騎士団、出立2
隊長らは次々とテントの外へ向かう。訓練場の広い砂地では各隊の騎士たちが騎乗し隊列を組んで待機していた。隊長らが馬にまたがり各隊の列に戻って行く様子を、師の傍らでミディアはじっと見届ける。アーバルは弟子のその横顔に声をかけた。
「お前にとっては、これが初の遠征になるな」
「……はい、お師様」
ミディアは硬い面持ちでうなずいた。その視線は他の団員らを見上げるようにして、ジッと注がれたままだ。他の団員。剣を携え騎乗する姿も堂に入った、ミディアと比べるべくもなく経験豊富な騎士たちに。ミディアは急速に、自分が自分の背丈以上にちっぽけな存在のように感じられてきた。
アーバルは静かに、しかしはっきりとした声で言った。
「ミディア、今私から言うことはこれだけだ。充分承知だと思うが、気を抜くなよ。しかし気負わずとも良い。お前はもう既に立派な、この王国騎士団の一員なのだから」
城の兵士がミディアとアーバルの元へ馬を運んでくる。師に続いてミディアも馬の背にひらりとまたがった。
目の高さがグンと上がる。並み居る騎士たちと同じ目線。先ほどよりもずっと広く遠くまで見渡せる開けた視界。ミディアは大きくうなずいた。
「……はい、お師様!」
整然と並ぶ出立の合図を待つ騎士の隊列。
その先頭に馬を進め、振り上げた抜き身の剣を輝かせてアーバルは声を高らかに張り上げた。
「行くぞ、勇敢なる騎士たちよ。王子を取り戻し、我らが国に未来永劫不滅の平和を! 王国騎士団、進軍!」
戦闘ラッパの音が、城中に響き渡るが如く高らかに鳴る。
その勇ましくきらびやかな音の中を、騎士団の馬が駆け抜けて行った。
ミディアはまたがる馬の背から、先ほど自分の足で駆けた時よりもずっと速く飛ぶように過ぎていく景色を眺めて想いを巡らせる。
途中、花と噴水の中庭を通りすがる時、ミディアはその場所を思わず振り返らずにはいられなかった。
(ニグレド……)
そう心の中でつぶやく。
(あの時、あなたがどこか遠くに行ってしまうんじゃないかって、もう会えないんじゃないかって、そう思った。だから私、またねって、何度も何度も繰り返して……)
でも、とミディアは自分の手に視線を落とした。昨日冷たい夜風に晒された手に。
(私が昨日の夜に、抜け出していたあなたと会ったなんてことは、誰にも言えない。それを誰かに言ってしまえば、あなたに余計な疑いがかかってしまう)
ミディアは唇を噛んだ。
(……本当はあの時、あなたのことを、もっとちゃんと……)
視界がじわりとにじみかける。ミディアは何かを振り払うように頭を振り、その手をぎゅっと固く握りしめた。
(……早くあなたを助けないと。私があなたを見つける。もう一度あなたと会う。だって私、またねって、そう言ったもの。ニグレド……!)
ミディアとアーバルの馬はほどなくして城の北門に辿り着く。
北門では王城の兵士達が復旧に取り掛かっていた。門はひどい有り様だった。美しく張られていたはずの緑の芝生は無残に土が剥き出しになり、大小の瓦礫が無数に散らばり突き刺さっている。城壁は抉られたように破壊されて、そこにあったはずの木製の扉は跡形もない。
驚きの眼差しでその崩れた門を振り返りつつ、ミディアは城から走り出た。そうして、見慣れた城下町の景色が瞬く間に過ぎ去っていく。
北寄りの街のはずれ。そこをそのまま二頭の馬は駆け抜く。『ようこそ』と書かれた立て札。木組みのアーチ。街の外、荒野へと続く道。
(……ここから先は、知らない)
ためらう間もなく、ミディアは顔をまっすぐに上げて木組みのアーチの下を抜けた。二頭の騎士団の馬の蹄が乾いた土の上に刻まれた轍を踏みしめる。その次の脚も土を踏む。次も、そのまた次も。五歩、六歩と、土を蹴り、砂ぼこりを巻き上げて。そうしてミディアたちは、北の荒野へと駆けて行った。
「……行ったか」
薄暗く沈んだ部屋の中。閉め切った分厚いカーテンの裾を握りしめサムエルは一人、低く唸るようにつぶやいた。
サムエルのその耳には、先ほど響き渡った戦闘ラッパの音が頭を割らんばかりに鳴り響いている。
(探せ、追え、逃がすな、決して……!)
高い音の残響に被さるように、そう急き立てる声が頭の中にうねり渦巻き荒れ狂う。その渦の中でサムエルは、光を遮るカーテンをしわになるほど強く握りしめたまま、暗い褐色の目を見開いてただひたすらにじっとそこに立ち尽くし続けた。
「何と、してでも……」




