招集と王命4
「先の話の続きだがな」
言いながら、老境の騎士アーバルは足を進めた。
「此度の任を命じる前に、お前に問うておかねばならぬことがある」
アーバルはそう言って弟子の前で立ち止まる。歴戦の騎士の目が、頭二つ分は背の低いまだ年若き直弟子を静かに見据える。
ミディアは思わず固唾を飲んだ。
(お師様は、いったい何をおっしゃるのだろう……)
「ミディア、お前はまだ成人前だ」
その言葉に、ミディアの表情がピシリと音を立てたようにこわばった。アーバルは続ける。
「此度の任は、今までになく危険なものだ……。王は総出で、とおっしゃられたが、お前についてはその限りではあるまい。私の騎士団長の権限において認める。……お前が望むのであれば、街に残り、城の衛兵と共に防備の任に就くこともできるのだぞ」
「いいえ」
ミディアは食い気味に答えた。いや実際、師が言葉を終える前に声を発していた。心臓がドッドッと打ちつける。
(いやだ。ダメよ。だって、だって、そうしたら……)
師アーバルの提案はミディアを慮ってのものだろう。ミディア自身にもそれは分かる。頭では理解している。しかし例え師からのものであっても到底、その提案、その言葉を受け入れるわけにはいかなかった。
(街に残るわけにはいかないの。だって)
「いいえお師様、私も行きます」
もう一度、ミディアはなるたけゆっくりかつはっきりとした口調でそう繰り返した。精一杯に背筋を伸ばして胸を張る。頭をもたげた不安、胸に込み上げる不安の共々を押し込めて。
(頼りないと思われてはいけない。私は今回の任に当たるに足る騎士団の一員であると、そう思ってもらわなくては)
「私も、誇り高き王国騎士団の一員として、ニグレド王子をお助けに向かいます」
「……良い返答、良い気概だ」
アーバルはうなずいた。しかしまだその表情は緩まない。
「その上で、重ねて問うぞ」
アーバルの黒い目、その静かで鋭い視線がひたとミディアを見据える。
「一度出立してしまえば、いつ街に戻って来られるか分からない。これまでの国の巡邏の任とは訳が違うのだ。……繰り返すが、まだお前は成人前だ。御家族のお気持ちを考えれば、それは大層……。……それでも、行くと言うか」
ミディアは顔のこわばりの取れぬまま口を開いた。
「ええ、問題ありません」
そう口にして、自分の声が思った以上にぶっきらぼうだったことにミディアは内心驚いた。
(これではまるきり、わがままを言う子どものようだわ)
ミディアは慌てて、しかしそうした素振りは見せぬよう何でもない風を装い、続けて言葉を継いだ。
「帰った時に叔父に良い報告ができれば、それで何よりです」
(……別に、嘘は言っていないもの)
ミディアは胸の内でそう自分に言い聞かせた。
(叔父上は間違いなく反対する。『やめなさい、お前には無理だ』って。……だったら。無理ではない、自分は重要な任をこなすことのできる名実共に立派な王国騎士団の一員であるという証左を、この旅で得る。そうすれば叔父上も認めざるを得なくなるでしょう。私が、王国騎士団でいることを)
アーバルは頑なな弟子の顔を見つめ、その鷲鼻からふーっと長く息を吐いた。
「ミディア、何もお前の実力を低く見積もっているわけではない。まだ歳は浅いが、お前の馬の扱いも剣の腕も、他の騎士団員たちに引けを取らないことは、師としても騎士団長としても、認めるところだ」
師のその言葉に気持ちがはやる。
(では私も行くことを認めてもらえると……!)
だがミディアが何か言葉を発する前に、アーバルの口が再び動いた。
「しかしミディア、我が弟子よ。更に重ねて問う。……お前の返答。それは、此度の任務の危険を、真に理解していてのものか?」
自分に注がれる師の視線。精一杯に背筋を伸ばしそれを真正面から見返すミディア。
ミディアのその目に、アーバルの額に生々しく走る大きく深い傷が否が応でも飛び込んでくる。ミディアの胸にひしひしと恐ろしさが込み上げた。
(お師様が、こんな傷を負うだなんて……)
ミディアは心の中でそう思った。しかしそこで身じろぎしかけるのをどうにかなだめてじっと耐える。
「魔女だ」
アーバルの声がそう告げた。
「此度の任務に就けば、かの悪名高き魔女と相対する場面もいずれ訪れることになるだろう。……彼奴の狙いは未だはっきりとは分からないが、事実、王子は魔女によって連れ去られた。かつてこの国を脅かした、悪しき魔の手先に」
老境の騎士の声が、重々しく響く。
「危険だ。真に、危険なのだ。ミディア、まだ年若き我が弟子よ」
歴戦の騎士アーバルが傷を負うような相手。伝説にも語られる不気味な魔王の手先。恐ろしくないと言えば嘘になる。
(でも……)
ミディアは口を引き結んだ。
危険は承知だった。確かにこの任務は、これまでになく危険なものだろう。それは分かる。
(でも、ニグレドはそれと比べ物にならないほど、もっとずっと危険な目に……)
ミディアは手の平を握りしめた。
(もう決めたの。ニグレドが危険な目に遭っているというのに、それを誰かが助けてくれるのをただじっと待っているだけなんて、そんなの、耐えられない)
ミディアは改めて、師の目をまっすぐに見つめ返した。
「承知の上です」
そしてもう一度、きっぱりと繰り返す。
「お師様、私も行きます。王子奪還の旅路へ」
そうしてミディアは口を固く引き結んだ。
(もう揺るがない。もう揺らがない。ニグレドを助ける。私ならきっとできる。だから、やらなくちゃ。それはきっと、私の役目だ。誰にも譲れない)
しばしの沈黙。時間が大層長く感じる。ミディアは師の言葉を固唾を飲んで待った。
どのくらいの時間が経っただろう。その銀の髭を蓄えた口が、ついに開かれた。
「……相分かった」
その言葉に、ミディアは目を輝かせた。
「お師様……!」
アーバルはうなずく。厳しい表情がフッと解け、誇らしげな微かな笑みが浮かんだ。
「足を止めさせてすまなかったな。お前の意志を聞いておきたかったのだ」
アーバルはぐいと顎を上げる。
「この後、すぐに出立だ。では、共に行くか、ミディアよ」
ミディアは高らかに声を上げた。
「はい、お師様!」




