緑の光4
影が一つ、朽ち木のうろの中に滑り込んだ。
夕方から夜に差し掛かる時分。残り火のようにほのかに下側が赤く染まった空には、か細くたなびく薄墨色の煙が一筋、揺らめきながら昇っていく。その向かう先の上空には、辺り一帯を覆うようにして分厚く垂れこめる黒雲が。
ラズダは半ば墜落するように着地し、よたよたと身を起こした。その朽ち木のうろの中には、身にまとったぼろ布ごと無造作に横たえられた少年、ニグレドの姿があった。
ニグレドはぐったりと目を閉じたままでいる。交易都市を後にした時からずっと眠りについているにも関わらず、目の下には隈ができていた。元より血色の良い方ではなかったが、それが更に顔色悪く。城を出た時よりも明らかにやつれている。
ラズダが首を伸ばしてその顔を覗き込むと、彼のまぶたがわずかにピクリと動いた。眠りが浅くなってきている印だ。魔女は口の端から苦々しげにため息を漏らし、枯れ木のような手を少年の顔にかざそうとする。
しかし魔女はふとその動きを止めた。首を数度横に振り、伸ばしかけた手を懐に突っ込む。
懐から取り出したのは、汚れのこびりついたゴブレット。無造作に懐に入れられていたはずのそれからは、不思議なことにちゃぷちゃぷと水音がした。
二言三言何か口の中でつぶやいて、魔女は一息にそのゴブレットをあおる。
大きく音を立てて上下する喉。そうして魔女は顎を上げた姿勢のまま、体を一つ震わせた。執念深い蛇のように長い長い息を吐き、顎を下げ、縮こまった背中をグッと伸ばす。
ラズダは空いている方の手を、再び少年の顔の上にかざした。途端、ニグレドの寝息がより深く静かなものに変わる。まぶたが動く気配は、もうない。
ラズダは顔を、洞窟状になっている木のうろの外側へ向けた。空には依然、細い煙が静かにたなびいている。それを眺めながら、魔女は手にしたゴブレットを耳元で揺すってみた。中からはまだちゃぷちゃぷと水音が聞こえる。
「残りあと一回ってところかね」
魔女は冷たい声で独り言ちた。空を睨んだままブツブツと続ける。
「さすがにこの辺りじゃもう、足がつきやすいかもだねぇ。今頃は手負いのワンころ共も必死こいて嗅ぎまわっていることだろうし……」
ゴブレットを無造作に懐に突っ込む。そして魔女ラズダはその骨ばった手を伸ばし、動かないニグレドの襟首をむんずと掴んだ。枯れ木のような手、そして全身が縮こまったような体、それの見た目からは信じられないほどの力だ。
魔女はそのまま少年の体をよっこらせと担ぎ上げた。
「さぁて、ま、あと一息。あと一息だよ……」
そうして魔女は、夜へとなりつつある闇の中に飛び出した。一羽の不気味な黒い鳥のように。




