足踏みの下で地は固まる3
「――と、旅路の話のその前に。少々遡ったところから話すぞい。みな知ってはいると思うが、ま、歴史の授業みたいなモンだ。若いの、寝るんじゃないぞ? 特にトム」
「当然! 勇者様に関する話なんだ。もちろん元々しっかり覚えてるし、それにましてやこの今だって、寝るわけがないさ!」
周りの騎士たちに「言われてるぞ、居眠り常習犯!」と小突かれつつも、トムは自信たっぷりにそう声を張り上げた。それにニッと笑みを返すオーグ。
それからオーグは一つ息を吸うと、引き締まった表情で話し始めた。
「エナリア様が悪しき者共にさらわれたのは、十八歳になられた誕生パーティーの時。その三年前より宣言がなされていた、ご結婚相手の決まる日のことだった」
「十五歳の裳着の儀より、エナリア様の婿となる方の選定が表立って始まった、というわけだな。……実際は、海を越えた先の大陸にある交易先の国の王子が内々で決まっていたとの話ではあったが。まぁ、公然の秘密というやつよの」
「そのご結婚相手が決まり発表される場でもあった重大な式典の日に、なんということだろうか、エナリア様の御姿が消えた」
「城中ひっくり返るような騒ぎの中、おお、北の空に印が打ち上がったのだ。禍々しい紫色をした、魔法の印……。そう、〝迷いの森〟の向こう側、北の大地に君臨するという悪しき魔王、そやつの手に依るものが」
「それを目の当たりにして前王様、エナリア様の御父上は、すぐさま姫奪還のおふれをお出しになった。そうして魔王討伐の旅路が始まったのだよ」
ここでふいに、語るオーグの声が低く下がった。
「……その当時、後に、城内で怪しげな老婆の姿を見たとの情報も上がってきた。……つくづく、不甲斐ないことよ」
そう最後、噛み締めるように言って口を固く結ぶオーグ。周りの騎士たちもシンと静まり返る。胸によぎるのは当然、今ここに自分達がいる理由についてである。
しかしここで語りを止めるわけにもいかない。
「サムエル様の話も、しておかねばな」
オーグはそう顔を上げると、話を続けた。
「サムエル様はみなが知る通り、王国騎士団に所属しておられた。そしてサムエル様が騎士団に入られたのは、トム、今のお前の歳よりも随分と後でのことだ」
十五歳で騎士団に入り今年十九歳になったトムは、真面目な面持ちでうなずいた。語る声は続く。
「今回、ナッド中隊長率いるわしらの隊が見回ってきた国の南方。知っての者も多いとは思うが、サムエル様はその海沿いの村のご出身でな」
「エナリア様が十五歳を迎えられるちょうどその年。その当時に南方の見回りの任をなすっていたアーバル殿が、そこで見かけて「王国騎士団に」とスカウトしてきたのが、サムエル様だ」
「その時、サムエル様は二十代の半ば頃。漁師の息子だったが、家業を手伝う傍ら、高台の邸宅に住まわれる要人の方々の警護、まぁ用心棒だな、その仕事もされていた」
「その才は、目を見張るものがあったよ。騎士団に正式に入る前、もちろん入った後でもだが、アーバル殿が直弟子としたサムエル様に稽古をつけておられた時の様子を、今でもよぉく覚えている。気迫、そしてそれに伴う技量。あの域には、中々どうして辿り着けん」
「当時の王国騎士団は、先だって話したように、エナリア様の十五歳の裳着の儀、そしてそこから始まる婿殿の選定を前にして、いっそうの優秀な人員を必要としていた。まさに、願ったり叶ったりというわけだ」
「瞬く間にサムエル様は王国騎士として叙勲。遅咲きではあったが期待の大型新人だ。かくしてサムエル様は、我らが国の未来を照らす光たるエナリア様、ひいては我らがこの国を、お護りする騎士となったわけだ」
騎士たちの頭に、在りし日のサムエルの叙勲式の様子が浮かぶ。あの威風堂々たるサムエル王が、自分らと同じ王国騎士であった時代。若かりし頃の、叙勲式の光景が。
直接見た者はここにはほぼおらず、騎士らの頭に浮かんだそれは想像上のものではあった。だがしかし、騎士らにとってそれは想像だに難くない。
鳶色の髪。騎士の鎧。緋色のマントをかけたその肩に、王の手によって『国を護れ』と載せられる剣。そしてその王の後方で王妃と隣り合って椅子に掛けた、後に彼の最愛の妻となる姫エナリアが、その様子をまっすぐに見つめて。
それはすべてのはじまりの、さぞや厳かで輝かしい光景であっただろう。そう騎士たちはみな一様にうっとりとした強い憧れの表情を浮かべた。
「さて。ではそろそろ話を戻して、旅路の話に移ろう」
語る声がそう流れを促す。
「魔王討伐の遠征は、実に四回の回数を重ねた」
「エナリア様がさらわれた直後。討伐の第一陣として向かったのは主に、エナリア様の婿候補だった方々。まだ厳密にはお相手決定の声明が出されていなかったのでな。交易国の王子も、また他の半ば諦めていたような候補者の方々も、みな色めき立ってこぞって参加したものだった。姫の婿候補の貴人方であったからなぁ。剣や魔法の腕に覚えのある御仁も多くいらっしゃったので、さもありなんよ」
「そして我々騎士団からは、彼らの護衛そして王へ報告する記録を行うため、いくつかの部隊が出た」
「第一陣は、結果として誰も〝魔王〟と相対することなく終わった。〝迷いの森〟を突破することすらできなかったという。森の中で文字通り右往左往するうちに、魔王の手先どもに各個撃破された形だ。……婿殿の第一候補者だった交易国の王子は、酷い魔法の傷を受けそこから目を覚まさぬまま、臣下に連れられてお国へ帰ったよ」
「……その当時、〝魔王〟の存在は眉唾程度にしか語られておらんでな。壁のように立ち塞がる〝迷いの森〟。その向こう側、黒雲の下にぼんやりと尖塔の姿が浮かぶ城。それは現実にあるものなのか、それとも何かが見せる幻なのか。『北の大地に君臨する悪しき異形の王がいる』という噂こそあれど、果たしてそれは真であるのか……。〝魔王〟とは、そういった類の存在だった。エナリア様がさらわれ、魔王の印が上がり、そして討伐の第一陣が敗北を喫して帰ってくるその時までは」
「第二陣は第一陣の敗北を受け、圧倒的な人数、圧倒的な戦力が投入された。国は破格の成功報酬を掲げ、剣術に長けた者、魔法に長けた者、何かしらの才ある者は家柄身分を問わず参加を認められ、また歓迎された」
「第一陣で婿候補だった貴人の方々が軒並み敗れ去ったことで、ここで魔王討伐の手柄を立て、あわよくばエナリア様との結婚を、と目論む輩も多かっただろう。もちろんそれは公には何も宣言の出されていないことではあったが……」
「一方で我々王国騎士団は、いくつかの中隊で城そして王家の方々の守りを固めつつ、多くの人員を魔王討伐の旅に割いた。当時の騎士団員たちの中からは「我々騎士団の全戦力の投入を!」との声も強く上がってはいたが。……思い返してみれば、そうしなかったのは、当時の騎士団長殿の英断だったと言えよう」
「結果は……。多くの人員を割いた分、多くの命が失われたよ。彼らが〝北の大地〟に至った後、魔王の手によって大魔法が放たれ、攻め入った者達をことごとく焼き払ったという。当時の騎士団長、あの豪胆なるゴードン、彼すらも命を落とした」
「どうにかその大火から逃げおおせて王城まで帰り着くことができたのは、出かけて行った者のわずか数分の一。当初叫ばれていたように騎士団の全戦力を投入すれば、この王国騎士団は今の形での存続はできなかった、いや、断絶すらしていただろうよ。……だがしかし、今でもその余波は消え去ってはくれないのだがな……」
この場に集まった王国騎士たちは、それぞれ自分の周りを見回した。大テントの中に居並ぶ大勢の、しかし言ってしまえば建物一つの中に居並んでしまえる程の、王国騎士団のそのほとんどを。
「さて。第三陣を送り出すため、国は報酬を第二陣の比ではないくらいに弾んで人員を募ったが……。それまではっきりと知られていなかった〝魔王〟の力。その程が広く広く知れ渡ったことで、みな恐れをなして、手を挙げる者はほとんどおらなんだ。第三陣、と言いつつもそれは、道半ばで頓挫したようなものだった」
「この時点で、エナリア様がさらわれてからとうに二年が経とうとしていた。元よりお体の丈夫ではなかった王妃様、エナリア様の母君は、ついぞエナリア様と再びお会いすることも出来ないままに御逝去され、国王様もまた、心労が祟ってか病を患い床に伏せられ……」
「そして第四陣として、『姫を奪還せよ。何としてでも』と国王様たっての命で、最後に残された王国騎士団の全戦力が投下されたのだ」




