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Nigredo - 魔王伝説 -  作者: Ellie Blue
第3章 交易都市
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夜なべ仕事3

 敬礼する騎士の視線の先に立つ老境の騎士。額の生々しい傷痕に、厳めしい口髭。その身にまとうは鋼の鎧。

 歴戦を超えた騎士団長アーバルその人が、駐在の騎士らと共に見回りで街の門を訪れた折だった。


「国のお偉いさんだ……。おっかねぇなぁ。あの額の傷とか、特によぉ……」

「すげぇ立派な鎧だな。新しそうだが、ありゃあ相当長く持つ代物だぜ……」

 数歩後ろに下がりつつ門番たちはそう囁き合う。

 騎士団長の目が彼らの方に向いた。その鋭い眼差しに、門番二人は横に立つ騎士と同様、弾かれたように背筋を伸ばした。騎士団長の、銀色の髭を蓄えた口が開かれる。

「そちらのお二方も、御苦労様です」

「い、いえいえそんな滅相もない……」

 まさか話しかけられるとは欠片も思っておらず、目を白黒させてどうにかそう言う門番たち。萎縮しきる彼らに向かって、アーバルは続けて問うた。

「少しお尋ねしたい。昨日今日の内で、何か変わったことなどはなかったかを」

「い、いやぁ、別に……」

 ひたとこちらを見据える騎士団長の眼差しに、門番らはたじたじとなって口ごもる。横にいるパルセルが見かねたのか、助け舟を出すように言葉を差し込んだ。

「ええそうですね、彼らの言う通り、特に大きな騒ぎなどはありませんでした。まぁ文句を言って検問を妨げる輩も中にはおりましたが……」


 騎士はそこまで言った後、そうだそうだとうなずく門番たちの方に顔を向けた。

「ですが団長殿、この折に私からも彼らに尋ねたいことが。ずっと気にかかっていたことがあるのです。……あの薬師だと言う老女について、詳しく聞かせてもらいたい」

 質問を向けられ、ウィルは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「えっ、はぁ、あのばあちゃんが、何か……?」

 ポカンとそう口にする。しかし、騎士が黙ったままで己を凝視していることを悟ると、ウィルは不安げにきょろきょろと視線を動かしつつ口を開いた。


「そんな、騎士さまが特段疑わなきゃなんないような怪しい奴ではないと俺は思うんですが……。何度もこの街に来てますしねぇ。いやまぁ、歳のわりに妙に元気なとこはありますけども、でもとても、そんなそんな……」

 とんでもないとばかりに手と首を横に振る。騎士は更に畳みかけた。

「あの子供のことは?」

「いやぁ、都まで迎えに行った孫だって言ってましたがねぇ……」

「あの子供もよくこの街に来ている? あのフードの下の顔を、知っているのか?」

 騎士の語気が強くなる。それはもはや詰問に等しかった。先ほどの含み笑いの目元から打って変わった険しい視線。

 ウィルは、気圧されたように首を横に振ることしかできなかった。脳裏に、ぶかぶかの外套を頭からひっ被った子供の姿がよぎる。

(そう言やあのボウズ、ずっと外套のフードを押さえ込んで離さなかったな……)


 騎士は問いかけを止め、団長たちの方にチラと視線を投げかけた。その先で訪れた騎士たちは、神妙な面持ちで何か小声で鋭く囁き合う。

「騎士様、その、もしかして……。昨日からの警備強化は、都で暴動があったからとかではなくって……」

 騎士たちのただならぬ雰囲気に、青ざめ呆けた顔でそう口にするウィル。その脇腹をイブロが強く小突いた。

「おい、あまりそういうことは……!」

 門番たちの前に、巡回に訪れた騎士がずいと立ちはだかる。

「……ご協力、感謝します」


 その後ろでアーバルは一人、口髭の下で唇を噛んでいた。喰いしばった歯の奥、苦い思いが広がる。

(公にできないというのが仇となったか……)

 そしてアーバルはその口をバッと開くと、騎士たちに声をかけた。

「街中に戻るぞ。今一度、しらみ潰しに探すのだ!」


 そうして瞬く間に騎士たちは街の門から去っていった。後に残された門番たちは、その場に残った検問の任に当たる騎士をおずおずと見やる。

「あ、あの……」

 硬い表情。チラと向けられた視線に、笑みなど一片たりとも含まれていなかった。そのまま門番たちはすごすごと自分の立ち位置に戻って行った。






 通りに面した、街で最も大きな宿屋。夜も遅い頃にも関わらず、その一階の食事処兼酒場は、多くの人々で騒がしくごった返していた。

「ガハハ、良いぞ飲め飲め! 金なら幾らでもある! 今日は全部、俺の奢りだぁ!」

 店の中央、大きなテーブルに陣取って、でっぷりと太った男はジャラジャラと腕輪を鳴らして大声で笑った。その周りで幾人もの人間がやんややんやとはやし立てる。太った男はその手に持つ、なみなみと酒の注がれたジョッキを一気にあおった。

「っプハァ、全く、ボロい商売が舞い込んできたモンだぜ。普段のブツとは違ぇが、なぁに雑作はねぇ。この大商人様のツテと手腕にかかれば朝飯前ってなぁ!」

 男は上機嫌にがなり立て、ジョッキの残りの酒を一気に飲み干した。口元からこぼれた酒をぐいと拭い、赤ら顔でヘラヘラと言葉を続ける。

「ま、始めは妙な奴に声をかけられたモンだと思ったけどよぉ。奴さんあんなナリのクセしてとんでもねぇ額をポンと出していきやがった。何かの道楽なのかねぇ? ありゃあ、まだ相当貯め込んでるな。もっと搾れるぞぉ……? お前ら、キリキリ働けよ!」

「いよッ、天下の大商人様ァ!」


 わっと沸く酒場の中央。それを尻目に。

「……何、しくじった?」

 店の隅、薄暗い死角で、テーブル代わりの樽の上に肘を置き、目つきの悪い男どもが額を突き合わせて言葉を交わす。

「ヘェ、すんません。あとちょっとってところで、妙な奴に邪魔されまして……」

「邪魔されただぁ? そんなん、いつもみてぇに軽くのしてやりゃあ良いじゃねぇか」

「やァ、奴さんあんなナリのクセして、とんでもねぇくらい足が速くってさァ……」

「チッ、このグズ! テメェが子ネズミを捕まえられなかったら、俺らの食いブチはパァなんだぞ……?」

「ヘェ、すんません、アニキ……」


 その時、酒場の扉が勢いよく音を立てて開かれた。

「王国騎士団だ! これより調査を行う!」

 一人、姿を現した駐在の騎士。騎士はよく通る声で酒場全体にそう告げた。

「あんだぁ? せっかく人が気持ちよく飲んでるってのによぉ!」

「面倒なのが来たなクソッタレ。おい、とっととズラかるぞ!」

 太った男がこれ見よがしに大声で悪態をつき、目つきの悪い男たちが目立たぬよう慣れた足取りで人々の間を縫って行く。騎士はその逃げる男らの一人の襟元ともう一人の腕を事も無げにガッと掴むと、有無を言わさずにずんずんと店内を進み、店の中央、大テーブルの前に立ちはだかった。

「質問に答えてもらうぞ。誰一人、抜け漏れなく、な」






 街外れのうら寂しい通りに建つ、屋根の傾いた粗末な小屋のような宿屋。その扉が激しく叩かれる。その衝撃で内側のベルが揺れ、甲高い音を立てた。

「王国騎士団だ! 調査を行う、ここを開けなさい!」

 扉を叩く音、けたたましく鳴るベル、外からの呼ばわる声。それらが狭い宿に一挙に響いた。それでも中にいる店主は、カウンターに突っ伏し肩を上下させる他、動かない。

「ええい、緊急事態だ。隠し立てするようならば容赦はないぞ!」

 建て付けの悪い扉が勢いよく開かれベルがいっそう鳴り響く中、床を軋ませて一人の騎士が宿に足を踏み入れた。

 その目が、騒音の中で尚も眠りこける店主を見つける。

「呆れたものだな……。……おい、起きなさい、起きないか!」

 騎士はつかつかと店主に歩み寄ると、その肩を掴んで揺すった。

「へ、ふへぇっ?」

 ようやく目を覚ます店主。その寝ぼけ眼を覗き込んで、騎士は強く言い放つ。

「ここに老婆と少年の二人組が泊まっていると聞いた。尋ね人の可能性がある、直ちに部屋に案内するよう!」




 階段上の部屋の前。ノックをしようと手を上げかける店主を、騎士の鋭い目が無言で制した。店主は肩をすくめ、指先につまんだ鍵を差して回す。

 カチリと音が鳴ったと同時に、騎士はノブを掴んだ。扉は錠に引っかかって動かない。騎士がいらいらと息をつく中、店主は更に肩をすくめ、もう一度鍵を回す。


 勢いよく開かれる扉。駆け込む騎士。部屋の中は、もぬけの殻であった。

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