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第5話 こいつらはなんだ


 モンスター軍の首魁(しゅかい)が勇者に打倒され、長く続いた戦争が終わりを迎えた。それから一年ほど経った今では、世間のお祭り気分も落ち着きを見せている。

 

 世界でただ一人、俺を除いては。


「ぅーん...よく寝ました!」


 俺の家に、新しい声が響く。美しく細い手指で擦る目は、花吹雪舞うあの空のように蒼い瞳をしている。


 ただその、床の上に立つ姿は、腕を大きく上げて伸びをする姿は、ベッドから起き上がったその姿は、どうにも俺の眼には、水でにじんだようにぼやけて見えるのだった。


 起 き た !


 飲もうと入れた茶よりも熱いものが、両目からこみあげてくるのを腕で押さえる。くそったれ、何の涙だ。


 感情が管理外に行っている俺の頬がぺちぺち叩かれる。


「あなた、朝ご飯はまだですか?」


「よく起きてくれた.....。朝飯? なんか他に言うことあるだろ」


「ごはん...グスッ...ごはんん゛ん゛!!」


「分かったよ泣き止め。ってうぉあ! こら、腕をぶん回すと当たる!」


 絶望的な風切り音を出しながら(わめ)き散らしている。

 何だこの情緒は。こいつは何者なんだ。


 どうにか(なだ)めすかして朝食を用意した。ところが、行儀よく椅子に腰かけた少女が、膝に手を置いたまま何かを待っている。

 

「どうぞ、あなた。…どうしました?」


「こっちの台詞だよ。腹減ってるなら早く食うといい」


「はい、食べさせてください!」


 にこやかに言い切りやがった。


 俺は自分のフォークを置いて茶をすする。俺よ、落ち着け。

 そう、こいつは今までずっと寝ていたんだ。会話できるだけでも奇跡だと思え。


「食べ方を教えた方が良いか?」


「いいえ。これは言うなれば、そう、愛を確かめる行為です!!」


 会話できる自信もどんどん薄れてきた。


「さあ! さあさあさあ、私に愛を、素敵な愛をもっとください!」


「おい、何でこっち来るんだ」


 机を回り込むなり、俺の膝の上に乗ろうとしてきた。

 

 この馬鹿、絵面がまずいことになるだろ!


 小娘ごとき力で退けてくれる。

 と思ったが、何だこいつ、異常に力が強え!


「さあ、どうぞ?」


「これが終わったら話を聞かせてもらうぞ」


 俺に座った途端に沈まる小娘の謎を解く前に、飯を食わせながら様子を見る。


「あー…ん。――んん、味みがあります」


「せっかく起きてくれたのに、いつもと同じ食事で悪いな。食うのに厳しいもんとかあったら言えよ」


「ありません。ぜんぶ頂きます」


 拾ってすぐの幼女ならともかく、成長した少女を膝上で餌付けるのか。

 年を食った未婚のおっさんとしては、かなり抵抗があるな。


 食後、俺は新たに茶を入れ、ポットとカップを机に置いた。そして、改めて謎の少女と対話すべく、横側の辺に椅子を置いて斜めに対峙する。

 

 話を聞く場合、正面では威圧感を与えるため、角度を変えて座るのが良いらしい。領館の男から学んだ手口だ。


「俺はこの森の管理者であり、森の奥地で眠っていたお前を保護した。もう、十年も前の話になる」


「ご存じの通り、私は害意の王。あらゆる何かを破壊するために生まれたもの」


「今初めて存じあげたよ」


 窓の外を(あお)ぐと、白い花びらが雪のように舞い踊っている。生命に溢れる、いい季節だな。


 害意の王? 何なんだこいつは!


「ついつい寝坊してしまいましたが、幸せなまどろみをくれたあなたのために、私が破壊と害を!」


「そう言われても、お前が起きてくれただけで十分だからな」


 垣間見えるいかつい言動はなんだ、単純に何かぶっ壊したいのか。

 奇遇だな。この森には仕事に飢えたバーサーカーが良く来るんだ。


 平和な森にこうも続々と過剰戦力を配備して、俺にどうしろってんだよ!

 こういうときは、茶を飲んで気分を落ち着けるに限る。


 ポットに手を伸ばす俺の手に影がかかる。

 少女が一瞬で、俺の隣まで忍び寄って、窓からの光を(さえぎ)っていた。


 和やかな雰囲気を失い、害意の王は空間が歪むほどの威圧感を醸している。


「ならば、あなたは可愛がれますか? ――害意の王として生み出された私を」


「可愛がれるとも」


 俺も負けじと立ち上がり、両手を広げて語る。


「お前が害意の王として生まれていても、あるいは害意の神か何かだったとしても、俺にとってはほとんど同じだ。なぜならお前のこれからの行動次第で、素晴らしい未来は拓けるからだ」


 管理者の俺が十年も育ちをみておいて、「この世界を破壊します!」とか言われた日には、もう顔を覆うばかりになってしまう。


 今さら責任を放棄できるか!


「平和な世界には害意の王を忌避(きひ)する者も多いだろう。しかし、この森には俺がいる。困った時にはいつでも手を貸すぞ」


「―――感じます、あなたの愛を!」


「ぐわっ。手は貸すと言ったが、いきなり飛び込んでくると危ねえぞ」


 ぐりぐりと俺の胸に頭を埋めてきた少女は、続いて俺の肩の上から背中に腕を回し、俺の腰に足を絡めるようにしがみついてぶらさがり、耳元で甘い声を(ささや)く。


「ああ、幸せです。久しぶりのだっこです。将来の不安がぜんぶ無くなっていきます」


「将来がどうしたってんだ?」


「私をずっと可愛がってくださいね。あなた?」


「…っこら、耳を噛むな!」


 結局のところこのガキがなんなのか、あまりにも謎が多い。

 とりあえず、抱っこしたまま定位置のベッドに運び、横たえようと(ひざ)を屈める


「そうか。もう自分で立てるんだったな。まあいい、そろそろ離れような」


「添い寝してください。添い寝。ねえ、あなた?」


「お前、何歳になったと思ってる」


 寝そべったベッドを叩き、まさに王族のガキのような態度で森の珍品をご所望だ。

 俺が自分の腰を叩きながら常識を具申すると、例によって蒼い瞳が(うる)み始める。


「添い寝してくれたことないのに。うぅ…眠っていたって…感じるんですからね…。こんなことなら、いっそ、――を害の滅壊」


「なにはともあれ、添い寝して欲しいんなら、俺をその気にさせるこったな」


 禍々(まがまが)しい口調での物騒な発言に口を挟むと、少女は勢いよく状態を起こし、そのままベッドの横に置いていた本を掴む。


「そう! そうですよね! 私たちの物語は、これから私たちが記していくんですから」


 さっきと打って変わって、平和な輝きに満ちた目で本を抱きしめている。瞬間で切り替わる情緒は、そこらの魔導書よりも読みにくい。


 どうも、「害意の王」と「愛の姫」の、少なくとも2つの面がある印象だ。

 ガキ姫様の面が強いのは、女子ども向けの物語を聞かせ続けた睡眠学習の効果だろう。


 偶然は、準備をした者に微笑む。


 過去の取り組みを自画自賛していると、ドアベルが驚異的な勢いで鳴り響いた。


 ガンガラガンガンガララガンガラゴッドン...カラ...「あっ壊れた」


「何かを壊して害す私を差し置いて――」


「そんな顔してると、お前の記す物語が泣く子も黙る怪談になるぞ」


 ベッドを離れて、来訪した狂勇者と狂ドワーフを出迎える。


「ししょー! ベルが壊れちゃった~!」


「ドアが壊れなかったのは進歩だ」


「おはよう管理者さん。今日もモンスター退治は、元勇者のボクに任せてよ!」


 戦争を終結させた勇者が求めたもの。それは、さらなる外敵との戦いだった。


 しかし、平和な世界にバーサーカーの活躍の場があるかは疑わしい限りだ。


 疑念の通り、畑を荒らす野良モンスターやコソ泥を過剰な暴力でぶちのめしては、周辺環境に被害を出していたらしい。


 戦力を持て余した領館から、カネを出すから受け入れろと言われ、今は主に俺の管理下においている。


 なお、この話を聞いたのは突然襲来してきた勇者一行に暴れられた事後だったため、領館には大いにクレームを入れた。


「モンスターは2番の(ほこら)近辺に出現している。頼んだぞ」


「あれ、管理者さんはボクたちと来ないの?」


「別件でな。ちょうどさっき、ねぼすけが起きたところだ」


 十年越しの話し合いの途中なので、元勇者は自由にさせておく。

 三人揃うと管理が必須だが、一人は教会にて再教育中だ。二人ならばある程度は任せられる。


「やっと起きたんだ! あたし、おはようの挨拶してくるね!」


「ちょっと待…」


 ドワーフは俺が呼び止めるよりも早く、家の中に突入していった。

 そして、少女がドワーフと一緒に奥からドタドタ走り込んできた。


 おはようの挨拶だったんだよな? どうして一緒に出てくるんだ?


「あなたに仇なすモンスターに! 大いなる、破壊と害悪を」


「モンスターを討伐するのは、元勇者のボクの仕事だッ!」


「あたしが一番役に立つからね、ししょー!」


「常勝の私、かつてないマナの波動にびしっと推参!」


 畜生、教会に居るはずのシスターまで転移してくる始末だ。

 俺は自分の頬を叩いて気持ちを鼓舞した。


「沈まれ。これからこの森の問題を解決するぞ」


 やかましくなる前に全体の指揮を取りにかかる。


「この森に出現した大物のモンスターが問題だ。そして問題を管理するのは当然、この森の管理者である俺だ」


 まず問題を宣言し、問題の管理者を決定する。


「今はマナとオドの動きで状況を把握している。そして、解決のための現地作業において、お前らの協力が必要と判断した」


 情報の取得経路を確保し、協力者を募る。


 問題が大きい場合は、各地の状況を共有するための中央文書を用意し、領館、教会、ギルド、学園などと共有するが、小規模なら後回しだ。


 続いて、問題を管理する俺が、協力者の役割を決定する。


「お前らの役割を決める責務は、管理者である俺にある。今回のモンスター討伐は……、勇者パーティーにするか」


「むぅ、あなたぁー」


 勇者と聞いてむくれる少女の肩を叩く。


「お前は、連携は未経験だろ。俺と一緒に後ろで見学だ」


 玄関に常備してある外回り用の荷物を背負おうとした俺に荷重がかかった。

 おい、装備の重さと違うぞ。


「もう…、デートしたいならそう言ってください」


「その肝っ玉ならそのうち前線を任せられるよ、お前」


 (かぶ)さったガキ姫様のせいで背負えん荷物を見ると、女ドワーフが代わりに背負っていた。


「あたしが師匠の代わりにカバン持ってあげるよ」


「ありがとう。気が利くな」


「浮気ですか!?」


「違えよ、俺を何だと思ってる」


 独身の男になに言ってやがるんだこの小娘は。


 俺たちの謎のやり取りを凝視していた戦闘狂のシスターが、何かを思いついたようにぽんと手を叩く。


「私がおいちゃんをメロメロにすれば、姫ちゃんと戦闘が」


「お前はとても優秀だ。だから、手段はよぉーく厳選しろ」


「あ、あたしがししょ―と浮気、シスターがししょーを誘惑、あわ、あわわ、大変なことに~!?」


(たくま)しい想像力だな。違う未来が来るから安心しろ」


 ぽんこつではどうしても話が発散してしまう。


 協力者を求めてリーダーシップのある元勇者を振り返ると、両手で顔を隠し、指の隙間からちらちらと様子を伺っていた。


「だ、駄目だよ管理者さん…! 元勇者のボクにそんな、そんな…、背徳的な…」


「高い危機意識に加えて、常識も持つといいぞ」


 事を進める前の段階でコレとは、いまに俺の管理能力を超えてきそうだ。

 くそったれ、これまでとは全く異なる管理能力が問われるな。



 バーサーカー達の思考を落ち着け、2番の(ほこら)の近辺に移動してきた。


 元勇者一行は結界内でヨルムンガンドとかいう大蛇と戦っており、俺は少女と(ほこら)のそばで見物している。

 見物といっても早すぎて俺の視認能力を超えているので、結局はただの談笑だ。


「懐かしいな。お前を簡単に背負えた頃は、こうして連れてきたもんだ」


「私は、ゆめうつつでドラゴンを喚んだり、家を抜け出して(ほこら)にイタズラしちゃいました。でも、あなたは何も言わずに頭を撫でて許してくれましたよね」


 初耳だぞ!


 (ほこら)荒らしはドラゴンの時だけで、その後は警戒しても何もなかったので放置していた。まさか俺の管理の上を行かれていたとは。


「だから私は、この森に愛を感じるのです!」


「そりゃあ良かった。まあ、今となっては良い思い出だな」


 当時は泡を食ったものの、この森の管理手法を改善する大きな切っ掛けとなった出来事だ。


 こうして大物の戦闘風景を見ていると、かつての体験がありありと蘇ってくる。


 そう、ヘビとトカゲの違いはあれど、確かあんな感じで炸裂するマナの光を太陽と勘違いしたんだ。


 まさに間一髪で結界の再構築が間に合った前と違って、今日は余裕をもって見物できる。


 木に身体を預けてのんきに見ていると、横から手を引かれる。


「ねえあなた。祠は――破壊した」


「!?」


 ヨルムンガンドの光線で消し飛ぶ視界の片隅に。




 ボロボロに倒壊した祠が映った。




 ああ、後で直しておこう。




 大切な森の結界だ。




 俺はこの森の管理者だからな。


















「あなた、あなた。ねえ、あなた」


「悪い、ちょっとトんでたな。魔法は防げても余波だけでやられた」


 大ヘビが放った魔法の余波で焼かれた視界と聴覚がようやく回復してきた。


 もちろん、結界の破れ程度は瞬時に解決できる管理系統を構築してある。過剰戦力を抱えるこの森には当然の備えだ。


「祠を破壊したのに、どうして…」


「慣れてるんだよ。結界が破れて、それを修復するなんてのは、この森では毎日のように起こってるからな」


 モンスター軍が瓦解した今、改善を重ねた手法で管理している限り、トラブルの頻度はゼロに近いのは事実。


 しかし、どんなに頑張ってマナの循環やオドの循環を管理していても、ミスはするものだし、リスクはゼロに近いだけで、事故は必ず起こり得る。


 事前に対策を準備するのも重要だが、それ以上に重要なことがある。それは、準備した対策を予定通りに運用できるかどうか、そして、その結果本当にトラブルを解決できるかどうかだ。


 「前例がゼロのたどたどしい状況」について、事前に対策が構築されており、それが完璧に運用され、なおかつ用意した対策が予想通りに有効だった場合に、危機対応は成功する。


 普通に頑張っているだけでは限界を感じる話だ。


 そこで俺は発想を逆転し、意図的に危機的状況を発生させることにした。ボヤを本当に鎮火(ちんか)できるか試すために、自分でボヤを起こすようなものだ。


 この森を管理する俺が、あえてマナやオドの循環を止めたり結界を破ったりと障害を発生させる。これにより、障害対応の策がきちんと働くかを本番環境で少しずつ調べていった。


 その甲斐あって、今ではかなり大きな障害でも、自信をもって起こせるようになった。




 問題を解決するために計画的に問題を起こし続ける、これが現在の管理法だ。




 この森の結界についても、管理者である俺自身が日々破っていくことで、緊急時に対応できるかを確認、訓練している。


 本番に近付けるために、結界のどこかをランダムに破壊する魔法も開発した。学園の魔導士に開発依頼を出した時は狂人を見る目をされたが、俺自身の意表を突いた訓練も必要だからな。


 だから、完全に意表をつかれて(ほこら)を破壊された程度では、まだまだ楽勝ってわけだ。


「どんな障害があっても、この森を管理していく責務が俺にはある。お前が何かを破壊したり害したりでダメになるようなら、それまでの管理者だったということだ」


「あなたは本当に、――私を受け入れてくれるんですね」


「お前を受け入れる場所はいくつも見つけられるし、創り出すことができるだろう。見ろよ、世界はこんなにも広いんだ」


 腕を盛大に広げて、白い花が舞う大空を仰ぐ。


 そうだ、世界は考えているよりも広い。戦いの後に戦いを求めるバーサーカー衆や、何かを破壊するために生まれた害意の王がいるんだ。


 それらが俺の管理する森に集結するのは若干の狭さが……。いや、今は違うことを考えよう。


 そんなことより、ボロボロの(ほこら)の修復が先だ。



本文中の管理手法は《カオスエンジニアリング》です。

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