遠く見える街4
「この部屋を使ってくれ。ちょっと狭くてすまないが……」
扉を開けながらオズマはそう声をかけた。ミディアは頭を下げ礼をする。
「いえそんな。ありがとうございます、お世話になります」
「しばらくしたらまた迎えにくる。慣れない場所まで来て疲れただろうから、まずはちょっと一息入れておくと良いさ」
扉が閉められ、宿舎の小さな部屋に一人、ミディアはぽつんと残される。
(お師様のおっしゃることは分かる。準備は大切だ。でも……、何だか遠ざけられたような、そんな気がして。私はもっと、騎士として役に立ちたいのに)
整えられた清潔なベッド。そのそばの小窓に歩み寄り、静かに開けて外を見やる。知らない街並み。知らない音。知らないにおい。知らない、場所……。
(ニグレド……)
その名をそっと心の中で呼ぶ。
(あなたは今どこにいるの? どうか、無事でいて)
空を見上げる。月は雲に隠れたのか、どこにもその姿は見えなかった。
弟子が階段を上がって二階に消えていくのを見送りきると、アーバルは先ほど自分に耳打ちをしかけた騎士、ダイムの方を向いた。
「さて先の話の続きだが……、例の件について、聞かせてもらおうか」
はい、とうなずいたダイムの顔は浮かない。
「先ほど『報告』などと申し上げておきながら恐縮ですが……。あれから盗賊団の根城や怪しげな店の商人など目ぼしい所は調べましたが、これといった確証はまだ……」
「そうか……」
暗い面持ちで唸るアーバル。もう一人の騎士、セズは階段を振り仰いだ。
「お弟子には、このことは伝えられていないので?」
その問いにアーバルは、思わずと言った風に苦笑した。
「話したら自分も行くと言い出すからな。いや、もう既にそう言いかけてはいたか」
アーバルもまた、階段を見やる。
「先ほどですらあの通りだからな。このことを知ったら、それこそ絶対に引かないだろう。正義感の強い子だ」
良い騎士となる要素の一つだが、少々無鉄砲だ、とつぶやいて、アーバルはフッと笑みを零した。そして再び険しい神妙な顔つきに戻って言う。
「数日前に起こった、年若い女の失踪事件……」
その言葉に、場の空気が再び目に見えて重く沈む。
「この街の娘が突如行方をくらませた。帰ってこないことに家の者が気づき、駐在所に連絡が入る。以来調査を進めているが、目撃情報も物的証拠も、集まりは芳しくなく……。そうだな?」
駐在の騎士たちはうなずいて口を開く。
「……この騒がしい街は、確かに、あまり治安の良いところではありません。すりや騙りなどは日常茶飯事です。ですが、ここまでのこととなると、それは……」
アーバルは深い息を吐く。銀の髭を蓄えた口元が、ゆっくりと言葉を綴った。
「国を、そこでの暮らしを、護る任に危険はつきものだ。だが……。そうであっても、まだ年若き我が弟子を、この旅路の第一の任とは別の危険に晒すのは、最小限に抑えたい。万が一ということもある」
老骨の勝手な感慨かもしれんがな、とアーバルは自身に言い含めるが如くつぶやくように言った後、テーブルに載せた両の手の指を組み、目線を落とした。
「……やっと育ってきた後進なのだ。先の、姫奪還の折。あの暗黒の時代に、多くの命を失った。その荒れた国土からようやく吹いた芽だ。この先これから、どうか、どうか、長らく健やかに、育ってほしい……」
老境の騎士はそう言った。
その声は、夜も尚喧騒の止むことのない街の一画で、低く静かに、祈るように響いた。




