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Nigredo - 魔王伝説 -  作者: Ellie Blue
第3章 交易都市
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身分通行手形3

 気さくな門番にひらひらと手を振られて見送られながら、ラズダとニグレドは橋の上を街の方に向かって渡る。

 その時。

 門の内側、街の中から革の鎧を身に着けた男が、きびきびした足取りで歩いてきた。男は門のすぐそばに立っている、同じ革の鎧を来た男と二言三言程度話した後、その場所に立ち替わった。番を終えた男は速い歩調で街の中に戻って行く。

 ラズダの足取りは依然よぼよぼと遅いままだ。ニグレドも仕方なしにそれに合わせ歩みを進める。

 街の門、そして先ほど到着した男との距離が、次第に近くなっていく。そのうちに、男の鎧の胸元にバッジが付いているのが見て取れた。

(あれは……)

 すれ違い様に一瞬そのバッジを横目で見やる。見知ったデザイン。

 ニグレドの心臓が跳ねた。間違いない、王国騎士団員だ。




「……ん?」

 交代で門番に就いた騎士パルセルは訝しげに喉の奥で唸った。よぼよぼと歩みを進める腰の曲がった老婆と、気遣うようにゆっくりと足を運んでいく大きすぎるような服を着た子供。その二人連れが、己の前を通りすがって行く。それをパルセルは目で追って振り返った。

(こんな遅い時間に、あんな老人と子供が……?)


「やぁやぁ騎士さま。交代お疲れさまです」

 橋の方から門に向かってのんびりとした足取りで戻ってきた街の門番が、片手を上げパルセルにそう声をかけた。

「ウィル、定位置から離れるなと前にも……、いや、今は良い。あの二人は……?」

 のんきな調子の門番ウィルをたしなめるのもそこそこに、パルセルは今しがた己の前を通りすがり、まだすぐ目と鼻の先をとぼとぼと歩いている老人と子供の背中を指し示して訊ねた。

「ああ、今さっき俺が検問に当たりましたよ。もう何遍も街に来ている薬売りのばあちゃんでさぁ。あの通り歳くってますが、いっつもあんな調子で、元気なモンですよ」


 二人の元に、門の柱内部の階段を上がる音が近付く。街に流れ込む運河の方で検問に当たっていた街の門番が、門の柱の小扉を開いて顔を出し、二人に声をかけてきた。

「なになに、あのばあさんがどうかしたって? ……ああ騎士さま、もう下の水門の方は閉めちまいましたよ。街の夜の鐘も鳴りましたからね」

「なんだいイブロ、仕事が早いじゃんかよ」

 水門の格子が下がっていく音を後ろに、ウィルが同僚のイブロにそう声をかける。

「ヘッ、ウィル、お前がのんき過ぎるってだけの話さ」

 そう笑って、門番イブロはところでと話を戻した。

「俺も何度か見かけてるけどよぉ、正直、あのばあさん幾つなんだ? 俺はチラッとしか見えなかったが、あの手形の形、今じゃそうお目にかかれない相当古い代物だぞ?」

「ハハ、出た出た、骨董マニア。何だい、あれ結構な値打ちが付きそうなのかい?」

「って言っても、所詮は身分通行手形だしなぁ。そこまでデカい価値が出るモンでもないが……。ま、売っ払えば何日分かの食いブチにはなるんじゃあねぇの?」

「あのばあちゃんはその必要もねぇだろうなぁ。自分の商売で稼げるんだからよぉ。きっと俺たちなんかよりも、ずっと稼ぎが良いぜ?」

 門番の二人はどっと笑った。パルセルはやれやれと顔をしかめ、彼らの冗談交じりの会話をよそに、老婆と子供の二人連れの後を追おうと足を運びかける。


 しかし。

「おい、ふざけんなぁ! この門番風情がぁっ!」

 橋の下から怒号が飛んだ。三人は声のした方、街に流れ込む運河を見やる。

 いつの間に着いたのだろうか、大きな船の上で、でっぷりと太った男がその短い腕に着けた貴金属の腕輪の類いをジャラジャラと鳴らして振り上げつつ、怒鳴り散らしていた。

「この大商人様を締め出そうたぁ、いい度胸だな、えぇ?」

 その振り上げた腕のように悪趣味にごてごてと飾られた船の上でそう呼ばわる男の後ろには、同じような船があと二隻も控えている。

「俺がこの街を回してんだよ、テメェらにその担保ができるかってんだ、門番風情め!」

 でっぷりと太った男は喚き続ける。後に続く船からも同調のブーイングが上がった。


 ウィルとイブロは苦虫を噛み潰したような顔を見合わせ、ひっそりと囁き合う。

「……ケッ、お前んとこなんざ、二流どころか三流も良いところじゃねぇか」

「盗賊気分の抜けない下衆な三下野郎だって、誰もが知ってる話だぜ?」

 そうしてすぐ後にイブロは橋の上から顔を出し、あっけらかんとした声を張った。

「へぇい、ただいま、旦那ぁ!」

「チッ! 門番風情が、楽な仕事しやがって……」

 水門の格子を上げるために小扉内の制御装置の元へ駆け出すイブロの横で、ウィルはその場に立ち尽くす騎士パルセルにそっと耳打ちをした。

「すまねぇ騎士さま。ちょっと後ろの船の検問をしてやってくれねぇですか」

 パルセルは溜め息をついてああ、とうなずいた。その足を階段に向ける。


「おいおい門番、手前よぉ、こぉんな棒っ切れなんざ見せなくても分かるだろ? 散々待たせた上に、更にそっちの〝ご都合〟ってか? 良いからさっさと通せってんだ!」

 四角い棒状の身分通行手形で、検問項目の確認に来たイブロの頭を小突くでっぷりと太った男。

「いやぁ、そう言われましても旦那ぁ、国の決め事でさぁ……」

 その横、運河の脇の道を早歩きで奥の船へと向かいながら、パルセルは苦々しげに口の中でつぶやいた。

「全く、これだから聞き分けのない連中は……!」




 その騒動から離れて門の内側、街の中に入って間もない通り。その真ん中を老婆は少年を連れてよたよたと歩みを進める。

 今しがた通り抜けたばかりの門での一騒ぎを背中に聞いて、魔女ラズダはその口をニヤリと歪めた。

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