招集と王命2
ミディアは息せき切って謁見バルコニーの大庭に駆け込んだ。
「ミディア! もう時間だぞ、今までどこに行って……!」
大庭に整然と並んだ騎士団員の列の後方、若い騎士トムが振り返り、目を見開いてひそひそと囁く。ミディアはその後ろ、自分の位置につくと大きく息をついた。
「よ、良かった、間に、合って……!」
その途端、ラッパの音が響き渡った。
若い騎士もミディアもサッと背筋を伸ばし、謁見のバルコニーを見つめた。
バルコニーの上には、重装備で身を固めた兵士たちが文字通り幾重もの壁となって立ち並んでいる。その奥で、大きな扉が重い音を立てて開け放たれた。
扉から最初に姿を現したのは騎士団長アーバル。アーバルは開け放たれた扉のすぐ横につき、その奥に立つ人物に深々と礼をした。
扉から足が踏み出される。その足先が一歩分、バルコニーの朝の光の中に出でた。
並み居る兵士たちのその中を、まるで海を割るようにして国王サムエルが姿を現す。
その険しい顔からは疲労のほどがうかがえるが、それを補って余りある、いやむしろだからこそよりいっそう、荒波を受けて威風堂々と立つ岸壁の岩肌のように、厳しく引き締まった、精悍なる威厳に満ちた面持ちだった。
自然と騎士団員たちの間から、拍手が湧き起こった。その静かながらも力強い幾重にも重なる音は、まるで潮騒のように王サムエルの体を包んだ。
バルコニー先頭。そこにすっくと立ちサムエルは片手を上げた。王家の紋章の刺繍が施された長マントが風にたなびく。辺りがシンと静まり返った。王の口が開かれる。
「騎士団諸君。昨日からの厳戒態勢、並びに本日早くからの招集、誠に御苦労である」
王からのねぎらいの言葉に騎士たちはワッと湧いた。王はうなずき、言葉を続けた。
「諸君らに集まってもらったのは、他でもない」
サムエル王は口を切り、息を吸う。
「……昨晩、王子が失踪した。かつてこの国に恐怖をもたらした、忌まわしき魔女の手によって、連れ去られたのだ」
(え……?)
大庭を埋め尽くさんばかりに立ち居並ぶ騎士たち。その列の最も後方、最奥にて。
それまで必死に整えようとしていたミディアの乱れた息が、ピタリと止まった。
(王子……、王子。……ニグレドが……?)
騎士たちは王の言葉に、思わず互いに顔を見合わせた。どよめきが大庭に広がる。しかしそのどよめきはサムエルが制するとすぐに静まった。
「魔女の姿は騎士団長アーバルによって確認された。逃したのは悔やまれるが……、しかし、失踪の原因が分かったことは称賛に値する。また、騎士団長の尽力により、かの魔女と相対した上で生還を果たせたと諸君らの上官から報告を受けている。実に頼もしく喜ばしいことだ。勇敢なる、ここにいる騎士団長と昨晩より城内にて治療を受けている諸君らの上官らには、敬意を」
サムエルが傍らのアーバルを指し示す。額の傷痕も生々しいアーバルは深々と頭を垂れた。
アーバルが身に着けた新たに王より授けられた鎧。その胸を飾る王国騎士団のエンブレムが朝日に輝く。
サムエルは言葉を続けた。
「さて、これは言うまでもなく国の一大事だ。城と城下の防備は衛兵に任せ、諸君ら王国騎士団には総出で王子捜索に当たることを命ずる。緊急事態ゆえに猶予はない。この後、訓練場にて騎士団長より指示を出し、それが出揃い次第、直ちに出立とする」
サムエル王はそこまで言って口を切った。やや言いよどむような気配。
「……後は、このことも諸君らの耳に入れておかねばなるまい……」
サムエルの顔、その褐色の瞳に憂いの影が差す。
「エナリア妃のことだ。目下、我が妻の元には魔導士スターズがついている。…………」
大庭は再びざわめきに包まれた。「良かった、やはりエナリア様は、ご無事で……」そんな声が、大庭のあちらこちらで囁かれた。
うつむくように首を傾げ、階下のその様子を無言で見つめるサムエル。顔に差した影を振り払うように、サムエルはぐいと顔を上げた。
「繰り返すが、これは国の一大事である。何としてでも悪しき魔女を排し王子を……、王子を、我が手元へ取り返すのだ!」
王の言葉に、騎士団員たちは各々拳を天に突き、勇ましい声を上げた。
「サムエル王、万歳!」
「悪しき魔女を倒せ!」
「王子を取り戻すぞ!」
一人、列の最後尾で青ざめるミディアを除いて。




