隠れ里4
長老エイトワスは、そこからもう一瞥する程度のわずかな時間すらも空けずに、続けて言葉を綴った。
「そちらのお嬢さんの治療じゃな。ではついて来てくだされ。騎士団長殿もご一緒に」
向けられたその言葉にアーバルはドキリとする。
(まだこちらから立場も状況も明かしてはいないというのに。なんという慧眼か)
そう内心で驚愕しつつも、(とはいえ、礼節を欠いてはならぬ)と、アーバルは深々と頭を下げた。
「感謝申し上げます、長老エイトワス殿。改めまして、私は王国騎士団長を務めさせていただいておりますアーバルと申します。馬上の者は我が弟子のミディアです。同じく王国騎士団に。道中、御令孫に助けられこちらまでご案内いただいた次第です」
長老エイトワスは変わらぬ静かな表情のままうなずくと、歩みを進めるようにアーバルたちに促した。控えめな音を立てて長い杖を突きつき、集落の中に向かって歩きはじめる。そのすぐ横でシースがペコリと頭を下げ、自身の馬を引きながら老爺の後に続いていく。アーバルは己の馬とミディアを乗せた馬を伴い、彼らの後についていった。
夕暮れの薄闇が寄せ来る中、集落の中を一列になって進むアーバルたち。静かな風が、里の薬草たちを撫でるようにさらさらと吹き抜けていく。
その風がふいに止まったその時。
「あらぁっ、あらあらあらあら……」
どこか底が抜けたように調子外れな声が、里の静けさを引き裂くように響き渡った。
アーバルは瞬時に声の方を振り向く。思わず腰に差した剣に手をかけそうになったが、はたと思い直しその手を止める。
(いや、ここは招かれた薬師の里の中だ……)
しかし、それでもアーバルは警戒の姿勢は解かなかった。
馬上ではミディアが、戸惑いがありありと表れた顔を声の方に向けている。その先では、シースもまたミディアと同じように声のした方を振り向いていた。
少年シースは、落ち着かなさそうに目線を動かして辺りを見回している。彼にとっては恐らく知っている者のはず。それなのに、あるいはそれゆえか、彼の表情はどこか浮かなかった。焦りと不安の入り混じったような顔。
一方で長老エイトワスは、トンと一つ音を響かせて杖を地面に突き、持ち手の上に両手を重ね置いてその場に立ち止まる。依然、白い眉を動かさないままの静かな表情。
そうして一行の歩みは止まった。
薄闇の中からひたひたと足音が聞こえる。そこからアーバルたちの前に現れたのは、くたびれたような姿の女だった。
「あら、あらぁ……」
女はうわずった甲高い声でぶつぶつとつぶやきながら、こちらの方へと近づいてくる。そこまで老け込む歳でもないだろうに、背中を丸めてふらふらと。その骨ばった細い体に巻き付けるようにしてまとうのは、どこかすすけたような色合いのローブ。
アーバルは横目で長老エイトワスを見やった。しかし禿頭の老爺は何も言わず、その場にじっと立ったままでいる。アーバルは仕方なしと、剣には手をやらないままで留まった。だが意識は剣から決して離さない。女の足が向かう先は、ミディアだ。
「あらあらぁ、それは一体どこで……。ああぁお嬢ちゃん。可哀想、可哀想にねぇ。そんな魔法、受けて……。あらあらぁ……」
言いながら女は尚も近づいてくる。大きく見開かれてはいるが焦点の定まらない目。こけた頬には灰色の髪が幾筋か貼り付いている。かつては美人だったであろう面影がうかがえるのが、かえって哀れを誘った。
「ええ、ええ、もっとよく見せてちょうだいな。よく、よぉく……。心配いらないわぁ、あたし、あたしも薬師なんだから、ええ、そうよそうよそうなのよぉ……」
女は手を伸ばした。馬上のミディアに向かって。ミディアの乗る馬からはまだ五、六歩ほども離れていてまるで届くはずもない距離なのに、その手が届くと信じて疑わないように。
ローブがずり落ち剥き出しになった両腕。そこに酷い火傷の痕が見て取れた。
ミディアの強張った表情、その中で瞳がハッと驚きに揺れる。
そこでシースが、緊張した面持ちで意を決したように口を開いた。
「あ、あの。ベランナさん……」
その時。
「母さん!」
少女の悲鳴のような叫び声が、薄闇の中から追いかけてきた。




