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Nigredo - 魔王伝説 -  作者: Ellie Blue
第3章 交易都市
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身分通行手形2

 浮かんだ疑問を深く考えることもできぬまま、石橋の先、立ちふさがる門番の影が次第に迫る。

(怪しまれてはならない……)

 ニグレドは目を伏せつつ、ラズダの後へ続いた。

 魔女の歩みは、山中でニグレドを引き離した滑るような不気味な足取りとは打って変わって、腰の曲がり切った老婆の見た目相応のよたよたとおぼつかない動きだった。ニグレドは内心で呆れた。

(ああ、わざとか。芸達者なものだな)


 門番がじろりと一瞥する。少年は目を伏せたまま、外套の中でその手を握りしめた。つかつかと近付いてくる足音が聞こえる。ニグレドは体をこわばらせた。

(わざわざこっちに来るだなんて、何か怪しまれたか……?)

 ニグレドは吐く息を押し殺しつつ、目深に被ったフードの下から門番の様子を凝視した。


「なんだ、薬売りのばあちゃんじゃないか! どうしたんだよ、こんな遅くに!」


 驚いたことに、門番の硬い表情が、パッと明るく人懐っこそうな笑顔に変わった。

 度肝を抜かれるニグレドの前で、ラズダ、背の縮こまった老婆は、ヒェッヒェッと間の抜けた調子外れでいかにも人の良さそうな朗らかな笑い声を上げた。

「いやいや、ほんとは、も少し早く着きたかったんだけどねぇ?」

 老婆はくるりと振り向き、後ろについてきた少年の肩をぽんぽんと軽く叩く。

「ほら、この通り可愛い孫を迎えに行ってたんだ。慣れない歩き旅で、あんまり急かしちゃあ、可哀想だからねぇ」

 ニグレドはうつむいたフードの下で目を剥いた。

(よく言ったもんだな!)


 老婆が懐に手を入れてのんびりと何かを探す間、門番は続けて老婆に喋りかけた。

「都の方に行ってたんだろ? 前にこの街を出る時、ばあちゃんそう言ってたもんな」

「お前さんよく覚えておいでだねぇ! あたしゃ食べた飯のことも怪しいってのに」

 ハハ、と門番は笑って続ける。

「都は、大丈夫だったかい? なんでもひどい騒ぎになったって話じゃないか」

 ニグレドはドキッとした。一方ラズダは相も変わらずごそごそと懐を漁っている。

「いやあ、どうもそうらしかったけれど、詳しくは知らないねぇ。あたしはこの子を迎えてすぐに帰って来ただけだからさぁ。孫を危ない目に遭わせたくなかったしねぇ」

「ハハ、良いばあちゃんだなぁ。なあボウズ! 婆ちゃん孝行してやりなよ!」

 少年の方に顔を向けて門番は朗らかに笑った。その大きな手の平がぐわっと伸びる。頭に手を乗せられそうになり、ニグレドは思わず身を引いた。門番がおや、と眉を上げる。

(これじゃあ怪しまれる……)

 ニグレドはごまかすように、フードの縁を掴んで抑え込みつつ、うんうんと大きく数度うなずいて見せた。門番は再びハハ、と朗らかに笑った。

「照れ屋さんだな、ボウズ」


「ああ、あったあった。これだよこれこれ」

 門番が再び何か少年に話しかけようとした矢先、老婆は嬉しげに大きな声を上げた。

「ばあちゃん、悪いね。わざわざ引っ張り出してもらってさ」

 ほら、と老婆が門番に向かって手を伸ばす。その枯れ木のような手の平の上には、同じように表面のひび割れた古い木の板が載っていた。ニグレドの持っている身分通行手形とは、ずいぶん形が違っているようだ。

 門番は差し出されたそれを手に取る。

「はいはい、確かに。ええとじゃあ [手形確認済・薬師、女、一人。同行・男、一人] っと……」

 そう言いながら門番は、手にした紙にそう書きつけた。

「……はぁ。こんな一々、大変だよな。昨日からずうっとこうなんだぜ。街の門番を長くやってりゃ顔馴染みも増えるだろ? ばあちゃんとかの知った顔なら、わざわざ手形とかなんて見せてくれなくても良いモンだと思うんだけどなぁ」

 そう疲れたようにぼやく門番に、老婆はたしなめるように首を横に振った。

「いやいや、こういう決め事はちゃあんとお守りよ。国王様が新しく決められたことなんだろう? じゃあきっと、大事なことだよ。とってもね。……はい、どうもね。ありがとさん」

 門番の手から返された木札を再び懐にしまい込みながら、老婆はそう言って笑った。


「ばあちゃんしっかりしてるよなぁ。だから商売が続けられるのか。んで、薬は良く売れたのかい?」

(……もう検問は済んだんだろう?)

 ニグレドは内心文句を垂れた。一刻も早くこの場を後にしたかったが、どうにもそうとはいかないようだった。肝心のラズダにしても、別段急ぐ様子もなくのんびりと門番と談笑を続けている。 

「もうすっかりなくなっちまったよぉ。ま、あたしの薬は効果テキメンだからねぇ」

「へぇそうかい! そんなに良い薬なら、今度俺も買わせてもらおうかなぁ?」

「いやぁ、お前さんには必要ないモンだと思うけどねぇ? なんたってあたしの薬は、女の、女による、女のための、とっておきのヒミツの薬だからね!」

「ハハ、そりゃあ確かに、俺には用事がないや! それに、その感じだと俺の娘にもまだまだ早そうだ。いや、惚れ薬の類いなら絶対に買わせないようにしなくっちゃな! くれぐれも、可愛くて生意気なおさげ髪の娘には売らないでおくれよ、ばあちゃん?」

(何をいったいいつまで意味もなく話しているつもりなんだ……)

 笑い合う二人の横でニグレドは居心地悪そうにうつむき、つま先をいらいらと曲げ伸ばしした。


「この街は良い材料が手に入る。さすが交易の要さね。じゃ、また寄せてもらうよぉ」

 老婆がそう言って、そこでようやく会話が終わったようだ。老婆は再びよたよたと歩き出す。ニグレドはふうっと息をついてその後に続いた。

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