第2話 この職人はなんだ
どんだけ長い夢の中にいるんだ、このガキは。
「――そして、二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。終わり」
「んにゅぅ…」
いつまでも幸せそうに寝やがって。
少しは刺激になればと、朝から物語の読み聞かせなどやっている俺の身にもなってみろってんだ。
童話の写本を集めるだけで驚愕の目線にさらされる、良い年した独り身にな!
ベッドに横たわる幼女に掛布をかけなおして、朝の見回りの支度をしていると、玄関のドアがノックされた。
開けてみると、でかい行商鞄が目に入る。
目線を下に降ろすと、これまたガキ…違うな、女ドワーフが、息を切らせながらこちらを見上げていた。
「ふぃー、着いたついた。初めまして、なんか家具の話があるって」
「頼んでいた職人か? 昨日の今日で来るとはありがたい」
「商売は速力が命なんだってさ」
俺が寝る場所を取られているので、ちょうどベッドの発注を検討していた所だ。
ただし、わざわざ森まで来るような骨のある職人は少ない。ギルドに依頼した際には、過度な期待は禁物だと釘を刺されていた。
女の職人はかなり珍しいが、それで食っていけるだけの腕を持っていることだろう。やや薄汚れた身なりも、他が嫌がる森への営業に率先して来た根性の証として好感が持てる。
ドワーフの職人を招き入れ、用意していた図案を机に広げる。
「わぁ、綺麗な図面描くね。け、経験者だったり?」
「器用貧乏な便利屋をやってた名残だ」
図面と俺とをちらちら見る職人。
管理者に就く前は、街で色々な雑用をこなしていたので、いくつかの簡単な技術や知識が身についている。
「まずはベッドだけ、なるべく急いで作って欲しい。一通りの材料は用意して倉庫にぶち込んである。もし追加がいるなら言ってくれ」
「あの、結構うるさくなると思うけど、あの子は大丈夫?」
発注書の写しを片手に小さな手で指差す方には、幼女が俺のベッドで寝ている。
「大丈夫だ。できることならぜひ、起こしてくれて良いぞ」
「??」
首を傾げる職人に渡された発注書にサインする。
あとは、ベッド納品後に達成欄に記名すれば、ギルドに預けた金が渡るだろう。
作業を任せ、俺は森の朝回りに出かけた。
見回りから帰り、俺は膝から崩れ落ちた。
「何だ、これは…」
見ろ、眼前の部屋を!
大穴が空いた床を。むき出しになった基礎を。あまりにも散乱した加工道具を。山と積まれた木くずと木片の横にある、凄惨極まるベッドらしき何かを!
まさか、襲撃を受けたのか。
自らの頬を叩いて鼓舞し、改めて室内を概観する。
掛布をはだけさせてのんきに眠りこける幼女は、大丈夫だった。大きな破壊など日常だと言うかのような器のデカさだ。
一方、その横に座る女ドワーフが小さくなって膝に頭を埋めていた。
「おい、大丈夫か」
「……あ、う、うぇ、う゛ぇぇぇぇえん! うぁ゛んぇおあ゛ぃいぁ゛あいぃう゛ぁあ!!」
肩を叩いて上げさせた顔は涙にまみれており、何を言っているのか理解するのは難しい。
「まずは落ち着け。温かい茶でも入れよう」
仮にモンスターや悪党の襲撃であった場合、職人を危険にさらした俺の責任問題になる。
ここは機嫌をとってどうにか握りつぶす場面だ。
茶をしばきながら話を聞いてみると、ところがっどこい、襲撃の犯人はこの女ドワーフであることが発覚した。
何なんだよまったく。どんな馬鹿力を発揮したというんだ。
「家屋の建築経験は?」
「ありません…」
「なら、家具の作成経験は?」
「小さい棚なら…」
「成功した作品の数は?」
「1個も…」
どうやらこの女ドワーフ、「借金取りさん」に追われて困っていたらしい。そんな折にギルドで俺の出した依頼書を見つけ、急いでやってきたとのことだった。
どれくらい急いだかというと、昨日に商工を立ち上げてギルドに登録したほどだ。
未経験者歓迎、手数料は依頼人負担、至急求む、など書いたのは俺だが、よくもまあ勢いだけで挑戦しにきたな。
「なんてお詫びしたらいいかぁ~」
「そんなことより、本当に身体は大丈夫なんだな?」
「ぇ…うん」
「ならいい」
ズブの素人に仕事をさせて怪我をされたとなると、俺の管理者責任が問われるため厄介だ。
今回のように領館の仲介をはぶいた依頼では、俺の責任範囲がやたら広く設定されていやがるからな。くそ、いつか改定させてやる。
「壊れたのが床材の一部だけなら、修繕はたやすい。依頼は続行するぞ」
「え? ……いいの?」
潤んだ目で見上げてくる。俺はぬるくなった茶を口に流し込んでカップを机に置いた。
「これは俺のためだ。この森で依頼達成率が下がると、俺の他の依頼も受注されにくくなんだよ」
俺の管理する森は、うかつに入ると呪いを受けるなどの根拠薄弱な噂が定着しており、ただでさえ受注が渋い。
たかがベッドの作成に失敗したと報告されれば、また噂に尾ひれがつくに決まっている。
「まずは床の修繕から手伝っていけ。もしバツが悪いと思うなら、俺の出す依頼がいかに簡単で、受注する価値のあるものであったか広めてくれな」
「うん…うん! よろしくね、師匠!」
首を縦に振る若い女ドワーフ。
ただ、ドワーフが便利屋上がりの森の管理者を師匠と仰ぐのは、やめた方がいいだろう。
床の修繕が終わったあと、時間があったのでベッド枠の仮組みまで行っていた。
わくわくした目で見ている暇そうな女ドワーフにハンマーと釘を渡す。
「そこに釘を打ってみろ。まっすぐな」
「う、うん。まっすぐ、まっすぐ…」
「おい待て」
「へ?」
モンスターの頭を粉砕するかのごとく振り上げている腕を掴んで止める。何をやっとるんだこのドワーフは。
「やる気があるのは良いことだ。でもな、これくらいでコンとやりゃあいいんだよ」
「なるほどね~。コン、と。できた!!」
確かに良くできたな。たったの一打で釘がゴスン、と最後まで入ったことを受け入れられば。
やはりドワーフとはいえ強すぎる。この力は、ベッドの組み立てとは別の仕事で発揮されるべきだ。
「作業を中断しよう。依頼したい別の仕事ができた」
倉庫に行き、物々しい雰囲気の戦槌を見せる。
「これはこの拠点に古くからある戦槌だ。極めて重くかさばるが、動かすことさえ俺には難しい」
「もしかして依頼って、これ?」
「もし運べるのであれば、報酬を約束しよう」
「やったー! よいしょっと、何処に持ってけばいいの?」
頭がクラクラしてくる。
まさかこれを、片手で軽々と持ち上げてみせるとは。そこらの腕自慢ドワーフではピクリと動かすのにも難儀する重量物だぞ。
商工なんかやってる場合か、お前。
こうなれば仮組み中のベッド枠は完全に放置だ。
ドワーフと俺、それから俺の背中でよだれを垂らして寝コケる幼女は、森の中に進んできた。
「これはかつて森に出現したドラゴンスライムの残骸とされている」
「わー、おっきいねぇ!」
俺の家と同等の大きさの忌々しい塊だ。
剛鋼よりも遥かに硬いその表面にバシンと平手を打ち付ける。
「これをその戦槌でもって、全力で砕いてみろ。成功の暁にはさっき聞いたお前の借金の全て、俺が報酬で支払ってやろう」
「ほんと!? …ぁ、でもあたし、いつも何か壊して怒られるし、このハンマーだって壊れちゃうかも…」
「俺はこの森の管理者であり、全責任は俺が取る。恐れを越え、存分に全力をふるえ」
前方にそびえるゴミは、森の管理上とても、とても重要な場所に、邪魔くさく鎮座している。
いつの時代のものかさえ確定困難で、調査してもとにかく硬くて重い以外のことは謎に埋もれたままだ。
排除できるのであれば、意外な額に膨れ上がっていたコイツの借金を立て替えたとしてもおつりが来る。
また、女ドワーフの剛力により、目覚ましい衝撃が生まれることにも俺は期待している。目覚ましい衝撃で、背中のねぼすけが起きる可能性に。
試す価値はある。
「いいか、全力だ。全身全霊の力を振り絞り、未来を拓け」
「全力、全力で....」
ぶつぶつと呟きながら、自分より遥かに大きい戦槌を素振りする姿にはかなり狂気を感じる。
「良い感じだ。今までの怒りや憤りを全部込めろ! 後のことは気にするな!」
「怒りを、いきどおりを、全部、ぜんりょくで」
ぶん回すごとに風を斬る音が徐々に激しくなっていき、やがては離れた俺の前髪まで揺れ始めた。大丈夫か、本当にこれ。
「ふざけやがって...あたし...あたしが...」
戦槌の先端速度は常軌を逸し、頭の部分が赤熱しているのが見える。地面を捉える両足の周りは、既にむき出しの大地が顔を出していた。
「全力、全力、ぜんりょくでええええ!!!!!」
圧倒的声量の咆哮と共に身体ごと回転する。それは横方向から始まり、徐々に縦方向の力が加わっていった。
「うあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
やがて、白熱した豪風と化した戦槌は、ドラゴンスライムの残骸へ、壊滅的破壊の力を解放した。
何かに腕を引かれている。
「……ょー……師匠ってば!!」
「―――はっ、一体どうなった!?」
「まったく、なに呆けてんの。ほら、ちゃんと砕けたよ!」
満面の笑みで広げる小さな手に、小石が乗っている。
………砕けた?
残響する耳鳴りをシカトし、迸った閃光で焼かれた目を擦ると、巨大な残骸は完全に瓦解していた。
「なんと…」
「えへへ、お役に立てたかな?」
「ありがとう。この一言に尽きる」
夢でも見ているかのような非常識な光景に、背中の子どもを落としそうになる。
そうだ、そういえば起きたか?
「…すぅ…」
「これでも寝続けるか。大した肝だぜ」
一応の回復魔法をかけた後、俺たちは家に戻った。
本日の殊勲者に夕食を振る舞う。
「その子、寝ながら食べるの?」
「…あむぁむ…んん…」
「しかも、断食させるとぐずって煩い」
俺も日課の餌やりをこなしつつ、話を進める。
「どう考えても金稼ぐ道が他にあったろう。運送屋とかハンターとか」
「荷物壊してクビになっちゃったし、戦うのは怖いもん。あたしドワーフだから、あとは大工くらいしか」
さっきまでバーサーカーの形相をしていた女が、こんな弱気だとはな。
「あの戦槌やるから、持ってギルドに行くといい。そうすりゃ何かしら仕事貰えるだろ」
「え、だって、昔からある大切なものなんじゃあ…」
「ただの排除体積だ。邪魔なんだよ、倉庫にあんなデカブツがあっても」
ドラゴンスライムの残骸が排斥されたことで、森の管理に改善の見込みが立ってきた。集めたい準備物資はたくさんあり、俺一人では移動も困難な重量物などは真っ先に捨てたい。
今後の景気づけに気分よくワインを煽ると、上気した顔のドワーフと目が合った。
「どうした。顔が赤いが、もしかして、酒より他のが良かったか?」
「ち、違うよ。なんか、夢みたいだなあって。たまたまだったけど、依頼主が師匠で良かったなあって」
「俺を評価するのはお門が違うな。もしお前が成功したというのなら――」
俺は成功に酔うドワーフに口を挟む。
「それは追い込まれた中で俺の依頼を選択したお前の意志、準備し行動したお前の努力がもたらしたものだ。勝手に俺になすりつけてられては困るぞ」
もちろん、こいつの功績とは別に、俺の功績もある。
このドワーフは上辺のみ評価すれば、ベッドを作る代わりに部屋を破壊する迷惑な職人だ。しかし俺は、このドワーフ自身の適性を冷静に見極めた。
その類まれな腕力に目を付けた俺の洞察力、倉庫の戦槌の存在を瞬時に関連付けた記憶力、そして即座に行動に起こした決断力が、巨大ゴミの排除という成功を導いたといえる。
チャンスは、周到に準備したものにこそ掴めるものだ。
「依頼の代金、この夕食、それとあの戦槌は俺からの正当な報酬であり、それらは自身で勝ち取ったものだろう。誇れよ」
「…し…ししょ~! あたし、あ゛たし、こんな゛に優じくされたの゛はじめでで~」
「ええい、泣き止め! 離れろ! 俺は結果に厳しいと言ってんだよ!」
いきなりテーブル越しに飛び込んできたからぐちゃぐちゃだ。くそ、やっぱり酒に弱かったな、こいつ。
「…すぅ…すぅ」
そしてこのバタバタの中で穏やかに寝てるこの幼女は一体何なんなのか。
一人だけ進展がゼロだ。
本文中の管理手法は《現場巡回》です




