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Nigredo - 魔王伝説 -  作者: Ellie Blue
第2章 枯草の原
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騎士団、出立1

 王城の敷地内、王国騎士団訓練所にて。騎士団宿舎と砂地の広場を繋ぐように位置する、ほろの掛けられたテント。今そこに、いずれも経験豊富な騎士である各中小隊の隊長たちが集まっていた。


 団長の到着を待つ間、騎士たちは額を突き合わせ、声を潜めながらも口々に言葉を交わす。

「サムエル様も、大層お労しゅうに……」

「ああ。さぞや、気が気ではないだろうな。見たか、あのお厳しい表情を」

「エナリア様のご容態のご心配の上、よりにもよって王子のかどかわしだなんて……」

 場の空気が、ほろで覆われている事実以上に重く塞がっていく。

「しかし、よもや魔女が未だ生き残り、しかもこんな王都近くまで跋扈しているとは」

「サムエル様、本当はご自身で魔女を討ち、王子を探しに行かれたいだろうな……」

「何せ、かつて国内を駆け、悪を退けた勇者だ。魔女の蛮行だなんて、許してなどはおけないだろう」

 騎士たちの胸によぎるは、燦然たる勇者の唄。魔王を討ち払う輝かしい勇者の姿。

「だが、傷を負われたエナリア様を置いてサムエル様が城を離れるわけにもいくまい」

「ああ、エナリア様はサムエル様にとって何にも代えがたい、かつてその命を賭してでもお救いした、かけがえのないお方。そして我ら民草にとっては、この国を何よりも明るく照らす、平和の光。喪うわけには、いかないお方だ」

「国も、城も、愛するお方も、全てを護らなくてはいけない。……お辛いだろうな、サムエル様……」

 騎士たちは唇を噛んだ。仕える主君にして憧れの勇者が抱いているであろう、深い悲しみを想って。そうして騎士たちは、己を奮い立たせるように次の言葉を継いだ。

「……だから俺たちが、王国騎士団が、今こうしてここにいるのだ」

「サムエル様の抱えられているご負担を少しでも減らすべく、国を護る一翼を担って」

「一刻も早く王子を取り戻し、サムエル様にご安心いただくために、我々が!」


 その時。ほろの一端が持ち上げられ、朝の光が差し込んだ。そのまばゆい光を背に一人の人物が姿を現す。

 この国で一番の歴戦の騎士。魔王討伐の際の立役者の一人。王国騎士団、団長のアーバルが。

「待たせたな、お前たち」

 騎士たちは目を見張り、拍手と歓声で騎士団長を迎えた。

 アーバルの後に続いて中に入り、ミディアは沸き立つ歓声とその熱量に圧倒された。

(こんなにも支持されて……。お師様はやはりすごいお方だ。そのお師様に認められ、今この場にいることが出来て、本当に良かった。心からそう思う)


 隊長たちの間を進み中央の机に辿り着くと、アーバルはその上に国の地図を広げた。

「現状と、作戦を伝える」

 机に両の手をつき、居並ぶ騎士たちの顔を見回す。

「王のおっしゃられた様に、王子を連れ去ったのは魔女だ。私もこの目でしかと見た。かつてこの国を脅かした魔王の手の者の残党だ。……もうとうに滅んだものかと思うていたがな。しかもあやつは、あの時の……」

 顔を険しくしかめるアーバル。老騎士はそこで口を切り、国の地図を指し示した。


「現在、国内各地、各都市の駐在兵より情報を募っておるが、未だどこからもそれらしき報告は上がってきていない」

 アーバルは地図の上部を指し示した。

 国の北に長く横たわる深い森。その向こう側は黒く黒く塗り潰されている。地図からその土地の様子を知れるものは、何もない。

「道のりはどうあれ、魔女は最終的にここへと向かうだろう。北の大地。深き森に閉ざされた地。そこにそびえる、かつてかの魔王が座した忌まわしき城。彼奴らの根城に」

 アーバルの指が穿つように、黒く塗り潰された北の地の一点を叩く。

「……ここに逃げ込まれるのは良くない。我々にとって大変に不利となる。その前に何としても捕らえたい。いや、捕らえねばならぬ」

 じり、と地図に押しつけられた指に力が込められ、爪の先が白くなる。騎士たちが神妙な面持ちで見つめる中、アーバルはそこから指を離して続けた。騎士たちの視線がそれを追う。


「私は真っ先に、最短で北に向かう。各中小隊は、道中の街から小さな村に至るまで、そして隠れ場になり得る森や山中を、しらみつぶしに探しつつ北上していくように」

 騎士団長の指が地図上で国内を駆け巡った後、再び国の最北に到達する。

「かの地との境目となる、この〝迷いの森〟の手前を最終の合流地とする。ただしその前に王子を奪還することができればこの限りではない。その場合の伝達手段は……」

 アーバルの指が地図を離れた。

「王城に残る魔導士スターズ殿を通じて、魔法を使って行う。だが……」


 そこまで言ってアーバルは付け加えた。

「喫緊でないこと、王子奪還の報告以外の内容については、魔法ではなく早馬を使うように。魔導士殿に頼り切りになるのは、あまり感心できたことではないゆえな」

 その言葉を横で聞いていたミディアの脳裏に、かの魔導士の感情の表れない不健康そうな浅黒い顔がふと浮かんだ。

「では、これより各隊の担当する方面を申し伝える」

 ややあって、騎士団長の声がきっぱりとそう告げる。ミディアはハッと顔を上げた。


「まず先に、ナッド。ミディアは普段、お前の隊に所属させているが……、今回は、私と行動を共にさせたい。構わぬだろうか」

 先ほど大庭にてミディアに声をかけた三人の騎士の内の一人、壮年の騎士ナッドは当然、と快くうなずいた。

「ええ、ミディアは騎士団長殿の直弟子ですから。今回の任ではそれが一番よろしいかと。オーグとトムにも、そう伝えておきます」

 アーバルがうなずく。その横でミディアは一人、目を輝かせたのだった。


 そこから中小隊長たちに順繰りに指示が出されていく。そうして指示が全て出揃ったところで、アーバルはその場全員を見渡して釘を刺すように言った。

「最後に。皆も重々承知のことであると思うが、くれぐれも王子失踪の件については内密に。決して民草に知られてはならぬと、他ならぬ、王からのお達しである」

 その言葉を言い終え、引き結ばれた口元。その揺るがない銀の髭は、何を思うか。

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