暗渠の泥の底4
少年の髪が逆立ち、フードが外れ、目が潰れんばかりに強い紫の光が煌めいた。辺り一帯が紫色に染まる。
まばゆいまばゆい、紫の光。まるで何もかもを塗りつぶすかのように。
その光の下で、人々が不要だと捨ててきたものが積もり重なってよどみによどんだ水が、まるで何か生き物のようにうねり始める。その動きは、生まれてこの方人々の目から隠され続けてきた少年の黒い髪の動きと呼応していた。
水が大きく揺らぐ。地面そのものが揺れているのではないかと錯覚を起こすほどだ。波打つ水は通路中の流れを呼び込み、足元の水位が見る見るうちに上がっていく。もはや、ここを流れるようにと掘られた溝など何の意味も成さなかった。
その中で膨れ上がっていく一本の水柱。それは先ほどまでのものとは明らかに様子が違っていた。立ち尽くす少年と老騎士の間を隔てる位置。ぼんやりと紫色の光を帯び、ゆっくりとゆっくりと、何かが目覚めるかのようにその巨体を持ち上げていく。
(これは、まずい)
アーバルは悟った。水柱の奥にいるはずの少年の姿をどうにか確認しようと目を凝らす。
(この光には、何か邪悪な気配を感じる。王子は何かに囚われているのだろう。これは、このままでは只事では済まない。どうにかして王子の目を覚まさせなくては……!)
暗い地下通路に、嫌らしい笑い声が響く。
「ヒッヒッヒィ……。それとも、予備の分に回してあげようかねぇ……?」
ミディアは暗い中で必死に目を凝らした。得体の知れない老婆。醜く縮こまった全身。枯れ木にも似たその手その指。じりじりと、だが確実にこちらの方へとにじり寄ってくる様子は、まるで舌なめずりをしながら獲物を追い詰める蛇のようだ。
「おじょうちゃん、おじょうちゃん。どうしてこんなとこに来ちまったんだい?」
老婆は猫撫で声を上げた。心配をするような言葉ではあったが、その声に滲むさも嬉しそうな響きを隠す気配もない。
「余計なことに首を突っ込んじゃあいけないって、教わらなかったのかい……?」
老婆の指先が差し迫る。ミディアは固まりついてしまった体を動かそうと歯を喰いしばった。震えかける体を必死になだめ、細身の剣の柄に手を掛けて構える。
その胸の騎士団の徽章が、小さくキラリと、わずかな光を反射した。
「……お前っ、騎士団員か……っ!」
その途端、老婆の目の色が変わった。猫撫で声は成りを潜め、口角泡を飛ばし叫ぶ。
「あたしの邪魔をするんじゃないよ! 安全なおウチにでもすっこんでな、女ぁっ!」
老婆は手の平を突き出した。ミディアが剣を抜くよりも先に、その手から放たれた魔法が直撃する。鉄の球のように重く重く固められた空気の塊。それがミディアの腹に、まともにぶち当たった。
「うぐ……っ!」
ミディアは後ろに吹き飛んだ。そのまま地下通路の壁に背中を打ちつけ、その場に崩れる。みぞおちに入った。顔から血の気が引く。防具越しとは言え、重い一撃だった。
魔女がにじり寄る。ミディアはどうにか顔を上げ、その闇に沈んだ顔を見上げた。
その時。突如前触れもなく、通路がまばゆいばかりの光に照らされた。
紫色の光。
とても明るく見えるのに、なぜだかそれは不気味なもののように感じられた。
にじり寄る動きを止めて、その姿勢のままぐるりと首を回し奥の方を振り返る老婆。その口から奇妙な音が飛び出した。
「あぁ、あぁ、ああぁぁぁあああ!」
それが歓喜の声だとはすぐには分からなかった。しかし紫色の光に照らされる中で、老いさらばえたしわだらけの顔の老婆は、その口を裂けんばかりに大きく吊り上げ、その目玉を転げ落とさんばかりに大きく見開いて、一際醜く笑っていた。
「来た、来た、ついにだ! 待っていた、あたしゃ待っていたのさあぁぁぁあああっ!」
けたたましく叫び声を上げながら老婆は奥へと、異様な速さで文字通り飛んで行く。
「ま、待ちなさい……!」
その後を追うミディア。その足元では、水が通路の奥へ引かれるように流れていた。




