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Nigredo - 魔王伝説 -  作者: Ellie Blue
第5章 廃城
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小鳥をめぐるお話5

 まるで誰かのかぼそい悲鳴のようにも聞こえたその音は、荒れた山の斜面、崖にも等しい岩肌の方から聞こえてきた……ように思う。それはほんのかすかな音で、もしかしたら風の吹く音の空耳などかもしれない。だがそれでもニグレドは、ハッと顔を上げた勢いのままに山の斜面の崖を下っていった。一度は降りて行くことを躊躇し()めたその崖を。


 しばらく降りて行ったところでニグレドは、岩肌に大きな裂け目があるのを見つけた。上方から見下ろしている限りは決して気がつかない場所だ。

(ここからだと遠くてよく分からないけれど……。あそこに何かあるかもしれない)

 岩肌に張り付くようにして、横方向に伝っていく。傾斜もきつく岩の起伏も激しい。ただでさえ気が抜けないところに、更に谷底からひゅうひゅうと風が吹きつける。ニグレドのまとうぼろ布の外套が強くはためいた。ぐいと、それに体が引っ張られる。

(危ない……!)

 ニグレドはその場で足を踏ん張ると、急いで片手で外套をたぐり寄せきつく体に巻き付けた。足元の小石が崖を真っ逆さまに転がっていく乾いた音がする。ニグレドはゴクリと唾を飲み込むと、一層気を引き締めて再び裂け目の方へと進み始めた。


 ようやくその場所へと辿り着く。すぐそばで見ると、離れたところから見えた時の印象よりもずっと、その裂け目が大きいことに気がついた。ニグレドの身長はゆうに超える高さだ。ニグレドは岩のへりを掴んでそっと岩の裂け目を覗いてみた。その奥はこれまた意外と深く、細い道が続いているようにすらも見える。

(さっき聞こえた音は、もしかするとここからしたのか……?)

 ニグレドは片耳を裂け目の方に向け、じっと耳を澄ませてみた。さっきのような音がするかどうかはいまひとつ分からなかったが、しかし、かすかに空気の流れを感じる。どこかに繋がっているのか、それともただそう見えるだけの行き止まりか……。

(……進んでみよう)

 ニグレドは一歩、その中へと足を踏み出した。




 裂け目の内側に明かりは無論なく、入ってきたところから差し込んでくる光も弱い。数歩進むとたちまちに周りの様子は見えなくなった。しかし道は一本だ。側面の壁に当たる部分に手を沿わせながらニグレドは、一歩ずつゆっくりと歩みを進める。


 そうしてどのくらい進んだだろうか。途中で指先の感触が変わった。ゴツゴツとしてざらつく、手を離した後でも指先に砂が残るように感じる岩肌から、ツルツルとしてなめらかな、触れた瞬間ヒヤリと体温を奪われるようなガラス質に。それは側面の壁だけではなく足元も同様だった。

 ニグレドは歩みを進めるたびに、下ろす足の先の地面が不安定になっていくのを感じた。滑りやすく、なおかつ尖った箇所も多い。何度か冷や汗をかく瞬間もあった。視界が闇に閉ざされていることでも、更に不安が重なる。

(このまま進んで行って良いものだろうか)

 そう考えが浮かんだその時。


 ふっ、と風が吹くのをニグレドは感じた。自分の頬を撫で、わずかにぼろ布の外套のフードを揺らしていったかすかな風。

(どこからの風だろう。確か、この辺りから……)

 ニグレドは風の元を辿って、そっとその場に屈んだ。

 すると、視界の中に灯る極々かすかな光が一つ。ニグレドは息を飲み、頬をこすりつけるようにして地面に顔を寄せ這いつくばった。

 光と風がニグレドの顔に当たる。地面に小さな小さな隙間があって、そこから光と風が漏れ出てきているのだと分かった。どうやらこの下は空洞になっているらしい。

 ニグレドは目を大きく見開き、その隙間をまじまじと見つめた。口惜しいことに、隙間はあまりにも小さいため、そこから先の様子をうかがい見ることはできない。うっすら白色に見える光だけがぼんやりと、ニグレドの目に映るのみ。

(風はともかく、これは何の光だろう。……もしかしたら、この先は外に繋がっているのか? だとしたら、どうにかしてこの下に辿り着いて、そして、そして……!)


 ニグレドが考えを巡らせていると。ふいにその耳に音が聞こえてきた。風の音とは違う。一定の間隔で響いてくる音。まるで、人の足音のような。

 ニグレドの心臓が跳ねた。あの交易都市の地下水路でのことが嫌でも脳裏によぎる。自分を追ってきたサムエルの手の者。鎧で身を固めた王国騎士の手練れ。その手に握られた抜き身の剣の冷たい輝き――

(だめだ。今そのことは思い出すな。焦ってはいけない。落ち着け。落ち着け……)

 しかしその思いとは裏腹にニグレドの心臓は早鐘を打ちだす。その聴覚を、意識を、上からむやみに塗り潰していくかのように。

(だめだ。このままでは音の方向が分からなくなってしまう。静まれ、静まれ……!)

 己の心音がうるさく耳に響く最中(さなか)、その足音のようなものは遠ざかっていくように感じられた。こちらが見つかるのは避けねばならないが、音の出どころを見失ってしまうのもまた大きな損失なのだ。

(この機会を、逃すわけには……!)

 ニグレドは慌てて立ち上がった。


 その時、ぐらりとニグレドの視界が傾いた

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