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Nigredo - 魔王伝説 -  作者: Ellie Blue
第4章 北の大地
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隠れ里2

 食事を済ませた後、『僕が火の番を』とのシースの申し出を丁重に断って、アーバルは一人地面に腰を下ろし焚火を眺めていた。もうすっかり夜になって久しい。


 すぐ横のテントから寝返りを打つ衣擦れの音が聞こえた。アーバルはそっと中を覗き込む。中ではミディアとシースが控えめな寝息を立てて眠っていた。

 日中起きているうちは凛々しい表情をそれぞれ見せていた彼らだが、こうして見るとまだあどけない子どもの寝顔そのものだ。二人の髪が焚火の光を受けてキラキラと光った。


(まるで姉弟のようだな)

 アーバルはそっと微笑むと、明かりで起こしてしまわないようにテントの出入口の垂れ布を下ろした。そうして再び焚火の方に体を向ける。




 焚火に手をかざす。節の目立ち始めた手を、握っては広げしてみる。この手は、己の剣を地下水路の泥へと突き立てて離した手、街に派遣した分隊長より彼の剣を受け取った手、そこから剣を握ることはなく馬の手綱を取っていた手……、だ。

 アーバルはゆっくりと首を回した。身体の疲労はまるでない。想定よりもずっと遅い道行きとなったからだ。


(……私の、落ち度だ)

 落とした視線の先には、静かに揺らめく火と軽く握った自分の拳。それらをすり抜け、アーバルは遠くへあるいは過去へと思いを馳せる。

(ミディアの負ったダメージを見逃してしまったのは元より、そこからしばらくそれに気づけなかったのも、悪手だった)

 焚火にかざしていた手を、アーバルは自身の額に当てる。その指先に、厚く張ったかさぶたの乾いた質感が触れた。

(これも同じく、かの魔女に受けた傷。……シース君は、この傷痕には特に触れなんだな。魔法の痕跡は、もうここには残っていないといえるのか)


 魔女。その語の響きに痛むのは、額に走る傷か、老騎士の頭か。

 アーバルは鼻から深く、憂うような息を吐いた。

(魔女め。一体どれだけ我々を脅かすというのだろうか。エナリア様の時代から、今の今まで……)

 『勇者の唄』でも語られみなが知るところのように、エナリア姫を魔王の元へさらったのは魔王の腹心たる魔女である。そして魔王亡き今、その魔女は王子をさらって。


(王子……)

 見えるはずもない、そうと分かっていながらもアーバルはぐいと空を仰ぐ。

(王子もまた、ミディアと同じくまだ元服を迎える前の(よわい)。エナリア様がさらわれた時のお歳よりも若くいらっしゃる)

 天上を厚い雲に覆い尽くされ星の一つも見えぬ空。アーバルの脳裏に、天井の塞がれたかの街の地下水路のことが思い起こされる。そこで見た、目を疑うような光景も。

(あの地下で見たものは、果たして何だったのだろうか。水の向こうに垣間見えた、異形のようなあの……)

 アーバルの眉間にしわが寄る。額のかさぶたがひきつれた。それにさらに顔をしかめる。


(……魔女は森を越えただろうか)

 思考が巡る、巡る。それはまるで暗く深い森の中をさまようように。

(いや、これまでの選択を後悔してなどはいない。でき得る限りの最善を選んできたつもりだ。しかし、しかし……。それでも何かもっと、成し得たことがあったのではないだろうか。何か、もっと――)


 しかしそこで、アーバルの視界に小さな明かりが映った。暗い闇の中に灯る明かり。彼が火の番をするこの間ずっと見つめてきた、静かな明かりだ。

 老境の騎士は(かぶり)を振った。

(……ここで考えていても、栓無きことよ)

 今目の前に灯るのは、身を焼け焦がすような炎ではなく、不安定に揺らめく火でもなく。内側からぽうっと穏やかな光を放つ、焚火の名残。

 野営地にはシースのかけた目くらましの魔法が効いている。獣除けのための炎は必要ない。落ち着いた焚火をこのまま片し、アーバル自身も眠りにつく時だ。


(今はただ、己にできることを……)

 そうして夜は更けていった。




 アーバルたち一行は、明け方早々に野営地を出発した。


 半日ほど進んだ折、アーバルの視界にとあるものが映る。荒涼とした景色の中で、一際空気の重く沈んだような箇所。それは、見るも無残に焼け果てた村の残骸だった。まどろんでいたミディアも、目を丸く見開いてハッと息を飲む。


「数年前、大火事に遭った村です」

 二人の様子に気がついてシースがそっと口にした。彼もまた、その村の方に眼差しを向ける。

 やや遠方に見える村の焼け跡。その背後には北の大地を隔てる〝迷いの森〟の姿がぼんやりと見えていた。


「僕は直接は見ていないのですが、酷い火事だったと聞いています。多くの方が犠牲になられて……。そして僕の父は、その救助活動の中で負傷を」

 シースは唇を噛んだ。次の言葉を継ぐ。

「それでも、どうにか二人の方を助け出すことができました。そのお二人には、今は僕らの里に住んでいただいています。僕と同じくらいの歳の女の子と、その子のお母さまと……」


 何かを振り切るようにパッと、シースは前を、目指す先の道の方を向く。

「さぁ、行きましょう。僕らの里はもうすぐそこです」

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