血と土地の記憶1
魔女ラズダは、焼け落ちた村の真っ只中に降り立った。
静まり返った夜。冷涼たる風が、かつて灼熱の炎に侵されたであろう家々の残骸の間を徒に通り抜けていく。ひゅうひゅうと空虚な音だけが、ただそこに鳴り響いていた。
ラズダはその中でただ無言で、深いしわの折り重なって狭まった目をより一層、とは言えほんのわずかな程度、細める。
魔女はよたよたと歩き出した。今はもはやただの瓦礫の山となった村の中を、一人で。
老婆の目は彼方を睨む。日が暮れてから久しい暗い夜に、晴れることなどないように思える厚い雲。それらの黒い色彩も足下にすら及ばない、黒く立ち塞がる〝迷いの森〟をか。いや、老婆の突き刺すように鋭い視線の向かう先は、その壁の向こう側。闇に沈みきって今は見ることのかなわない、だが確かにそこにある、大きな山影だ。
北の大地。深き森に閉ざされた地。そこにそびえる、かつてかの魔王が座した忌まわしき城。彼奴らの根城に、魔女の視線は向く。
ラズダの目がふいとそこから逸れた。やれやれ、とゆっくり首を横に振る。他に誰もいない中を、魔女はその老婆の見た目通り、いやそれ以上に疲弊した様子で、再び足を進める。
やがてラズダはそこいらの適当な瓦礫に腰掛け、大きく息を吐いた。疲れ、そして苛立ちのありありと表れた息だった。
「さぁて、ま、どうしたもんかね……」
懐に手を差し込み、薄汚れたゴブレットを取り出す。魔女がいくら揺すってみようが、ゴブレットから聞こえてくるちゃぷちゃぷという水音から推察できる薬の残量は変わらない。魔女いわく、『残りあと一回』。
ラズダはゴブレットを持つ方と反対の手でこめかみをトントンと叩いた。その口からぶつくさと文句の声が漏れる。
「ああ、忌々しいったらないよ。ちっとは静かにしててくれないもんかねぇ……」
風に乗ってどこからか、歌声が微かに微かに聞こえてくるようだった。英雄を讃え、己らを鼓舞するような、勇ましい歌声。
「――そこへ 勇者があらわれました
勇者は戦いの末 みごとその剣で
邪悪な恐ろしい魔王を 討ちほろぼし――」
……どこからか、と言っても、魔女ラズダはその声の出どころを一度その目でしかと見てはいたのだったが。
騎士団長の招集に従って、騎士らがこの地に集結しはじめていた。全員が、と言うにはまだまだ満たないだろうが、それでもそれなりの数の騎士たちが集まり、立脚地を作っているのがうかがえた。
その様子を魔女ラズダは、魔法を使って遥か上空を飛んで尚且つ姿を隠しながら、じっと眺めたのである。
ラズダはゴブレットの中身をグッと飲み干す。しわだらけの喉が重い音を立てて上下した。ブルリと一震いする全身。先ほどよりは幾分か伸びたような背筋。
「ま、これじゃあ到底足りやしないんだけどねぇ」
その魔女の声色に、傲り高ぶった、勝ち誇って嘲るような調子が戻ってきていた。
「仕方ない。薬師のおばあさんの、長年の腕の見せどころだよ」
獲物を探すような目つきで、魔女ラズダはぐるりと辺りを見回した。……その途中で一度、薬師の隠れ里のある方角に目線が向いたが、魔女の目はそこに留まることはなかった。
魔女は再び歩みを進める。今度は滑るような足取り。とても老婆のものとは思えない、不気味さすら感じられる足取りで。
そのしわだらけの口が猫撫で声でつぶやく。
「それまで、ふかふかのやわらかぁいベッドで、良い子でおねんねしてておくれな。ねぇ、あたしたちの王子様……」




