星見えぬ空5
長老エイトワスは里の様子を見て回ってから家に向かうというので、ミディアは先に長老の家に戻らせてもらうことにした。
坂道をゆっくりと上がって、表の玄関口から中へ。
廊下を進み寝泊まりしている部屋に向かう際、ミディアはキッチンのある部屋、その開け放たれたドアの奥から話し声がすることに気がついた。シースの母親の声ともう一つ、知らない男性の声だ。
「新しく追加した分は、それで以上よ」
「うん、今回の分も安定した出来になっているね。材料の薬草も、その保存方法も、そこからの精製も、全て問題無しだ」
「良かったわ。今回のは特に、子どもたちが採ってきてくれた薬草もあるから……。それを聞いたら、二人とも喜ぶと思う」
「君の薬作りの腕も、もっと誇ってくれて良いんだよ?」
「ありがとう。でも、言うなればあなたの調合レシピが素晴らしいのよ。私は元々、魔法の方が得意なくらいだもの。……そこは私に似たのね、シースは」
「それと、瞳の色も」
「髪の色はあなた譲りよ」
二人の話す口ぶりと内容から、男性はシースの父親だと分かった。
(そう言えば、シース君のお父様とはこれまで顔を合わせたことがなかったわ。怪我をされて動くのが難しいのだとはうかがっていたけれど……)
「あら、ミディアさんお帰りなさい」
部屋の前で立ち止まってそう考え事をしていたところに声をかけられ、ミディアは思わず肩を跳ねさせた。
「は、はい。ただいま戻りました」
そう返事をしつつ部屋の方に顔を出す。
そこには、白のローブにエプロンを掛けたハンナと、同じく薬師の白いローブをまとい、顔の右半分を白い垂れ布で覆った男性がいた。ハンナは木の椅子、その男性は大きな車輪の付いた椅子に座っている。二人の前、テーブルの上には、数種類の薬草と緑色の液体の入った小瓶が置かれていた。
「はじめまして、ミディアさん。その節では、息子が大変お世話になりまして……。王国騎士の皆様から旅の道中の護衛をしていただいて、本当にありがとう」
その男性、シースの父親はそう言って微笑んだ。顔の横、顎の高さでゆるく結わえたやや長めの髪の色はシースと同じ金色。そしてその笑みは、シースの素の時の屈託ない笑い方とそっくりだった。
「いえ、私は何も……。むしろシース君には助けていただいたのですし、それに今もこうして里の皆さんのお世話になっていて……」
ミディアはシースの父の言葉におずおずと頭を下げる。シースの父は色白の顔に穏やかな表情を浮かべ、ミディアに再び言葉をかけた。
「どうかそう恐縮などしないでください。それが僕たち北の薬師団の仕事、役割、意義なのですから。旅をして、人を癒し、そうして心からの平穏を追い求める……」
そこでシースの父親は言葉を切った。
「……本当ならば、僕が今も旅の任を続けていられれば良かったのだけれど」
そして半ばひとり言のように静かにそう口にして、ぎこちなく左の手を上げ、顔の右半分にかかる布を直す。
ミディアはそこで気がついた。反対側、右の手はローブの袖の中にしまわれていると思っていたが、そうではない、そうではなかったのだ。白いローブの右袖は自然の重みでそのまま下に垂れている。その右袖の生地のかかる先、足周りの生地の右側も同様であった。
元の位置、膝の上にそろそろと下ろされた夫の左手に、ハンナが寄り添うように無言で手を重ねる。ミディアは胸の辺りがギュッと締め付けられるのを感じた。
(どんなにすごい魔法の薬や治癒の魔法があっても、どうすることもできないこともあるんだわ……)
その時。わずかな振動音がして、ハンナがハッと顔を横に向けた。机に立て掛けていた長めの杖を手に取り、持ち手部分の先についた小さな球状の水晶を覗き込む。
「長老様から? ……いいえ、これは東の角の家からの連絡だわ」
そうつぶやき、ハンナはサッと顔を上げた。その表情は硬い。
「あなた、またベランナさんが」
早口にそう言う妻に、すぐさまうなずいて返事をする夫。
「ああ、すぐに行ってあげて。少しでも早く発作を治めて落ち着いてもらうのが一番負担が少ない。いつもの薬も、念のため持っていくと良い」
そして彼は遠い目をした。
「ベランナさん、そしてタニアちゃん。あの村の大火からの、唯一の ……」
そうつぶやいて顎を引く。膝の上で左手がぎこちなく、だが確かに握りしめられた。
「……助けられて、良かったよ」
ハンナが素早く部屋を出て行った後。ミディアは机の上の薬瓶などの片付けの手伝いを申し出たが、シースの父親はそれをやわらかく断った。
「大丈夫、どうぞご心配なく。それに、患者さんでお客さんでもあるミディアさんを働かせる、だなんてできないよ」
そう冗談めかした言葉も挟みつつ、シースの父は続ける。
「今日は出歩いてさぞ疲れたでしょう。どうぞ部屋でゆっくりと休んでください」
「あ、ありがとうございます。その……」
お礼の言葉を言う途中で口ごもってしまったミディアに、シースの父は「ああ」と微笑んだ。
「すみません、すっかり申し遅れていましたね。改めまして、僕はシースの父にして北の薬師団の先代長。名を、スタールと申します」
「……、ありがとうございます。スタールさん」
ミディアは部屋の扉をパタリと後ろ手に閉め、そのままその場に立ち尽くした。先ほど、それまでと変わらないよう上手く微笑んでいられたか、今となっては少しだけ自信がない。
彼の名の響き。それが耳に覚えがあり、同時に耳に引っ掛かった。
ミディアは先ほどの場で、今の王室付き魔法使いの名がスターズだと、無邪気に口にすることはできなかった。あの魔導士の、眼光鋭い一方で感情を感じさせない顔が脳裏によぎる。色白とは正反対の、浅黒い肌をした男の顔が。
北の薬師団の先代長、スタール。王室付きの魔法使い、スターズ。
ミディアは口を真一文字に引き結んだ。
(偶然、なのかしら。星にまつわる名前は、決して珍しいものというわけではないけれど……)




