いじめの映像の外
注意!
この作品は、いじめの描写など、過激な内容が含まれています。そういうのが嫌いな方は、読まないほうがいいです。
あなたには、一対三のいじめの現場が映っている。
放課後、小学校の校舎の裏で、ランドセルを背負った黒い長髪の女子が壁に押しつけられていた。
彼女の右手と左手は、それぞれ別の女子に拘束されており、逃げることが出来ない。
「お願いやめてぇ……っ」
いじめられている女子の願い。
涙目をもってしても、いじめっ子達には一切届かなかった。
彼女の真ん前では、このいじめの主犯格が立つ。
「あのさぁ、ウザいから黙ってなよ」
リーダー格の女子が脅すように言うと、いじめの標的にされている女子は黙り込んでしまう。
言葉は時に無力であり、暴力的でもある。
リーダー格は、いじめられる女子のスカートをつかんではめくった。白い下着に、油性マジックでいたずら書きを始める。
いじめられる女子はやめさせようとした。
防衛本能からリーダー格を蹴ろうとすると、太ももをつねられた。
痛みが走り、睨んだ目で無言で見上げられる。
彼女は抵抗を諦めた。
リーダー格は落書きを終えると、向かって左側の女子と役割を代わる。左の女子にも落書きをさせ、右の女子も同じことをおこなった。
乱暴にめくられていたスカートが、めくられなくなる。
いじめっ子達三人は下品に笑いながらその場を去ってゆく。
今日のいじめは終わった。
喜ばしいことなのに、全く喜びはない。
残された女子はその場で佇み続ける……。
彼女を、終始目撃している男子がいた。
この男子は、いじめられていた女子に好意を寄せていた。それに、以前から彼女がいじめを受けているんじゃないかという疑念も抱いていた。
今回、教室から女子三人に連れて行かれるところを見かけて、後をつけて来た。
そうして、いじめの現場に遭遇してしまった。
女子三人の姿が完全に見えなくなってから、隠れていた男子は女子のもとに駆け寄る。
彼女はただ泣いていた。
「……何か、されてたよな?」
「うん……」
男子に聞かれた女子は、スカートをめくり上げる。
「あいつら、こんなひどいことを……」
女子の下着には、誹謗中傷の文字が並ぶ。
左から右へと汚い文字で、
『キモ い 』
『バカ 』
『し ね』
『 ブ ス』
『 うざ い』
と、汚い言葉が書かれていた。
下着から太ももへと、インクがはみ出ている部分もあった。
男子は後悔する。
こんなことをされてしまう前に、止めに入るべきだった。
だが、止めに入れなかった。
勇気を出せなかった。
自分自身を、男子は呪った。
その後、男子は女子に付き添って下校した。この時に気の利いた声を掛けることは出来なかった。
■
帰宅した女子は、自室に入り次第、ドアをすぐに閉めた。急いで下着を穿き替える。落書きをされた下着は机の引き出しの奥に隠した。
今まで何度も嫌がらせを受けていたが、こんなことをされたのは初めてだ。
また同じことを、次の日も次の日も繰り返されたら、どうしよう……。
彼女の心は荒む。
それでも、家族の前では、平常をどうにか装った。
装う以外の道を考えられなかった。
そんな、辛そうな女子の姿を見ているあなたへ。
まず、現状を把握してもらいたい。
彼女は、おとなしい性格だ。
それに、同じ小学校高学年の中では、胸部がかなり発育している。
女子は胸を自慢するどころか、むしろ大きくて嫌に思っていたのに、クラスの生徒、特に男子から、必要以上の視線を浴びせられていた。
いじめっ子のあのリーダーは、注目されている女子のことが気に入らなかったらしい。
最初はわざと無視されるぐらいの嫌がらせが、だんだんと激しくなっていった。
毎日、どんなひどいことをされるか分からない。女子にはそれが不安で堪らなかった。
明日、学校に行きたくない。
これが彼女の本心だ。
だけど。
学校に行かなかったら、――もし、学校に行きたくないなんて言ったら。
両親になんて言葉を返されるだろう?
分からない。
仮病だと責められるのも嫌だ。
怖い。
だから。
明日も学校に行かないといけない。
女子はその選択肢しか選べないでいた。
■
あなたには翌日の世界が映る。
同じ小学校の放課後。同じ場所。同じ手口。
昨日のいじめが楽しかったのか、リーダー格の女子はまたマジックを取り出していた。いじめられる女子は今日も、二人の取りまきに拘束されている。
恐れる女子に、いやらしく笑う女子グループ。
――ここで男子が飛び出した。
「ちょっといいか?」
男子の声かけにリーダーの女子は一瞬怯んだものの、すぐさま態度を強くする。
「なに? 邪魔しないでくれる? あっち行っててよ」
「お前らこそ、あっちに行ってろよ。俺はこいつに用があるんだ」
「はあ? ウザいんだけど」
上から目線のリーダー格の女子は、男子にとっても苦手だった。男子でも脅威に感じてしまうぐらいの鋭さを、リーダー格の女子は持っている。
男子はどうにかして、強者であろうとした。
それだけじゃない。
男子は、悪者になる覚悟も持っていた。
女子グループだけでなく、いじめられている女子に対しても。
「おい、見てみろよ、こいつの胸。クラスの男どもは全員見ているだけだが、俺はずっと疑問に思っていたんだ。こんなでっかいモノを独占出来たら、どんなに楽しいかってな」
「はぁ?」
リーダーの声は、呆れ声に近かった。取り巻き二人も、不審な視線を男子に送っている。
男子はいじめられる女子に心の中で謝って、作戦を決行する。左右を拘束される女子の前で両手を出し、――彼女の巨大な胸部をグリグリと押し始めた!
「すっげえぞおおおおおおおおっ! うっひゃああああああああッ!」
大声で男子は叫びながら巨乳を激しく回す。
これに驚いた二人の取り巻きは、思わず女子の腕を開放してしまった。
「なっ、何してんのよッ!」
リーダー格が男子へと非難の声を上げた。こんな女子でもまだ良心は残っていたらしい。
「見りゃ分かるだろよぉ~っ! こんなにおっきいもんがあるんだから、こーするしかねーだろ!」
相手に唾が飛ぶのも気にしない大声で、男子は言葉を返す。両手の動きは決して止めないし、気持ち悪い笑みを向け続けるのも忘れない。
「それともお前のもやらしてくれんのかぁ~っ! いい形してんじゃねーかぁ!」
酔ってもいないのに酔っ払いのような声で男子は続ける。
「ふっ、ふざけないでっ!」
「じゃあこっちのを独占してたっていいだろよぉ~っ!」
「勝手にすればッ!」
リーダー格の女子は逃げるように去って行き、取り巻きの二人も彼女の後を追った。
いじめっ子達が完全にいなくなったのを確認すると、男子は女子の胸部に触れるのをやめた。
涙を浮かべていた女子のほうは、びっくりして声も出せない様子だった。
一方で男子のほうは、先ほどとは別人のように、冷静だ。
いや、先ほどの女子の胸部をいじくり回している時こそが、別人のようだったのだ。
「すまんっ! ひどいことをして! でも、こうするしか思いつかなかったんだ!」
男子は思いっ切り頭を下げて謝罪した。
「う、うん……、助けてくれてありが」
「――まだ助けたわけじゃない」
女子の感謝を男子は遮った。
「あいつらがお前をいじめなくなるまでは、俺はずっと巨乳好きの変態になるつもりだ。もう少しの間、我慢してほしい」
「どうして……? 他の方法はなかったの?」
胸部を両手で防御しながら女子は聞く。
「あいつら、特にリーダーのあいつは、お前の胸に嫉妬してるみたいだったから、胸が大きくてもいいことなんかないんだぞって教えてやりたかった」
「……お胸、大きいのは嫌なの?」
「いや、そうじゃなくてな……、俺は……お前のことが好きだ」
男子の告白になってしまった。
女子はすぐさま頬を紅潮させる。
「昨日、お前はキモいとかって落書きされてたけど、俺はお前のこと、キモくないと思う。だから、俺はあいつらが許せない」
「……ありがとう」
「いや、俺だってお前の胸をいじくり回した悪者だぞ」
「でも……落書きよりは嫌じゃないの。また落書きされずに済んで、本当に良かった……」
女子は心の底からほっとしている様子だった。
「もうあいつらにいじめをさせたりしない。それに、俺がもっとキモい変態になれば、あいつらもそのうちお前のことを気にしなくなるだろ」
「そうだと、嬉しいな……」
「ああ」
この男子には、決意があった。好きな女子のためにあの女子グループと対立した以上、後には引けない。明日からは奴らとの戦いになる。そう思いつつ、
「じゃあ、そろそろ帰ろうぜ」
男子は女子に言った。
「うん」
二人は昨日と同じように下校した。
昨日と違うのは、女子には希望が生まれていたということだ。
女子は、男子が少しぶっきらぼうでも、それ以上に紳士的であることを知っている。
■
あなたが見る翌日の朝の教室。
いじめっ子達がまた女子に絡もうとしたものの、すぐに男子が妨害に入った。
「おいおい、昨日は俺が独占していいって、お前も許可出してたじゃん」
「なんなのアンタ。そいつのことが好きなの?」
「ああ大好きだよぉ! 今日もコイツの胸をモミモミしてやるぜぇ~っ!」
男子は気持ち悪い顔で気持ち悪く両手を動かした。
瞬く間に、変態の存在がクラス全体へと拡散される。
授業が始まる前から不快なものを見た女子グループは、この日、女子に手を出すことはなかった。正確に言えば、変態的な男子がことごとく邪魔をしたからだ。
次の日も、その次の日も、男子は女子を放っておいたりはしなかった。
次第に、いじめをしていた女子達は標的の女子に興味を失い、彼女をいじめることはなくなった。
辛抱強く気持ち悪い変態を演じ、女子を守った。男子の勝利が、ついに確定したのである。
やがて彼らは中学、高校と進学し、いじめられていた女子は、いじめっ子達とは別の高校に通うことになった。
あなたはもう、安心していい。今ではもう、彼女は誰からもいじめられていない。
そして、男子も女子と同じ高校に入学した。二人は彼氏彼女として、つき合うようにもなっていた。
■
高校生になった女子は現在、紺色のブレザーの制服で身を包み、長い髪は後ろで一本の三つ編みにしている。
彼女は本日、クラス内で噂を耳にしてしまった。隣のクラスにいる彼氏が、同級生で一番の美人と評される女子に告白された、と。
このことが原因で、女子は内心穏やかではなかった。
クラスの机で着席している女子は、自身の胸部を見下ろす。
中学時をピークに、胸部の成長はなだらかになり、今では同級生で上位五人に入るかどうかぐらいのサイズに収まっている。
彼女を上回る巨乳の持ち主の一人が、同じクラスの美人女子だった。
自分では敵わない。
彼女はいじめから救ってもらった恩があるからこそ、彼と別れることになったとしても、彼の新しい恋を祝福しようと考える。
自分には彼を愛することは出来ても、彼の決断を拒むなんて、出来るわけがなかった。
放課後になると、女子にとっては予想外にも、彼がいつも通りに接してくる。
「……今日、告白されたんじゃないの?」
本日最大の話題を女子から切り出した。
「なんで知ってんだ?」
「ええと……みんながそんな噂をしてて……。それで、返事はちゃんと返したの?」
「いや、断るに決まってんだろ。お前がいるんだから」
男子の即答が女子の思考を混乱させる。
「えっ、でも、あの子のほうが私なんかよりもずっと綺麗だし、輝いているし……。私に遠慮しなくてもいいのに」
「――前にも言ったけどさ、俺はお前のことが好きなんだよ。確かにあいつと比べたら美人じゃないかもしんねーけど、お前の一歩引いた感じがかわいいって思うし、やっぱ一緒にいて安心するんだよ。高校受かったのも、お前が勉強を見てくれたからだし。だから、すごく感謝してる」
「感謝しているのは、私のほうだから――っ」
女子は男子に正面から抱きついた。大きめな胸部が潰れて当たる。
小学生の頃は、男子のほうが少し高かったぐらいの背丈。今ではだいぶ差がついた。女子の胸部は男子のおなかぐらいにぶつかっている。
「……ありがとう」
くっついたまま女子はつぶやいた。
それから、しばらくして。
「久し振りに、そこ、触ってもいいか?」
男子は女子の胸部を見ながら言った。
「うん。いいよ」
女子から了解を得た男子は、恥ずかしげに……胸部をつかんだ。あの、小学生だった頃のように。
結局のところ、男子は女子の胸部を思いっ切りかき回したのは、最初の時ぐらいだ。いじめがなくなってからは、こういうことをやってはいない。
少し胸部をいじくった後、男子は両手を不器用に離した。
「……小学校ん時は、子供だったんだな。今やるとすっげードキドキするよ。……あの時はすまん」
「ううん、謝らないで。今の私にとっては、助けてもらった良い思い出なんだから」
真っ赤になる女子を見て、男子は彼女のことをかわいいな、と、純粋に思っていた。
■
あなたに映る光景も、これで最後になる。
女子の部屋の中だ。
帰宅した彼女は鞄を置いた後、机の引き出しの中から、昔の下着を取り出した。いじめられていた時に落書きがされた、あの下着だった。
女子は、小学生の頃を思い出す。
男子に胸を揉まれて下校した日、女子は彼をこの部屋に招き、助けてもらったお礼にお菓子を出した。
正直に言えば、女子は男子に自分の気にしている部分をめちゃくちゃなぐらいにいじられて、衝撃を受けた。やめてほしい気持ちも確かにあった。
けれど、二度と穿けなくなる下着を増やすことのほうがもっと嫌だった。だから、せめてものお礼がしたかったのだ。
あの日、彼はこんなことを聞いてきた。
「昨日の落書きされたやつ、どうしてるんだ?」
「しまってあるけど……。もしかして、……ほしいの?」
「そんなんじゃねえよ。ちょっと出してくれないか?」
「うん、いいけど……」
女子が引き出しからそれを出すと、男子のほうはランドセルから黒のマジックを出していた。
「こんなんじゃもう、はけないよな。悪いけど、俺も書かせてもらうぞ」
「えっ……」
男子はまず、中央に書かれた『し ね』にバツをつける。その左右の『バカ 』と『 ブ ス』にもバツをつけた。
右端は『 うざ ×くない』に変える。
左端の『キモ い 』は、下に『なんて言わせない』と付け足した。
それから男子は女子に下着を差し出す。
「これでいいだろ。明日からは絶対、俺がお前を守るからな」
この時の彼が、女子にはすごく格好良く見えた。
今になって思うと、下着に上書きした男子に恋したのは、かなり恥ずかしい。
頬を染めながら女子は思う。
どうして彼は、下着に上書きをしようと思ったのか。
どうして、いたずら書きをした自分の下着を、ためらいなく彼に渡したのか。
小学生だった自分達の思考が、今となっては大胆に思えてならない。
けれども、男子の行動は間違いなく、女子に希望を与えた。
もう穿けなくなってしまった下着。
この下着もまた、彼女の生きる原動力の一つになった。
未だに、眺めていると嬉しくなってしまう自分がいる。
「……私はあなたに、一生を尽くして恩返しをします」
女子は両手で持った下着を見つめながら、静かにつぶやいた。こんなことをするのも変だと理解しつつ、彼へと感謝する。
あの時からずっと助け続けてくれた彼のお陰で、女子は救われた。
いじめられていた少女は、恋する少女へ。
彼女はきっと、男子を幸せへと導き続けるだろう。
お互いのことを想い合い、愛し合う。
女子は下着を丁重に机へと納めた。
明日も彼に会えるのを楽しみにしながら。
(終わり)
タイトルの『いじめの映像の外』の『外』は、作品の内容とは関係ありません。この作品の外のこと、つまり、観ていたあなたが暮らす現実世界でのいじめ、を指しています。あなたの身近なところで、いじめはありませんか? 今回は、残酷ないじめがなくなってほしいという思いで、内容外のタイトルをつけています。映像、としたのは、本作がフィクションだという印象を強めるためでした。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。また、酷い内容の作品を読ませてしまい、すみませんでした。あなたがいじめをなくしたい意識をより強く持って下さったら、ありがたいです。