなたはあっちでしょ?パリピな奴らの所に行きなよ。


「四ツ谷さんは混ざらないの?」


 火野達を指差して尋ねる。


「私、ああいうの苦手だから」


 じゃあ何で来たんだ。これは聞いてはいけないだろうなと思い、そっと胸の中に仕舞う。


「じゃあ何で来たんだ?」


 仕舞った言葉は、胸をこじ開けてポロっと出てしまった。仕方ない、聞きたかったんだ。反省してないし後悔もない。


 俺の返答を聞いて、何がおかしいのか四ツ谷さんはクスクスと笑い出した。


「ふふっ暁君は変わってるね、こういう時は相槌打つかそっとしておくもんだよ」


「そうしたかったけど、好奇心には逆らえない」


 仕方ない、人類の進化は好奇心から始まったのだ。俺も今まさに進化しているのかもしれない。

 四ツ谷さんも、じゃあしょうがないねと相槌を打って同意してくれる。


「私は美玲の付き添いなんだ。あの子、火野君のこと狙ってるからさ、今日来たのも火野君がプール行くって聞いたからなんだよ」


「ふーん」


「興味無さそうだね」


「人の色恋沙汰に関わると碌なことにならないらしいからね、興味を持つだけ無駄だよ」


「あはは、暁君は灰色の青春を送りそう」


「そんなことないよ。他人の好き嫌いに興味が無いだけで、自分の感情には正直だからさ、好きな人が出来たら直ぐに告白して付き合うよ」


「…フラれること考えてないの?え、何で驚いた顔してんのよ、普通に振られることだってあるでしょ?」


 まさかの指摘に俺は驚く。

 フラれる?俺が?まさか俺がフラれるのか!?


 待て待て落ち着け、まだそうとは決まっていない。あくまで彼女の意見だ。好きになった人が、俺を拒否すると決まった訳ではない。


「因みに四ツ谷さんから見て、俺はあり?なし?」


 俺の質問に四ツ谷さんは満面の笑みを浮かべて


「無理」


 それはもう、気持ちいい程の拒絶だった。







 火野勇輝、小鳩千由里、大空夏美の三名の調査を開始してから5日が過ぎた。


 彼らはどこにでもいるような、ごくごく普通の学生として暮らしている。

 夏休み期間中という事もあり、彼らは毎日のように会っている。遊んでいる日もあれば、独自に超能力の訓練をやっている日もある。


 色恋についての報告をする必要はないが、大空は火野を気にしており、火野は小鳩を意識しているように見える。対する小鳩は、また別に思っている人がいるようで、火野を良い友達としか思っていないようだ。


 そんな三人の甘酸っぱい青春を見ていると、こっちも胸がキュンキュンしてくる。

 何やってんの!はやく告んなさい!

 あら、綺麗なおじゃま虫登場!?楽しくなってきたわ〜!?


「佐嘉須さん、関係ないこと書かないようにして下さい」


 今回の同行者である一刀剣夜(いっとうけんや)に指摘されてハッとなる。


 いかんいかん、完全に趣味に走ってしまうところだった。


 気を取り直して報告書の続きを仕上げていく。

 ノートパソコンに向かう姿は、一見仕事の出来るキャリアウーマンだが、その実態はニートという非常に残念な佐嘉須である。


 一応、組織から少なくない給金が出るので、ニートと呼ぶのに些か疑問に思うが。


「剣夜君から見て、彼らの能力値はどれくらいだと思う?」


「そうですね、男の子がC 、背の高い女の子がC− 、小さい女の子がC+と言った所ですかね。ただ、小さい女の子は希少なヒーリング能力者ですから、何としても仲間に欲しいですね」


「小さいって、剣夜君と一つしか違わないでしょうに」


「学生の一つは大きいんですよ。

 でも、これではっきりしました。B−の風間さんをやった存在が他にいますね。その候補のスカーフェイスですが、見つかりました?」


「う〜ん、ダメ、ぜんぜん見つからないわね」


「もしかして、この街離れたとかないですかね?」


「それはないわ。一昨日の事故のニュース見たでしょ、大型トラックが軽自動車にノーブレーキでぶつかったのに死傷者ゼロ。その事故車を避けようとした車が、人通りの多い歩道に突っ込んだのに怪我人も出なかったのよ。これを奇跡の一言で片付けるにはでき過ぎてる。まだこの街にいるのは確実よ」


 ネットの動画サイトに上がっている一昨日のニュースを開く。そこには3台の車両が事故を起こしており、トラックが軽自動車をペシャンコに潰して、もう一台が歩道に乗り上げて電柱に接触して止まっている。

 これだけの事故にも関わらず死傷者ゼロ、被害があるとすれば、この影響で2kmの渋滞が発生しているくらいだ。


 ここ最近、この手のニュースは頻繁に流されている。


 事件や事故が無いわけではない、あっても死者どころか負傷する者も殆ど出てないのだ。


 何かあるのは間違いない、でもその正体が掴めていない。


「どちらにしても、僕たちには時間がないです。何かアクションを起こさないと、これ以上の成果は上げられないと思います」


「アクションってどうするの?」


「彼らを襲います」


「待って!それは駄目よ。私達は調査をしに来たのであって、犯罪を起こしに来たんじゃないわ」


「ではどうしろと?このままじゃ時間を無駄に浪費するだけですよ」


「……今日の調査で、1人気になる人物がいたわ」


「本当ですか!?何で言わないんですか!」


「確証がないのよ。少し変わってるけど、力も感じない。彼の事を調べても妄想癖があるくらいで、何処にでもいる一般人だったわ」


「じゃあ何故、怪しいと思ったんですか?」


「これも多分としか言えないけど、彼が動く度に、その先で不可解な現象が起こっていたの。人がプールに落ちたり、溺れている子供が助かったりね」


「もう確定じゃないですか!?」


「違うのよ、さっきも言ったけど力を感じなかったの。私の能力は知ってるでしょ?それでも感知する事が出来なかったのよ」


「…そうですか。それでその人物というのは」


 佐嘉須が一枚の写真を取り出し、一刀に渡す。


「っ!?この人ですか」


 そこには、プールサイドで体操しているオッサンが写っていた。







 真夏の夜空の下、煌びやかに輝くネオンの街は眠る事を知らずに沢山の人が活気に満ちている。


 そんな街にあるビルの屋上、パラペットの上に立ち、今日も今日とて街を見守っている。


「ふっスカーフェイス参上」


 誰も見てないのを良いことに、体をツイストさせ左手を空に伸ばし、右手の指先で仮面に触れた自称カッコいいポーズを決めていた。


 うん。今度からこのポーズで登場しよう。


 確かな手応えを感じて俺は満足する。

 例え見る人を不安にさせるポーズだとしても、自分が満足していればそれで良いのだ。どうせ、ジャミングで認識出来ないんだし問題無いさ。


 そして俺はビルから飛び降り、サイコキネシスで体を浮かべてパトロールに向かう。


 最近の街は、スカーフェイスとして活動を始めた頃に比べて、治安が良くなったように思う。

 窃盗や暴力事件は減少しており、事故や火災の被害は最小限で抑えられてる。これは俺が平和のために、日夜頑張っているからに違いない。


 感謝しろよお前ら!!


 まあ治安が良くなったとはいえ、完全にトラブルが無くなった訳でもなく、今も不良が集まり何か良からぬことを企んでいる。


 俺が今いるのは、あるクラブの地下一階。

 ここは一階に小さいフロアとバーがあるが、初見では入店を躊躇うような作りをしている。そんなクラブの地下一階には、許可された者しか立ち入れない一室があった。


 そこに4人の半グレらしき輩が集まり、今後の活動を計画していた。


「今回のターゲットはこいつだ」


 そう言って出された一枚の写真。

 そこに写っていたのは四ツ谷梓だった。


「四ツ谷製薬の社長の娘だ。依頼人は言えないが、報酬は1億用意されている。乗るかどうか今決めろ、乗らない奴は口外するなよ。言えば地獄の果てまで追い詰めるからな」


「おい大丈夫なのか、この前の奴らは全員捕まったんだぞ」


「前とは別口だ。それでどうするんだ?」


「報酬は頭割りか?」


「そうだ」


「おいおい、止める奴いないだろ!? 俺はやるぞ!!」


 その男を皮切りに他の面子も同意する。


「それで、いつやるんだ?」


「今からだ」


 半グレ連中は驚き、そしてニヤリと笑うと立ち上がり部屋を出て行く。


 いやいや、許す訳ないでしょ!


 偶然見つけた犯罪者集団の溜まり場で、まさか同級生に魔の手が伸びるとは思わなかった。


 俺は半グレ連中を成敗するべく、超能力で奴らの動きを封じ込めようとして、とつぜん力が弾かれた。


「何だ!?」


 今までにない出来事に驚き、超能力を防御体制にして身構える。


 俺は焦っているのだろう、胸の鼓動が早くなり、危機感が警戒心を強くする。


 どこだ!どこから攻撃が来る!?


 全方位に対処できるように力を広く展開すると、一部が突如として消失した。


 あそこに何かいる!?


 その対象はゆっくりと歩行する速度で進んでおり、こちらから離れて行っている。

 それほど離れてはおらず、店を出れば視認出来る距離だ。


 急いで地下室を出て地上に上がると、そこには車に乗り込む4人の姿があるだけだった。


 走り去る車を見送ると、その場で警戒するが一向に攻撃を受ける気配は無い。

 何もないと判断した俺は、力を解除して警戒を緩める。


 これはアレだ。


「能力無効化ってやつか」


 あの半グレ達の中にいるのだ。超能力者の天敵と言えるアンチ能力者が。

 能力無効化はアニメや漫画で登場するありきたりな能力だが、その扱いは主要キャラが使う能力として登場することが多い。

 超能力者に対して最強、それ以外に対して最弱の能力者。

 そんな扱いの無効化能力者が悪者として登場している。


 主人公のような能力を持っている奴が、誘拐をしようとするなんて。


 事実は物語と違うな。


 俺は首を振って残念に思いながら、車を追いかけるために空を飛んで行く。


 道を誤った主人公には、俺の手で引導を渡してやろう。







〝先月、〇〇県〇〇町で発生した強盗殺人事件の続報をお伝えします。警察からの発表によりますと強盗殺人事件の容疑者として牟公界を全国に指名手配……”


 時刻は午前7時、朝食のトーストと砂糖多めのブラックコーヒーを口に運びながらテレビを見ていた。


 多田野綾地はどこにでもいる四十代のサラリーマンである。

 結婚はしておらず、これまでの人生で女性と付き合ったことの無い立派な童貞だ。別にそれを誇った事はないが、同僚からお前すげ〜なと言って褒められることがある。


 自身としては人並みの人生を歩んで来たつもりだが、どうやら自分は何かの偉業を成し遂げたのかもしれない。


 思い返してもそのような出来事は無かったが、同僚からは相変わらず尊敬されている。


 そんな同僚から、せめて身だしなみはちゃんとしろと忠告されて、筋トレを始めた。


 同僚は困惑して服装をどうにかしろと言ったんだと言われたが、筋肉はファションであると何処かのポスターで見た記憶があり、だから筋肉の事だろうと言い返したら、もういいと頭を抱えていた。


 そんな出来事がきっかけとなり、今では趣味が筋トレになってしまった。

 アニメに漫画、アイドルの追っかけに筋トレと毎日が充実した日々を送っている。


 普段はジムに行って汗を流しているが、最近は暑い事もありプールに行って運動をしている。


 先ずはプールサイドで入念な準備体操を行う。

 周囲から面白そうにスマホを向けられるが、気にしたら負けだ。


 準備運動が終わると、流れるプールをバタフライで逆走する。これを限界まで行うことによって、私の肉体は更なる進化を遂げる。


 見よこのシックスパックを!これで身嗜みを指摘される事はあるまい。


 そして私はプールを出禁になった。


 解せぬ。




 そんな私は今、変質者に襲われていた。


「何なんだ君はー!?」


 叫びながら走って逃げる。

 会社帰りにコンビニに寄って、鳥のささみとデザートのエクレアを買い、帰ったら今期のアニメのチェックでもするかと思っていたところに声を掛けられた。


「失礼、多田野綾地さんで間違いないですね?」


 街灯の少ない裏通りに入った所で、背後から視線を感じて振り返ると、そう質問された。


「ええそうですけど、あなたは?」


 相手はこちらを知っているようだが、私は相手を知らない。これではコミュニケーションが取れないと思い、当たり前のように聞き返したが、返答は無く、代わりに凶悪な凶器を向けられた。


「あなたの能力が知りたい、死にたくなければ力を示せ!」


「やめなさい、前途ある若者が道を誤ってはいけません。模造刀でしょうが、人に当たれば怪我だけではすみーっ!?」


 目の前の少年に思い止まるように説得するが、恐ろしい速さで迫って来ると模造刀を振り下ろす。

 咄嗟にステップを踏んで回避するが、私の背後にあった車が真っ二つになってしまった。


 なんだそれは!?


 驚きに固まる私だが、少年もまさか避けられると思っていなかったのか、こちらを警戒している。


 いやいや最近の若いもんはアグレッシブだなー。私もジムで鍛えてなければ危なかった。なんて現実逃避するが、きらりと光る刀は本物だと理解して私は逃げ出した。


「やめなさい!?おやじ狩りならお金あげるから刀を仕舞いなさい!」


 私はまだ若いつもりだが、世間から見たらおっさんである事を自覚している。

 だから少年を過激なおやじ狩りだと思ったのだが、財布を差し出しても無視して切り掛かって来る。


「どうしたスカーフェイス!お前の力を見せてみろ!?」


「人違いですよー!?」


 誰と勘違いているのか知らないが、もの凄く迷惑である。


 少年の斬撃を躱しながら全力で走る。

 ジムで鍛えた脚力は伊達ではなく、少年との距離を一定に保ったまま逃げることが出来ている。


 それでも体力に限界はあった。


 はあはあと息切れし始め、走る速度が落ちていく。

 これでは、次の一撃は避けきれないだろう。

 ならばせめて、一矢報いるために、次の交差点で曲がり待ち構えようと覚悟を決める。


 だが交差点を曲がった所で、別の意味で覚悟が必要になった。


 中学生か高校生、それくらいの女の子が男2人に抱えられて車に押し込まれようとしていた。


「なんばしょっとかー!?」


 思わず地元の方言が出てしまったが仕方ない。

 前方には人攫い、後方には通り魔。

 本来なら通り魔に狙われている身で、人助けなどする余裕は無いだろう。


 だが、それでも目の前で悪事を働こうとする輩を放っておけなかった。


 走る勢いそのままに、男の1人を殴り飛ばす。


「なんだテメーは!?」


 驚く男にタックルを仕掛けようとするが、背後に迫る凶器に気付いて目標を変更する。

 誘拐されそうになっていた女の子を抱えると、すかさず前に飛んだ。


 そこで自分の判断ミスに気付く。


 前に飛んだ事で、車の後部座席にダイブしてしまったのだ。

 車両の中には運転席に1人、後部座席に1人。

 どちらも強そうな気配を漂わせている。

 そして、後部座席にいる男には見覚えがあった。

 ニュースで報道されていた指名手配犯にそっくりなのだ。


 隣の県で強盗殺人を起こした凶悪犯として、全国に指名手配されていた男だ。確か名前は…


牟公界(むこうかい)


「俺の事を知っているのか。まあ、あれだけ報道されてればな。で、あいつはお前のつれか?」


 牟公が指した先には通り魔の少年がいた。

 そして少年の背後には、血を流した2人の男が横たわっている。


 少年は無言で腰を落とし、一瞬で距離を縮めると私と女の子に向かって一直線に突きを放つ。

 私と女の子は倒れており、車内ということもあって身動きが取れずに、串刺しになるのを待つだけの身となってしまった。


「おい、うちの獲物に何ちょっかいかけたんだ」


 大きな軍足が少年を蹴り飛ばす。

 後部座席から牟公の足が伸びており、少年はまともに蹴りを受けて地面を転がった。


「おい早く出せ」


「仲間がいるだろうが、少し待て」


「駄目だ。役立たずは置いていく、早くしろ」


 運転席にいる男は舌打ちをすると、扉が開いているのも構わずに急発進した。

 現場より少し離れると、スピードを落として法定速度で走り出す。速度を落とした事で、スライド式の扉が自動で閉まっていく。


 扉が完全に閉じたのを確認すると、牟公は私を踏みつけて口を開いた。


「それで、お前は何もんだ?」


「何者と言われましても、私はただの通り魔に襲われたサラリーマンです」


 その回答が気に入らなかったようで、顔に蹴りが飛んでくる。

 鼻が折れる感触があった。意識が遠のくような痛みと、口の中に血の味が充満して気分が悪くなる。


「次はない、ちゃんと答えろ。お前はなんだ?」


「そうですね。誘拐犯を倒す正義の味方なんてどうでしょう?」


「テメー!?」


 沸点の低い牟公は、怒りに任せて蹴り上げる。

 多田野の後ろには、誘拐した女の子がいるというのにお構いなしだ。

 女の子は猿轡をされて喋れないようにされており、暴力沙汰に慣れていないのか小さくなって震えている。

 このままでは女の子にも危害が及ぶだろう。


 なんとかしなくては、そう考えを巡らせていると意外な所から助けが差し伸べられた。

 

「おいやめろ!余計なことやってんじゃねーよ!?」


「うるせー!俺に指図すんじゃねー!」


 運転手の男が車を止めて、牟公の足を掴んでいた。

 ふたりは一触即発しそうな雰囲気で睨み合う。

 だが、それも長くは続かなかった。


「っ! なんだあのガキは!?

 おい車を出せ!早くしろ!!」


 牟公が焦ったように声を荒げると、運転手の男も異常を察したようで正面に顔を向ける。

 そこには、さっき置き去りにした仲間が血まみれで横たわっており、その前には刀を持った少年が立っていた。


 女の子を誘拐した場所から3km以上離れているし、時間も3分程度のしか経過していない。その距離を生身の人間が2人を抱えて、こんな短時間で追い付けるはずがない。


 似た別の存在かとも思ったが、少年の白いシャツに牟公の足跡がしっかりと付いていた。

 あの少年で間違いない。


 少年の持つ刀から赤い水滴が落ちる。


「出せーーーっ!?」


 牟公の声で運転手の男はアクセルを全開にして走り出し、少年の横を通り過ぎる。

 スモークの掛かった後部座席の下で転がっている多田野は、少年と目が合った。


 逃がさない。


 そう言われた気がした。


 少年はすれ違い際に、刀を振りタイヤを斬り飛ばした。


 制御を失った車は近くにあるビルの解体工事現場へと突っ込んで行くと、段差で跳ね上がり横転する。

 めちゃくちゃになる車内で、せめて女の子だけでも守ろうと覆い被さり衝撃に備えた。

 回る景色に体が浮かび叩き付けられる。


 必死に女の子を守ろうと意識をそちらに向けていたからか、痛みは感じずにいれた。

 というよりも無傷だった。


 さらに蹴られて受けた傷や痛みも無くなっている。


 横転してガラスが砕け散り、車は歪みドアが外れている。

 凶悪犯である牟公は頭をぶつけたのか、血を流して唸っており、運転手の男はシートベルトとエアバックのおかげで目立った怪我はなさそうだ。


 これだけの惨事だというのに自分と女の子は無傷。さらに怪我まで治っている。

 何かが起こっている。

 そう予感するが、それ考えるよりも先ずは身の安全が大事だ。


 犯人達が直ぐに動けないのを確認すると、早く逃げようと這って進んで行く。

 だが、工事現場の入口からスニーカーを履いた足が音を立て、近付いて来るのが見えた。


 焦って出ようとするが、焦れば焦るほど前には進んでくれない。

 このままでは少年に殺される。


 絶望に似た思いが胸に落ちる。


 だが、そんな最悪の想像を打ち消すかのように少年の前に立ち塞がる存在がいた。


「はい、そこまでー。ここから先は俺が相手になるよ」


 仮面の男が陽気な声と共に現れた。







 いやー危なかった。


 無効化能力者の特定と対策を考えていたら、あっという間に四ツ谷さんが拐われそうになるし、そこにおっさんが乱入してきたかと思えば、刀を持った危ない人まで加わって何が何だか分からなくなったね。


 半グレ2人が途中で脱落したから動けないようにしとこうと思ったら、刀を持った人が半殺しにして抱えてどっかいっちゃうし。


 俺と同じように半グレが標的なのかと思えば、その意識はおっさんに向いているしで、何がしたいのか分からなくなった。


 急いで連れ去られた四ツ谷さんを追っていると、刀を持った危ない人が車を切って事故起こすしでてんやわんやだ。


 取り敢えず四ツ谷さんと無害そうなおっさんを超能力で包んで助けたけど、おっさんは既にボロボロになっていたからヒーリングで治しておいた。


 刀を持った人が近付いて来る。

 俺と同い年か少し上くらいの人だ。

 いつまでも刀を持った人では分かり難いから、侍ボーイにしよう。


 俺は姿を表して侍ボーイの前に立つ。


「やっぱり、多田野さんがスカーフェイスじゃなかったな」


 侍ボーイはそう呟くと、俺に刀を向けてやる気満々といった表情を向けて来る。


「さあスカーフェイス、力を見せてみろ!?」


 刀を構えて疾走する。


 速い。


 侍ボーイが超能力者なのは分かっている。

 その力の代償に何を差し出したのかは問うまい。

 見た目では分からないのならば、また別の、そう大切なものを失っているかもしれないからだ。


 俺にそれを知る資格は無いだろう。


 だが、それとこれとでは話が別だ。

 襲って来るならば相手をしてやろう。


 疾走する侍ボーイをサイコキネシスで地面に押さえつけ動きを封じる。

 それで終わり。

 そう思っていた。だが、そうはならなかった。


 かなりの力で押さえつけているはずなのに、侍ボーイは踏ん張り頭上に向けて刀を一閃した。


「むっ!」


 侍ボーイを押さえつけていたサイコキネシスは切り裂かれて霧散する。

 まさかの出来事に驚いた俺は、少しの間、動きを止めてしまう。

 それを好機と受け取った侍ボーイは、一気に加速して距離を詰めて来る。


 あまい!


 上から駄目なら下からと、地面から突き上げるようにサイコキネシスで攻撃を繰り出す。しかも、今度のはお硬めだ。


 流石と言うべきか、侍ボーイは突然の攻撃にも反応してみせ、突き上げるサイコキネシスに合わせて刀を振り下ろす。


 侍ボーイは今度も切り裂けると思っていたのか、勝ち誇ったようにニヤリと笑みを浮かべる。しかし、今度はそうは行かず、一瞬の均衡の後に刀は折れ、力任せに上空へと投げ飛ばされた。


「たまや〜」


 いや〜、自信満々の顔が驚きに変わるのはたまりませんな〜。


 驚愕の表情を浮かべた状態で上空100mまで投げ出される侍ボーイは、なす術もなくこのまま地面に叩き付けられるだろう。

 だが彼は超能力者である。必ず何かしらの対応をしてくるはずだ。


 そのはずだ。


 するよね?


 いや、あれ気失ってね?


「まじでかーーっ!?」


 自由落下する侍ボーイを助けるべく空へ飛び立つ。


 上空100mと言っても垂直にではなく放物線を描いているので、かなりの距離を飛ばしてしまっていた。


 焦った。

 カードで無駄遣いしたのがバレて、お小遣い無しになった時くらい焦った。


 マッハで飛んで侍ボーイをキャッチすると、バキバキに折れている体を治療して元いた工事現場まで戻った。


 するとそこでは、今回の犯行を計画した半グレが四ツ谷さんを連れて行こうとしており、それを止めようとおっさんが半グレに立ち向かっていた。


「邪魔するな!化け物が戻って来るだろうが!」


 化け物って誰のことだ?


「やらせません!お嬢さんも早く逃げなさい!」


「あっ、はっはい!」


 おっさんの声にはっとした四ツ谷さんは、立ち上がると急いで工事現場の入り口へと駆け出した。

 それを見た半グレは舌打ちをすると、おっさんを迂回して四ツ谷さんを追いかける。ここで逃せば、警察に通報されるのが分かっているからか、半グレも必死の形相だ。


 おっさんも半グレを追いかけるが、途中で足をもつれさせて転んでいた。

 さっきまでカッコ良かったのに、残念なおっさんだ。


 俺も直ぐにでも四ツ谷さんを助けてやりたいが、少しだけ待ってほしい。

 運転席から這い出てくる男をどうにかしないと、状況をひっくり返されてしまう。


 そう、無効化能力者は車を運転していた男だ。


「くそっ何が起こってんだ」


 男は事故した影響で顔や腕に擦り傷を作っているが、それ以外の目立った怪我はないようで、両足でしっかりと立ち周囲を見回している。


「お前は、最近話題になっている奴だな?」


 男は俺に気付いて話かけて来る。

 コイツの仲間がオッサンと格闘しているのを見ているはずだが、気にした様子はなく、こちらを警戒して視線を外そうとしない。


 危険に対する嗅覚を持っているようだ。


「俺の名はスカーフェイス!悪を倒す正義の味方だ!!」


 正義のヒーローとして名乗りは大切だ。

 そして今日作ったばかりのポーズを披露する。


 どや、カッコいいやろ。


「そうか、死ね!」


 男は拳銃を引き抜くと即座に発泡する。

 俺のポーズはガン無視だ。


「ふんっ!」


 平和な日本で銃を向けられて怯まない奴はいない。

 だが、普段からFPSで鍛えている俺に、そんな物は通用しない。

 正義のヒーローを始めると決めた時から、こんな日が来ることは予測していた。


 準備なら出来ている。


 サイコキネシスで弾丸を掴み動きを止め、空中で停止した弾丸は地面に落下する。


 そうなると思っていた。


「うおぉぉぉー!?」


 弾丸はサイコキネシスで速度は落ちたものの、動きを止める事はなく、サイコキネシスを無効化しながら進んで来る。


 俺はマトリックスばりに上体を逸らして弾丸を避けるが、次々に発泡される弾丸がサイコキネシスの海を切り裂いて進んで来る。


「くっ物にも無効化能力を付けることが出来るのか!?仕方ない、秘技・盛り土!」


 目の前で土が盛り上がり弾丸を防ぐ。

 得意ではないフェノメナキネシスの使用は出来る限り避けたいが、弾を防ぐにはこれしかないだろう。


「化け物が!」


「誰が化け物だ!?この犯罪者め!」


 男は手元を見ずに拳銃のマガジンを交換している。

 コイツは相当に銃の訓練しなければ出来ない芸当だ。

 この男はただのチンピラではない、良く訓練されたチンピラだ。


 俺は周りに散らばる石を浮かせて、男に向かって投擲する。

 一直線に飛ぶ石の散弾を、男は車の影に隠れてやり過ごすと、また拳銃を発泡して来る。


 俺は体を浮かせて横に移動する事で射線を切り、工事現場にあるH型鋼を何本も浮かせて男を襲わせる。


 飛来するH型鋼は車を串刺しにして行くが、肝心の男はそこから逃げ出して建物の中に入ってしまった。

 

 直ぐに男を追ってこのビルの中に突入したいが、その前に四ツ谷さんの方もどうにかしないといけない。


 目を向ければ、半グレにナイフを突きつけられて人質に取られた四ツ谷さんと、手を出せずに困っているオッサンがいた。


 それは不味いな。


 そう判断した俺はナイフを持った手を捻り上げて、ナイフを落とし四ツ谷さんを逃す。そこにオッサンが右ストレートを打ち込んだ。


 これで大丈夫かな?


 そう判断して無効化能力者を追ってビルの中に入った。







 八神礼央(やがみれお)は企業に雇われたエージェントだ。


 今回、半グレに混ざって誘拐に加担したのも任務を遂行する上で必要だったからだ。

 その任務とは四ツ谷製薬に脅威、脅迫となるものを調べ上げて排除する事だった。


 そう、八神礼央の雇い先は四ツ谷製薬であり、四ツ谷梓の父と直接の契約を結んでいた。


 一応、四ツ谷梓が誘拐される恐れを伝えていたが、構わずに黒幕の特定と証拠を手に入れろと連絡が来る。


 会社の為に娘を売るのか。


 少し心が煤けたが、多くの社員の人生を背負った企業だ、これくらいの決断は必要なのだろうと自分を納得させた。

 その上で、この子を護ろうとそう決めた。


 実行犯が集まるとされている場所に侵入し、その中の1人を気絶させて入れ替わる。

 事前に入手した情報だと、この犯行に集められる人間は互いに初対面で、今回限りのチームになるようだ。


 そして、地下にある部屋に通され、指示役の男を見て驚いた。

 指名手配されている凶悪犯、牟公界だったからだ。


 何故コイツがここにいるんだ?

 誰がこんな頭のいかれた奴に依頼したんだ?

 コイツの背後には誰がいる?


 もしかしたら、牟公界が前に犯した犯罪も誰かに依頼されたものかもしれない。


 背中に嫌な汗が伝う。


 普通なら指名手配されているような目立つ奴に依頼はしない、捕まる可能性が高く警察にバラす恐れがあるからだ。


 それなのになぜ?


 何も分からずに状況は進んで行く。

 自動車免許を持っているのは、この中で俺だけだった事もあり、自動的に俺が運転手役になってしまった。

 出来れば後ろで見張っていたかったが、他は免停中やそもそも持っていなかったりだ。

 ここは諦めるしかない。


 そして犯行は即座に実行された。

 

 四ツ谷梓が塾の帰りに、裏通りを通るのを把握しており。

 ワンボックスの横を通り過ぎた瞬間に、車のドアが開き男2人が襲い掛かる。


 四ツ谷梓も抵抗するが、男と女の力差は歴然で、抵抗空しく男2人に抱え込まれる。

 このままでは、男達に誘拐される。


 そこに、どこの誰だか分からない中年のおっさんが乱入して来た。


 男のひとりが殴り飛ばされておっさんが四ツ谷梓を連れて車に飛び乗ると、刀を持った少年がうっすらと笑みを浮かべて男2人を斬りつけた。


 明らかな異常事態。

 銃に手を伸ばし、いつでも動けるように身構える。


 少年はおっさんを標的としているのか、その視線は他に向く気配はない。いや、邪魔をすれば即座に斬り捨てるだろう、そんな狂気じみた目をしている。


 するりと流れるように少年の体は動き、刺突がおっさんに届こうとしたとき、少年の動きは急激に鈍った。


 その隙に牟公が蹴りを食らわせ、少年は地面に転がる。


 何が起こったのか分からない、そんな表情をしている。


 そんな少年と傷付いた男2人を置いて車を発進させて、この場を立ち去る。


 車内にいるのは俺と牟公、おっさんと被害者である四ツ谷梓となった。人数は変わらないが、今回のミッションで障害となる2人を排除出来たのはありがたい。


 あとは牟公を捕らえて情報を引き出すだけだ。


 人気の無い場所を探して車を運転する。


 早く牟公を捕らえて、被害者を解放してやりたい。まだ学生の女の子が、こんな体験をしたらトラウマになるだろう。


 車内で牟公がおっさんを蹴り出したので、路肩に車を止めて牟公を抑えるが、頭に血の上った男は厄介で話が通じない。


 だが、そんな牟公が急に血相を変えて叫んだ。


 何があったのかと正面を向けば、先程の刀を持った少年が立っていた。


 あり得ない。

 あそこからかなり離れたはずだ。


 逃げるように車を発進させるが、すれ違い様に車を斬られて制御を失い、車は横転する。その衝撃で少しの間、気を失ってしまう。

 そして次に目を覚ました時には、状況が変わっていた。


 牟公とおっさんが争い、刀を持った少年は倒れ、仮面の男がこちらを注視している。


 仮面の男は、巷を騒がしているスカーフェイスと名乗る変質者だ。

 不可思議な力を使い、超能力者と噂されている。


 こいつは危険だ。


 幾つもの修羅場を経験した勘が告げる。


 やられる前にやれと。


 拳銃を引き抜き発泡するが、即座に反応されて避けられる。


 いや、銃撃は反応出来たからと避けられるものではない。


 超能力者というのは本当か。


 昨年末から噂になり出した超能力者の存在。

 都市伝説レベルの噂話で、信じていなかった存在が今目の前にいる。


「化け物が!」


 罵倒が聞こえたのか、キレたスカーフェイスが物理的な攻撃を開始する。

 石礫は車を盾に防ぐが、飛来するH型鋼は車を貫通する。


 たまらずにビルの中に逃げ込み事なきを得るが、背後で車が爆発した。

 破片が飛来し、頬を切る。

 走りながら流れ出る血と汗を拭い、角を曲がって座り込んだ。


「ハアハアハアッ」


 息が上がり、酸素を求めて呼吸が速くなる。


 おかしい、この程度の運動で息が上がるような鍛え方はしていなかったはずだ。

 長時間の運動をこなした後のように、体には疲労が溜まり動くのも億劫になっている。


 必死に呼吸を整えると、銃を手に角から顔を出して様子を伺う。


 廊下の向こうで、熱がここまで届きそうなほど、激しく車両が燃え盛っている。

 炎が廊下を照らし出すが、そこに人影は無い。


 仮面の男は追って来ていない。


 ほっとして体勢を元に戻すと、直ぐ隣から声が聞こえて来た。


「ふむ、お前の能力は制限付きか? いや、体力と同じように限界があるだけか?」


 距離取るため横に転がり、声のした方に向けて引き金を引く。

 乾いた音が建屋内に響き渡り、弾丸が仮面の男をすり抜けて壁に命中する。


「!!?」


「流石は犯罪者、人殺しは御手の物か? だがそれも今日で終わりだ。貴様が好き勝手できる時間は、これで最後だ!」


 引導を渡さんとスカーフェイスが手を翳す。


 何かが来る!


 そう思い身構えるが、何も起こらない。

 いや、違う、急激に体力が奪われて立っていられなくなり、膝を着く。拳銃を向けようと腕に力を入れるが、腕は上がるどころか段々と下がっていき、遂には拳銃を落としてしまった。


「くっおおぉぉぉーーー!!」


 この声は俺じゃない。

 目の前にいる仮面の男のものだ。


 こちらは動けなくなっているというのに、呑気に遊んでいるのか、仮面の男は腕に力を入れて何やら力んでいる。


 そうこうしているうちに、座っている事も出来ずに倒れてしまう。


 そして段々と地面が揺れ出して、地面に亀裂が入る。


 遠のく意識の中で最後に見たのは、落ちて来る天井と愛する妻の笑顔だった。






「あっ、やっべ」


 悪者を退治する為に少し力み過ぎてしまった。

 男の無効化能力には限界があると気付いて、超能力をぶつけ続けていると、周囲に影響が出てビルが倒壊しようとしている。


「おい、ビルが壊れるぞ!早く逃げろ!」


 悪者とはいえ、人間である男を見捨てることも出来ずに声を掛けるが、男は気を失っており、天井から落ちて来る瓦礫に頭を潰されそうになっていた。


「なんて迷惑な奴なんだ!?」


 サイコキネシスで瓦礫をどかすと、男を浮かせて移動する。

 気を失ったことで無効化能力も切れたのか、しっかりと力を通すことができる。


「ふんっ!」


 この緊急事態に、犯罪に手を染めるだけでなく俺様の手を煩わせるとは、まったくヒデー野郎だ!


 えっ?ビルは誰のせいだって?

 俺ですけど何か?


 落ちて来る瓦礫を避けて外に出る。

 車は未だに燃え続けており、消火する気配を見せない。


「やめてー!?」


 外に到着すると、女の子の悲鳴が響き渡る。

 四ツ谷さんのものだ。


 悲鳴で四ツ谷さんがいたことを思い出し、ハッとして目を向ける。


 ビルから少し離れた所、工事現場の入り口付近で、半グレが大振りのナイフをおっさんの腹深くに突き刺していた。


「ガフッ!」


 ナイフが内臓を傷付けたのか、おっさんの口から血が吐き出される。


「邪魔しやがって。今更オレが殺しに躊躇するわけねーだろうが!」


 半グレはナイフを引き抜いておっさんから離れると、近くにいる四ツ谷さんに手を伸ばす。

 四ツ谷さんは、目の前で行われた殺人に呆然として動けないでいた。


 半グレの手が四ツ谷さんを掴む。

 その半グレの手を血塗れの手が掴んだ。


「…この死に損ないが!」


 苛ついた半グレは四ツ谷さんを掴んでいた手を離し、おっさんの手を振り払い、拳をおっさんの頬に叩き込む。


 おっさんは半グレの拳を食らっても微動だにせず、意識が朦朧としているのか、その瞳に力がない。

 刺された腹からは血が流れ、早く治療しなければ命はない程の重傷を負っている。そんな状態で、半グレの手を掴み四ツ谷さんを助けようとしていた。


 そのおっさんの姿に半グレは少し怯み、息を呑む。

 そして、おっさんの勢いに押されて、その手に持つナイフを振り下ろした。


 当たれば即死してもおかしくない。

 そんなことは許さないと、サイコキネシスで半グレの動きを封じようとして、途中で辞めた。


 何故やめたのか。

 それは、突如として大地が動き出し、半グレを捕まえて動きを封じてしまったからだ。


 明らかに超能力で行われたものだ。

 もちろん俺じゃない。

 同じように出来なくもないが、もの凄く力を使うので、わざわざ大地を使ったりしない。


 ならば誰か?

 

 それは見れば明らかだった。


 おっさんが薄らと光を纏っており、超能力を使っていると分かる。


 てか何で光ってんの!?

 すごくカッコいい!!


 急にカッコよくなったおっさんに嫉妬しつつも、おっさんの元に急行する。


 おっさんは重傷を負っており、その傷は命に関わるものだ。いくら超能力が使えたとしても、その傷を治すことが出来るとは思えなかった。


 到着するまでわずか数秒。


 その数秒でも状況は進む。


 半グレを捕まえた大地が圧縮していき、半グレの体を潰していく。


「やめろ!?やめろ!!ぐあぁぁー!?」


 おっさんが操っている大地に強制介入して力に抵抗するが、圧縮していく力を遅らせるだけで、解除することが出来ない。


「おい、おっさんやめろ! こんなのでも殺したら罪になるぞ! …おっさん?」


 おっさんは意識を失っていた。

 いや、呼吸も弱くなっており死にかけていた。


 こんなになるまで四ツ谷さんを助けようとする姿は、正にヒーローと呼ぶに相応しいものだった。


「むん!!」


 俺は少し本気を出すことにした。

 おっさんを助けるために、おっさんを人殺しにさせないために、力を行使する。


 先ずはおっさんの治療だ。

 サイコメトリーでおっさんの体の状態を調べ上げる。

 傷付いた内臓を治療し、切り傷を治す。殴られて腫れた部分を癒し、体力を回復させて終了だ。

 失われた血液を作り出すことは、流石の俺でも出来ないので、あとはおっさんの体力次第となる。


 ヒーリングを最高の力で使用した余波で、大地が輝き足元から緑が芽吹いている。


 おっさんの治療が終わったら、次は半グレの方だ。

 フェノメナキネシスでおっさんから強制的に大地の主導権を奪うと、半グレを拘束している大地を解除する。


 解放された半グレはどうっと地面に倒れて、口から血を吐き出す。

 こちらもサイコメトリーで調べるが、余りにもクズ過ぎて、命が助かる最低限の治療だけして無視した。

 全身の骨が粉砕されているが、命があるだけマシだろう。


 次に四ツ谷さんだが、怪我は無く問題ない。だが、ショックを受けているようで呆然としている。

 俺は四ツ谷さんの頭に手を置き、ヒーリングを使う。

 出力はそんなに強く、癒しを与えるイメージで使い続ける。

 俺のヒーリングは精神的な傷にも効果があるのは、すでに実証済みだ。

 治療が終わると、四ツ谷さんは目を閉じて眠ってしまう。


 最後に倒壊するビルに手を翳す。

 ビルは今すぐにでも倒壊して、こちら側に倒れて来るだろう。

 早く逃げなければ、ここにいる皆んなは巻き込まれて死んでしまう。


 だが、そんな事にはならない。


 サイコキネシスでビル全体を掴むと、一気に出力を上げてビルを小さく一塊にする。

 この光景を人が見ていれば、ビルが一瞬で消えたかのように見えただろう。そんな早業を今披露したのだ。


 全てを終わらせて、辺りは静寂に包まれる。


 それも長くは続かずに、遠くからサイレンの音が聞こえて来る。

 誰かが通報したのだろう。

 車が事故を起こし、爆発する。銃声が聞こえたかと思えばビルが無くなる。そんなものを見ていれば、誰かしら通報するのは当たり前だ。


 そろそろ頃合いかと思い、撤収しようとしていると、横からがさりと何かが動く音が聞こえた。


 そちらに目を向けると、侍ボーイが起き上がって逃げて行く所だった。


 あー、侍ボーイを調べるの忘れてたな。


 遠ざかって行く侍ボーイの背を見送り、そんなことを思っていた。

 今から捕まえて、なぜ俺を狙ったのか吐かせても良かったが、今日、サイコメトリーを使えるのはあと一回くらいだ。

 あまり使い過ぎると、激しい頭痛に襲われて動けなくなってしまう。便利な能力には、それなりのリスクは付きものだ。


 そしてその貴重な一回は、無効化能力者の男に使うと決めていた。


 こいつの能力を調べたいのと、どうやって銃を手に入れたのか気になっているのだ。


「銃、撃ってみたいな〜」


 つい口から本音が漏れる。

 仕方ない。FPS大好きっ子からしたら、モノホンに触れるのなら触ってみたいのだ。

 きっと裏の組織が外国から輸入しているに違いない、そこを制圧すれば触れるかもしれん。


 少しウキウキしながら、無効化能力者の男に触れる。


「………スー、マジっすかー」


 やっちまった。

 かなりやっちまった。

 土下座するくらいやっちまった。


 今回の騒動、俺が関わらない方が上手い具合に終わっていたまである。

 でも言い訳をさせてくれ。

 知らなかったんや、この人が四ツ谷製薬に雇われた人だって、四ツ谷さんを守るために行動してたって。てか分かるわけないやん。


「…やっちまったもんは仕方ない」


 そう、やってしまったものは仕方ない。

 決して開き直った訳ではない。

 諦めただけだ。


 別にどうしようもない状態に追い込まれた訳ではない、リカバリーは可能なはずだ。

 幸い必要な情報は半グレから得ている。

 半グレ、ではなく牟公に依頼した人物は仲介人のようだが、そこから辿れば黒幕を突き止めるのは容易だ。


「むっ」


 工事現場の入り口に、多くのパトカーが止まっているのが見える。

 これ以上の厄介事はごめんだ。


 この場にいる牟公を除いた全員を浮かせて移動する。

 もちろんジャミングで姿を隠すことも忘れない。






「何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ!?」


 佐嘉須美嘉は混乱していた。

 剣夜が多田野を襲った。その結果、多田野はただの一般人でスカーフェイスでないことが判明した。

 判明した時点で剣夜が引き返せば良かったのだが、攻撃を避けられた事で熱くなり、無用に追い回してしまった。


 止めるように言っても追撃をやめる事はなく、そのせいで本物のスカーフェイスを呼び寄せてしまった。


 最初は大した事ないなと思っていた。


 美嘉の能力は千里眼。

 遠くのモノを見ることや透視することが出来、超能力者の力の大きさを漠然とだが理解することができる。


 その能力を通して見た感じは、精々B−。

 弱くはない、それでも組織の幹部候補である剣夜に太刀打ち出来るとは思えなかった。


 剣夜はB+の能力者で、B−のスカーフェイスでは勝ち目は薄い相手だ。

 勝敗は超能力の大小だけでなく、能力の使い方も重要になる。その剣夜の技術は一級品だ。


 スカーフェイスがどの程度の技術を持っているか分からないが、剣夜の勝ちは揺るがないと思っていた。


 だが、蓋を開けてみればスカーフェイスの圧勝だった。


 目を疑った。そして恐怖した。

 スカーフェイスの超能力はサイコキネシスなのは分かっている。剣夜の力場自体を斬り裂くことの出来る能力と、相性は悪いはずだ。


 それなのに、圧倒的な強さを見せた。

 それは、美嘉の能力では力の測定が出来ていない事を意味していた。


 これまでに美嘉の能力で測定不可能だったのは、超能力者組織ENA、その幹部の1人と総帥の2人だけだ。


 この2人は桁違いの能力を持っており、ENAの他メンバー全員で挑んでも勝つことは出来ない。

 そんな反則的な力を持っている存在がもう1人いたのだ。

 しかも敵対している。


 絶望が頭を過ぎる。


 そして、このままでは不味いと気付いた。

 剣夜がやられた以上、ここを突き止めて乗り込んで来るかもしれない。


 千里眼を切り、急いで撤収の準備を進めて行く。


 スカーフェイスがいる所からここまでは、かなりの距離離れている。

 それでも安心は出来ない。

 先程、剣夜をキャッチした速度で来られたら、数分もしない内に追い付かれるだろう。


 必要最低限の荷物を持ってホテルを後にする。


 タクシーに乗って駅まで移動するように伝えると、スカーフェイスの様子を伺うために千里眼を使用する。


 するとそこでは、理解できない程の強力な力が使われていた。


「何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ!?」


 ヒーリングなのだろうが、死にかけのおっさんが一瞬で完全回復する強力な物は見たことがない。

 ENAにもヒーリング能力者はいる。

 時間を掛ければ、重傷を負った者を回復させるのは可能だろう。だが、それを瞬きする間に回復させることは出来ない。

 幹部クラスのヒーリング能力者でも、数分は必要とする。

 それだけではない、失われた血液の代わりに高エネルギーが多田野の体を巡っているのだ。これは間違いなくスカーフェイスの力だろう。


 極め付けは、倒壊するビルを一瞬で消したことだ。

 いや、正確には消したのではなく、強力な力で圧縮して一塊にしている。

 強力な力のせいか、塊の半分が結晶化している。

 

「……化け物」


 タクシーの運転手が怪訝そうな顔でこちらを見る。

 それに構う余裕はない。


 剣夜が起き上がり逃げ出したのが唯一の幸いだろう。

 更に運の良いことに、スカーフェイスは剣夜に興味はない様子だ。

 このまま逃げ切れるだろう。


「すいません。忘れ物したんで、さっきのホテルに戻ってもらえます?」


 運転手にそう告げると、タクシーはUターンしてホテルに向かう。

 ホテルに到着すると代金を支払い、タクシーを降りる。

 待たせても良かったが、遅くなりそうだったので帰ってもらった。


 部屋に戻って忘れ物が来るのを待つ。

 待っている間にスカーフェイスが何処にいるか探すが、何かしら姿を隠す能力があるのか見つける事ができない。


 もしかしたら忘れ物、剣夜の後を付けて来ているかもしれない。そんな予感が頭を過ぎるが、その可能性は低いと思っている。


 それは、スカーフェイスが最後に剣夜に向ける目は、興味を無くしていたからだ。

 剣夜程度の能力者が何人いても相手にならないという意思表示なのか、はなから相手にしてなかったかのどちらかだろう。


「はあ」


 口から漏れ出るため息。

 そのため息と同時に、ホテルの扉が開く。


 入って来たのは剣夜だった。


 目立った怪我は無く、出て行った姿と比べると、刀を失っているだけで他に変化は無いように思えるが、その表情は恐怖に染まっていた。


「佐嘉須さん、アレは何なんですか? あんなの存在していいんですか? あんなのどうしたらいいんですか? あんなの人じゃ勝てませんよ」


「…剣夜君」


 剣夜の言葉はしりすぼみになり、力を失ったようにその場に座り込んだ。


 美嘉もスカーフェイスの力を見て、その異常性は理解している。それを間近で見た剣夜は、相当にショックだったのか心が折れかけていた。


 そんな剣夜を慰める言葉を持っていなかった。ただ淡々と今できる最善の行動を提示することが、今、美嘉に出来る唯一の行動だった。


「これから本部に戻り今回の成果を報告します。スカーフェイスの対応は私たちの手に余るものです。ですので本部の人達に任せようと思います。 ここもスカーフェイスに把握されている恐れがあるので、出来る限り迅速な行動をして下さい。いいですか? ……剣夜君?剣夜君!男の子でしょう!シャキッとしなさい!」


 ボーっとしていた剣夜を怒鳴りつけて、手を引っ張って無理やり立たせる。


 自分に剣夜を元気付ける力が無いのは分かっている。

 それでも、ここで何もしなかったら剣夜は潰れてしまう。


 何とかしないと。


 美嘉は必死に考えた。


「ー!? 剣夜君!闘魂注入よ!!」


 そして、何故か某プロレスラーの闘魂をチョイスしてしまった。


「えっ?ぶべっ!?」


 まさか叩かれるとは思っていなかった剣夜は、身構えることすら出来ずに頬を打ち抜かれる。更にその勢いで、床に頭を打ち付けて意識を飛ばしてしまう。


「ちょっと!?剣夜君、寝てる場合じゃないでしょ!早く起きなさい!もう一発いくわよ!?」


 気を失った剣夜の胸ぐらを掴んで揺さぶる佐嘉須美嘉は、傍から見れば狂気の人だが、本人は至って真面目だ。


 何故、闘魂注入を選んだのか。

 それは父親がプロレス好きだったからだ。

 幼い頃に何かのイベントで、闘魂注入されて元気になる父親を見ていた。

 幼かった自分はそれを信じていたが、大人になった今は、ただ憧れの人に叩かれて喜んでいたのだと理解出来ている。


 でも、これを選んだ。

 この状況に美嘉もいっぱいいっぱいなのだ。

 少し混乱して、少し暴力的になるのも仕方ないだろう。


 二発、三発と繰り出される張り手は、容赦なく剣夜の頬を痛め付けて行った。







〝昨日、強盗殺人容疑で指名手配されていた牟公界容疑者が逮捕されました。

 牟公容疑者は工事現場で重傷を負った状態で見つかりましたが、命に別状は無く、何らかのトラブルに巻き込まれたものと見て、本人からの聴取を進めているもようです。


 続いてのニュースです。

 製薬会社大手、EDホールディングス 代表取締役社長 辰木豊前(たつきふぜん)氏が辞任を表明しました。

 辰木氏は一連の汚職事件の責任を…  ”


 夕食を食べながらニュースを見ていた。


 毎日、飽きずに事件が続いている。

 それだけ人の業というのは罪深いんだろうなと思いながらご飯を口に運ぶ。


〝ここからは視聴者から送られた衝撃映像をお見せします。

 これは昨夜、23時頃に撮影された物です。

 中央にあるビルをよく見ておいて下さい、

 3.2.1

 なんと一瞬でビルが無くなったのです!

 撮影者は誓って合成した映像ではないということです…”


 運んだご飯が口からこぼれ落ちて、テーブルを汚す。


「お兄ちゃん汚い!!」


 妹から非難の声が上がり、拾ってそのまま口に運ぶ。

 汚れた物を見るような目で、妹が見てくる。


 食べ物を粗末にしない俺の姿勢を理解できない妹は放っておいて、再びテレビに目を向ける。


 ビルが消える映像が繰り返し流されている。

 気になった撮影者が現場に向かってみると、警察により立入禁止にされていたようだ。


 う〜ん、見られてたか、あれだけ騒がしくしていたから仕方ないが、あそこまで力を使う必要はなかったな。


 あの後、気を失っている3人を連れて人気の無い場所に移動した。

 3人を起こす為に、疲労回復のヒーリングをかけて目を覚まさせる。

 最初は警戒していた3人だが、警戒を解くためにお前らの生殺与奪権は俺にあるから話を聞けと言うと、更に警戒されてしまった。


 気を取り直して事情を説明する。

 その中で、何故犯人である男がここにいるのかとおっさんが言うが、実は四ツ谷さんを守るために潜入していた人だと言うと驚いていた。


 まあ、一番驚いていたのはエージェントのお兄さんだが。


 それから、エージェントのお兄さんに牟公から得た情報を渡し、何なら手伝おうかと言うと、牟公に依頼した人物の確保を頼まれた。

 自分で言っておいてなんだが、まさか頼まれると思っていなかった。

 見ず知らずの不審な仮面野郎に頼む理由が分からなかったが、言った手前、直ぐに実行することにした。


 後の説明をエージェントのお兄さんに任せて、依頼者の男を5分で捕まえてお兄さんに渡す。

 もの凄く驚かれていたが、近くの倉庫を待ち合わせ場所にしていたので、捕まえるのは楽勝だった。

 

 おっさんはただ巻き込まれただけなので、力の使い方に気を付けなよと言って送り出す。エージェントのお兄さんがおっさんと連絡先を交換していたが、今回の一件で友好関係でも芽生えたのだろう。


 四ツ谷さんは知らん。

 迎えを呼んでいたようだし、ヒーリングの効果があったのか、いつもと変わらない様子だった。


 こうして今回の事件は幕を下ろしたが、また何か起こりそうな気がする。


 プルルルッと家の電話が鳴る。

 母さんが電話を取り、俺に用事があるのだと渡して来る。

 学校の友達かなと思い、電話に出ると。


『夜分遅くにすいません、八神と申します。 


 そちらはスカーフェイスさんで間違いないですかね?』

 

 予感は的中したようだ。

 

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