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Nigredo - 魔王伝説 -  作者: Ellie Blue
第4章 北の大地
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星見えぬ空1

 ミディアが目を覚ますと、何やら辺りの空気にせわしなさが漂っていた。

(いったいどうしたんだろう?)

 時刻は昼に差しかかる手前。薬師の里、長老エイトワス宅の治療室、兼、客間にて。長く寝ていたからか、はたまた魔女から受けた魔法の余波か、まだどこかぼんやりとしている。ミディアはむくりとベッドから起き上がり、周囲の様子を伺おうと部屋の外へと向かった。




 廊下を歩いて行くと、キッチン、いやその奥の調合部屋から音がする。

 そっと覗いてみると、そこではシースの母である里の薬師ハンナが、棚から瓶を取っては中身を取り出し、また別の瓶を手に取っては机の上に置き……と忙しそうにしていた。


 その最中で、ハンナの薄青色の目がふとミディアと合う。勝手に調合部屋に入ってきてしまったことに気が引けて、ミディアはすかさず口を開いた。

「あ、あの、ハンナさん……」

「ごめんなさいね、騒がしくしてて」

 ミディアが謝る言葉を口にするよりも早く、ハンナはそう言って気遣うように微笑んだ。ミディアはふるふると首を横に振る。

「シースの、出発の準備をしているの」

 そうハンナは続けた。

「多分もうそろそろ、お迎えの騎士団の方たちが到着される頃だから。昨日のお昼頃に、アーバルさんが呼びに向かわれたのよ」


 そこまで言って、ハンナは瓶を取るために目いっぱい伸ばしていた片方の腕をそっと下げた。

「……ごめんなさい、その時に起こさなくて。それに、そこからミディアさんに伝えていないままで。ミディアさん、よく眠っているようだったから……」

 ハンナのその申し訳なさそうな顔を前に、ミディアは慌てて首を今度はぶんぶんと勢いよく横に振った。……もしかすると、動揺して曇った表情が浮かんでしまっていたのかもしれない。それを追い払うかのように、ミディアは首を振るのに重ねて声を放った。

「いいえ、そんな、いいえ!」

 確かに、昨日は一日うとうとと寝ては覚めを繰り返していたような気がする。そして、そのおかげで今こうして動くことができているのだというのもまた、ミディアの中に実感としてあった。


(ハンナさんに、気を遣わせてしまったな……)

 そこでミディアは、少し目先を変えるように自ら話を振ってみることにした。

「私も、このまま起きて騎士団のみんなが来るのを待っていて良いですか? みんなに顔を見せておきたくって」


 そして、何でもない風に言ってみはしたが、それはミディアの中ではかなり強い希望であった。

(……そう。騎士団のみんなには心配をかけていると思う。真っ先に北の方角に向かったはずのお師様と私が、集合場所の北の野営地に着くのが遅い、だなんて)

 次いでミディアは、普段所属している小隊のメンバーたちのことを思い浮かべた。

(トム、ナッド、オーグ……。三人も、もう北の野営地に到着しているのかしら。そうだとしたら、お師様と一緒に私がいないことをきっと気にするわ……)

 再び湧き上がり首をもたげ始めてきた不安、焦り。それを今度こそは表に出すまいと、ミディアは体の横で小さく手を握りしめた。

(本当なら、このまますぐにでも騎士団のみんなと合流して任務に復帰したいけれど。……体の調子も、もう良さそうだし)


 ミディアの視線の先で、ハンナはふっと穏やかな微笑みを浮かべた。

「ええ、そうよね。分かったわ。……でも、あんまり無理してはダメよ。魔法の傷、呪いなんてものは、目に見えないからこそ気をつけなくてはならないの。少しでも疲れだとか『おかしいなぁ』ってものを感じたら、すぐに里の薬師の誰かに伝えて、休むこと。お願いね」

 薬師ハンナはそうしっかりとミディアに釘を刺すことを忘れなかった。

 ミディアはハンナの返答、今すぐに戻ることはできないという事実に少しがっかりしつつも。

(……そう。そうよね)

 その心は大きく沈んでしまうことはなかった。きっとそれは、里に来たばかりの時よりも体が軽い、つまり快方に向かっていると、ミディア自身が実感できているのが大きいのだろう。

(あの薬を飲んでいなかったらきっと、今こんな風に歩き回れてはいなかったと思うもの。雫草を最後に入れた青い魔法薬……。しっかりと薬を飲んで治療して、一日でも早く戻れるようにしないと、ね)


 そうしてミディアは、「少しなら外を歩いてみても大丈夫よ」というハンナの言葉に甘えて、この家の外に出てみることにした。




 薬師の里の小高い丘の上にある、長老エイトワスの家。そこからは里の様子が一望できる。


 今、坂を下りた先では、白いローブをきっちりと身に着けた少年シースが白い馬を連れて、里の人々に囲まれているのが見えた。その傍らには長老エイトワスの姿もある。先ほどハンナが言ったように、出発に向けた準備をしているのだろう。人々はシースに次々と薬草や食糧などの類いを手渡している。

(やっぱり、里から旅に出るというのは大事(おおごと)なのかしら。私たち王国騎士団が遠方の任務に行く時と同じみたいに)


 そちらの方へ向かおうかと足を踏み出しかけたミディア。

 ふとその目の端に、灰色の影が映った。そっと顔を向けて見る。そこには、木の陰に隠れるようにして立つ、一人の小さな少女がいた。

 小柄な痩せた体、だぶついた服、ぼさぼさに伸びた灰色の髪。右頬には一筋の大きく斜めに走る痕。ミディアたちが里に着いた日の夕方に出くわした少女、タニアだ。

 その視線は、つい先ほどまでミディアが目を向けていた方向にずっと。

 少女タニアは今にも泣き出しそうな顔をしていた。それはまるで雨の降り出す前の空模様のようで、この北寄りの地にかかる灰色の空の様子ともよく似ていた。


 そのタニアはハッとミディアに気がつくと、振り払うようにふいと顔を背けた。そこからわずかな間も空けず、この場から逃げ出そうと少女の小さな体が動く。


「待って」

 とっさにミディアは声をかけた。だが少女に止まる様子はない。

「あのっ、タ、タニアちゃん……!」

 続けて響いたミディアの声。名前を呼ばれ、そこで初めてタニアは動きを止めた。

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