緑の光3
村長宅の一室を借り、少年シースと老騎士アーバルは差し向かった。日が傾きかけ寒さの増してくる折。暖炉の火のはぜる音がする。
師のすぐそば、部屋に備え付けられた来客用のベッドで、ミディアは静かな寝息を立てている。一方でシースと一緒に来ていた者のうちのほとんどは、今は村の各家々に行っていた。シースの傍らには若い……と言っても、シースよりはずっと年上の男、二人だけが残っている。
アーバルは弟子の穏やかな寝顔を見やりホッと息をつくと、テーブルを挟んだ向かい側の中央に座る、白いローブの少年に向かって口を開きかけた。
その時、部屋の戸がノックされる。次いで、感じの良い婦人が部屋に顔を覗かせた。手には、握り拳大の巾着袋が握られている。
「ウチのとこでもらった薬、どうぞそのお嬢ちゃんに分けてあげてくださいな」
少年シースは婦人の方を振り返って答えた。
「お気持ちは大変ありがたいのですが、皆さんに合わせてそれぞれ調合していますので、それが他の方にも効くかは……。でも、そう言ってもらえて嬉しいです。ありがとう」
そう言ってシースは柔らかく微笑んだ。婦人は残念そうにうなずいて、ゆっくりと戸を引く。「お大事に」と声がかけられ、静かに戸の閉まる音がした。
シースが元の体勢に向き直ったところで、アーバルは深々と頭を下げた。
「改めて、我が弟子の治療をしていただき、大変ありがたく存ずる。心からの感謝を。北の薬師団の、若長殿」
ありがとう……、と、アーバルは最後噛み締めるようにその言葉を繰り返した。
「いえ、そんなご丁寧に……。ありがとうございます。どうか、お直りください」
穏やかな少年の声にアーバルは顔を上げる。
「そして、僕たちのことをご存じでしたか」
印象的な白いローブを身にまとう少年、シースはそう続けた。アーバルはうなずく。
彼らの存在は知っていた。痩せた土地である国の北側を中心に村や町を周って治療を施す、長い歴史を持つ北の薬師団。
(今のリーダー格がこのようにまだ年端も行かぬ少年だとは知らなかったが……。しかし、実に立派なものだ)
アーバルの視線の先で、若い長たるシースは、しゃんと背筋を伸ばして言葉を綴る。
「お二人と巡り会うことができたのは、きっと何かの縁なのでしょうね。……先ほども言った通り、僕がミディアさんへかけた魔法は応急処置の域を出ません。ですが、少しでも早いうちでの処置ができて本当に良かった。心からそう思います」
そう言ってシースは微笑む。
アーバルはその顔を改めて見つめた。
(彼らのことは当然、信頼できる。長年の実績も伴う確かな一団だ。……だがその上で、こちらとして何をどこまで話したものか……)
アーバルは慎重に言葉を紡いだ。
「そうして失礼ながら申し遅れた。私の名はアーバル。王国騎士団長を務める者だ」
アーバルがそう言った途端、わっとシースは歓声を上げた。勢い余ったように椅子から腰を浮かせ、前のめり気味に立ち上がりかける。
「わあ、やっぱり、その立派な鎧と紋章は……!」
シースは目を輝かせて弾んだ声で言った後、ハッとして椅子に座り直した。咳払いをし、落ち着いた声色に戻って言う。
「……すみません、失礼しました。騎士の方を間近でお見かけしたことがなくって……」
そんなシースに対し、アーバルは心の中で顔をほころばせた。白いローブをきちんと着こんだ目の前の彼と、城下町を無邪気に駆け回るありふれた少年らの様子が重なって見えたのだ。
しかしそれを何かしら表に出すのは若長に対して礼を欠くと思い、わずかうなずくだけに留めてアーバルはそのまま言葉を続けた。
「この地には、騎士団の任務で訪れた。その折にこのような事態に陥ってしまい、治療を頼める先を探していたところだったのだ。渡りに船とは、正にこのこと……。重ねて御礼申し上げる」
「……その、魔法のことなのですが」
すると、シースはそこへ言葉を差し挟んだ。静かな声。彼の顔つきがこれまでとは一変する。真剣な、いやむしろ深刻とも言える表情へと。彼の傍らに控える二人の顔にも明らかな緊張の色が差したのが伺える。アーバルは改めて口元を固く引き結んだ。
シースは息を吸い、言葉を紡いだ。
「この村への到着が遅れたのは、その前に訪れた村で、葬儀を行ってきたからです。……女性の方でした。裳着の歳を迎えたくらいの」
それを聞いたアーバルの表情が強張る。シースは続けた。
「その方は、何かしらの魔法に害されて亡くなられていました。その魔法の痕跡が、その……、似ているんです。ミディアさんに残されていた跡と……」
アーバルはシースのその言葉を聞き届けると、強く目をつむった。目眩がしそうになるのを奥へ奥へと押し留めて。そのまま、鼻から深く息を吸う。
「……私からも一つ、話さなければならぬことが」
老境の騎士アーバルはその黒い目を開いた。
「昨晩、かの交易都市で大規模な災害が起こった。街中の地下水の氾濫だ。すでに国へは救難要請を出しておるが、そこで……」
その先を続ける声が、夕間暮れ、部屋の中に重々しく響いた。
「……そこで、かの悪名高き魔王に仕えていた魔女に、我々は出くわしたのだ」
今度は、シースたちが深く息を飲む番だった。




