【短編版】前世、皇帝に断罪された偽皇妃ですが、本物の皇妃に呪われた陛下に会いに行きます
光が見えた。
生命の光、始原の輝きのそれは柔らかく、そして温かい。
ひたすら地の底を這うようにして、必死に出口を目指した。
ようやくその深い深い闇の中から這い出た時、わたしの目には夜の闇と人工の灯りが飛び込んできた。
いまは何時? あれから何時間経過した?
確認するように友人を見て、言いようのない安堵を覚えた。
死にたい、死にたい。
そう思っていた自分が生きることにこんなにもどん欲になるなんて、思いもしなかった。
この思い――死にたくないというこれは、嘘じゃない。
呪われた運命から解放されたいま、ようやくわたしは自由を得ることができた気がする。
支配されることのむなしさ。
ただ黙って従い続けることの地獄の日々が、わたしを死なせてくれと叫んでいたのに。
あれほど終わりを望んだこの心が、本心ではそれを望んでいなかったなんて。
己の身勝手さに、どこまでも呆れてしまう。
無慈悲な殺りくを繰り返す悪夢のような現実は、これで終わりを告げたのた。
なら、やることは一つだけ。
「戻らなくちゃ。断罪を命じた陛下の元に‥‥‥」
うなづく彼女と共に、わたしたちは歩き出す。
わたし、アージェスの新しい人生はこうして始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昨日、夕刻のことだ。
わたしは断罪された。
「皇妃ティアス。後宮で十数人のうら若い女たちを殺したその罪、認めるか? 被害者たちの死体を利用して邪悪な化け物を呼び出し、帝国の象徴たる聖剣を折ろうとした罪。ならびに、現皇妃リーシェ様を殺害することを企てた罪を認めるか? どうだ? 魔女と呼ばれるにふさわしい行いだな、ティアス?」
「‥‥‥」
「無言の沈黙は肯定とみなす。これより皇妃の位をはく奪し、その身は魔女として断首されるであろう。言い残すことはなにもないか?」
言えるはずがない。
何も言えないようにされたのだから。
そう、この処刑場に来るまでの道のりもそうだし、扱いもそう。
とても悲惨なものだった。
「さあ、参りましょう、皇妃様」
重めかしい鋼鉄の格子戸が、ギイイイイッ、なんてきしみがら開かれた。
数人の近衛衛士が見守る中にわたしは首と両手足につながれた鎖を引きずりながら、ゆっくりと連れ出される。
丁寧なようで一瞬の心の甘えをゆるさないその態度は、まさしく罪人に向けられたものだった。
「皇妃様、どうぞこちらに」
しゃべることは許されない。罪人に沈黙は美徳とされているからだ。
もっとも、昨夜の皇族の罪人がされる儀式という名の拷問で舌を抜かれているから、そんな罪を犯す心配もないのだけど。
わたしは、パクパクと声にならない声を上げながら、その案内に従った。
続く衛士は数を増し、地下にある牢獄から地上までの長い道のりを、等間隔に廊下の端と端に並んで立ちわたしとその後ろに続く侍女や大臣たちを監視している。
誰もが純白の礼装に着飾り、悲しみを現す黒い帽子を被っていた。
それは私の前を歩く、案内役の衛士もそうだし、後に続く十数人の侍女や大臣たちもそうだ。誰もがみんな、粛々と歩き、狭い廊下の中に私の足かせにつながった鎖のジャラジャラとなる音と、みんなの靴がかなでるどす黒く、重苦しいハーモニーが響いていた。
楕円を描く廊下の曲がり角をいくつも曲がり、数十段の階段を擦り切れた足首の痛みを我慢して上がる。
衛士たちは誰も手を貸してくれない。
何度か足がもつれてバランスを崩し、床に倒れこみそうになる。
そんな時でも、二本の鎖の端を持つかれらが遠慮なくそれを引き揚げるだけだ。わたしの喉はしまり、それだけで窒息しそうになる。でも、歩みを止めることは許されない。
これはこの国の国母として、犯した罪をつぐなうための行軍だから。
例え舌を抜かれても、この首を落とされても文句はない。
それが、わたしの望みだから――。
上を見上げると青空から茜色に変わりそうな西側の空が目に入った。
そろそろ、良い時間ね。
心でそう呟いた。この場所とは真反対にある港からあの子たちが乗る船が出るはずだ。
これでいい。これでいいのだ。
たった一人の愛したひとのために、わたしの命が役立つのだから。
でも不思議と悔いはなかった。今頃、あの二人はどこにいるだろうか。この真夏の空の下で、同じ夕焼けを見ているはず。その行く先に、本当の幸せがあることをわたしは静かに祈らずにはいられなかった。
「では、陛下‥‥‥かつて愛されましたこの魔女に、なにか慈悲のお声掛けを」
裁判官が皇帝陛下にそう願い出る。
イリュスキー皇帝陛下。わたしの最愛の人。
でも、愛は覚めてしまっていたみたい‥‥‥彼が、わたしに語り掛ける言葉はなかった。
その顔を見下ろすこともけだるいように、彼はわたしには愛想が尽き果てたと言い、軽く片手を振った。
隣に座る新たな皇妃、リーシェは意地悪く微笑んでいる。まあ‥‥‥いいのだ。
すべてが終わった時に後悔するのは、かれらなのだから。
「陛下の御裁可も出たことだ。その首級は忌まわしき胴体と離れたのちに、帝城の門前で半年間さらされる。市民は正しき裁判が行われたことを知るだろう。首切り役人!」
「はっ‥‥‥!」
陰のある顔がわたしの目に映る。
悲しみと後悔の入り混じったような、そんな辛そうな顔をする彼女――ラナ・クレイトン女公爵。
隣国の王国で貴族専門の首切り役と知られた、凄腕だと評判の女剣士。数多くの貴族の名誉をまもるために振るわれてきたその慈悲の刃は、帝国皇妃たるわたしの首をはねるのにふさわしいものだった。
「どうされた? 女公爵殿? 同じ同性の首をはねるのは遠慮が生まれるものなのか?」
「‥‥‥いいえ、陛下。そのようなことはありません、ただ‥‥‥」
「ただ、何かな?」
女公爵はふっと小さく息を吐くと、わたしを見やりそして剣をゆっくりと引き抜いた。
「あまりにも年齢が近いようなので、つい、なんと愚かな魔女なのか、とそう思ってしまいました。後宮で十数人の少女たちを殺した悪鬼。その血肉を利用して邪悪な化け物を呼び出し‥‥‥皇妃リーシェ様を殺害することを企てた、稀代の悪女。どのような顔かと、ついつい見入ってしまっただけです」
「そうか。ま、そんな顔だ。いま限りでこの眼に納めるのも終わるというもの」
早くやれ、そうイリュスキーは女公爵に命じていた。それを見て、ようやくこの長い長い命にも。
呪われた運命からも解放される‥‥‥ありがとう、ラナ。
わたしは彼女にそう感謝を捧げていた。あなたのその腕前なら。この身を断ち切ることができるはず。
そして、昇り始めた銀の月と、太陽の眩しい光をその刀身に受けながら、鈍い銀光が薄暗い闇を断ち切ったことだろう。わたしは、墨色のうねるような暗黒の大海に、その意識を投げだしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それからしばらく後のことだ。わたしは聞き覚えのある声によって意識を連れ戻されていた。
「ねえ、そろそろいいわよ? いつまで寝ているつもりなの聖剣さん??」
その声はわたしの首をはねた、あの首切り役の女公爵のものだった。
視界がにぶく光を受け入れる‥‥‥生還した? そんな思いが、心に安堵の声を上げさせていた。
「まさか、助かったの!??」
「多分? もう夜よ、そろそろ起きなさいな。断罪された聖剣様?」
「‥‥‥ええ、本当ね。もうこんなに月が高い‥‥‥」
「しゃべれるんだ? 驚きね。舌を抜かれて泣き叫んだって、獄中の管理役からは聞いたけど??」
「‥‥‥うるさいわよ、肉体を持った痛みがあんなにひどいなんて。初めてだったもの‥‥‥」
「ふうん、その剣齢というか、聖剣として作られてから数千年? もっとなの? そんなに長く生きていながら、まだ肉体を持ったことが無かったなんて。変な聖剣‥‥‥違うか、神剣かもね?」
失った部位の再生もできるんだ。便利ねー。と女公爵――ラナは感心していた。
そんなに嫌味を言うことはないだろうと、わたしはぼやいてしまう。あの子たちの願いを叶えるために、こんなことまでして、しかも、一度はへし折られてしまったのだから。
「うるさいわよ、あなた‥‥‥」
「聖剣が魔族の血を吸って自我に目覚めたって伝説は聞いた事があったけど。
今更ながら、それを目の当たりにするなんて。貴重な体験をした気分。自由自在に意思をもって動き回るだけでなく、叩きおられても生き返る。聖剣というより神の剣ね」
そう言いながら、自分の剣が折れなくてよかったとぼやくラナ。当たり前だ。首をはねられた時、わたしは肉体を持ち、しかも弱い人間のそれは大した抵抗もできないようにしていたのだから‥‥‥
「痛かった‥‥‥」
「お疲れ様、聖剣アージェスさん。
そうねえ、人の形をもった聖剣が初めて受けた洗礼が、断首刑なんて笑えないけど、いいんじゃない? 人助けになったし」
「ひどい人ね、ラナは。死ぬってのがどんな感覚か、よく理解できたわ‥‥‥」
剣が死ぬなんて概念に目覚めるなんて、これは傑作だわ! そう言い、ラナはここがどこの宿屋か、それともまだ帝城の中の一室なのか判断がつかないわたしを前にして、思いっきり笑い、酒の入った盃をあおっていた。
とても不思議な体験をしたと彼女は真面目そうな顔で笑っている。
でも、わたしにしてみれば――これは賭けだったのだ。自分に定められた聖剣としての運命から逃れるための、唯一の賭け。
どうやら、それは成功したようだった。
ラナは心行くまでひとしきり笑うと、いきなり真面目な顔つきに戻ってわたしをじっと見下ろした。そういえば鞘にこの身が納まってないとなんだか不安だなとわたしが思った時だ。彼女は唐突に話題をきりだしてきた。
「――っで!? これからどうするの、聖剣ーいえ、神剣アージェス? 私はもう少し、この国を楽しみたいわ」
「ねえ、それ止めてよ。
神剣なんて、呼ぶの‥‥‥人間として生きようと決めたんだから。こんな国、さっさと抜け出したいわ。
それよりも、あの子たちは? 上手く駆け落ちできたの??」
「まあ多分、大丈夫だと思うわよ」
「その適当な返事が信じれないわ。ラナ、ちゃんと説明してよ」
「大丈夫だって。ちゃんと通行証も身分も、名前も用意したから。二人とも東で第二の人生を生きていけるはず」
「新しい身分に名前? なんて名前にしたの?」
なにげなく気になって確認してみる。返事は呆れる内容だった。
「皇妃ティアスはミリア。夫になったレーベンはロイドってありきたりの名前にした。あの二人、奇妙なカップルだと誤解されなきゃいいわねー」
「ラナ、それはなんで‥‥‥?」
「あのティアスはまともじゃないからよ。言動も思考も普通じゃないから誤解を招いて調査されるかもしれない」
「折角逃がしたのに‥‥‥」
「だから、もうほっておけばいいのよ。ねえ、アージェス。人の良いあなたがどれだけの罪を被ることになったか理解してる?」
「それは確かに、気安く引き受けたけど。でもティアスたちが逃げて愛を育んだならそれはいいことよ?」
「そんなわけないでしょ?
元皇妃様は自分の個人的な愛のために、たまたま側にいたあなたを都合よく利用したんだから‥‥‥。外見がそっくりなのが気味悪いくらい」
確かにラナの言う通り、いまのわたしが真似た外見は元皇妃ティアスのものだ。
それができたから、彼女の身代わりを買って出た。でも、これが賢かったのかどうかは‥‥‥この時のわたしには理解できていなかった。
「どれだけの罪って言ってもたかだか十数人よ?」
「たかだかって、あなた‥‥‥」
「後宮でティアスがイリュスキー陛下の手慰みになった女たちに嫉妬して、次々に殺しただけじゃない。戦場じゃたいしたことないわ」
「‥‥‥その価値観、矯正した方がいいわよ? 人間社会じゃ異常にうつるから」
ラナはおっそろしいよね神剣って。いい?
そう言い、わたしのそれまでの価値観を否定した。
「いい、人間社会じゃ嫉妬で殺人を犯すことはだめなの。罪なのよ」
「罪? どうして罪? それが、この国の皇妃であっても罪なの?? 国母なのに?」
「もちろん、だめに決まってるじゃない。国母であろうと、陛下であろうと正しき法律の下には、平等なんだから。あなたがとてもついてたのよ、アージェス?」
「ついてる? 運が良かった。そういうこと?」
そう、と彼女はうなづくと自分の剣を鞘ごと床に立ててみせた。
ラナの愛刀、意思のないそれもまた、聖剣と呼ぶにふさわしい名刀だった。
「今回はたまたまこの子があなたの思いに応えたから出会えたけど。旅の途中に帝国に立ち寄った私があなたの苦悩を耳にしたから、彼女の願いはかなったわ。あくまで、あなたの願いを私は補佐したつもりよ? 意味わかる?」
「まあ、それは感謝してる‥‥‥」
「意味が分かるなら、人間らしくしてちょうだい。
あなたは意思を持って人の形を取るまでに進化した。いまからは普通の人間として振る舞い、生きることも大事よ?」
「うん、でも陛下を助けてからね?」
残念ながらこの時のわたしは、自我に再度目覚めたばかり。
ラナの気まぐれかもしれないけど。
剣士として『意思を持つ聖なる剣』の願いをかなえてやりたい、そんや優しさはわたしには今一つ理解できていなかった。
「あのねー‥‥‥。聖剣は自我を持つものだけど、ずっと眠っていたのも珍しかったし。それに、持ち主の皇帝があなたにずっと愛をささいたから目覚めたんでしょ?。その愛だって剣に対する愛なのに、人に対する愛だと誤解した聖剣なんて聞いたら放っておけないじゃない?」
「そうなの? でも‥‥‥イリュスキーは可愛かった。まだ少年のころからずっと大好きな恋人みたいな‥‥‥そんな相手なの」
「だからー、可愛いとかおかしいから。あなた、聖剣! 剣でしょう!?」
「だって‥‥‥愛してるよ、世界で僕だけの聖なる剣。なんて言われたら。無口な剣だって愛に目覚めるわよ」
思わず頬があつくなるのを自覚してしまう。いまはここにいない、かつての主――イリュスキー皇帝陛下は、本当に愛くるしい存在だった。彼がわたしに愛をささやくたびに、冷たい刀身が熱を帯びたような気がした。
だから‥‥‥あの女が彼の妻になったとき、わたしの心は狂気に打ち震えたものだ。
「ありえない‥‥‥。どこの世界に嫉妬して、主人の妻を殺そうなんて息巻いている聖剣がいるのよ! そのくせに後宮で起きた連続殺人の犯人が、その皇妃ティアス。自分の愛する男の妻だから、どうにか守ろうとするなんてあり得ないほどの馬鹿。おまけに、皇妃の姿そっくりになって‥‥‥あきれたもんだわ」
「馬鹿は言い過ぎでしょ? あの時は、彼が悲しむ顔を見たくなかったの。自分でも知らないうちに、気づいたら皇妃の姿を真似て、人化してしまっていたのよ‥‥‥」
「そうですか。普通は人格を持つ剣なんていないわよ。おまけに人間の姿に変化できるなんて。しかも、皇帝陛下には新たな愛人がいたとか、笑えるわ。ついでに、皇妃様にも幼馴染の青年が愛をささやいていた。まったく、ドロドロの愛憎劇よね」
「それでも、わたしには別の選択肢を選ぶチャンスができた。だって、あの人……イリュスキーにはもう嫌気が差していた。ううん、違う。わたしは、彼が別の誰かを愛してる姿を見るのが苦しくて苦しくて、本当に狂いそうだった。帝国皇帝だけの剣であれ、なんて誰がかけたのか分からない呪いから解き放たれたかった。あなたがわたしの声を聞いてくれたお陰よ、ラナ。だから、こんな身代わりの計画も思いつけた」
ふん、なんて彼女は息巻いていた。
そのおかげで引退したはずの首切り役人に一瞬だけ戻ってしまったじゃない、と。
でも、彼女のおかげでわたしは別の意味でも自由になれたのだ。代々の帝国皇帝の聖剣として魔族や竜族、果ては同族の人間とまで殺し合いを演じる。これは苦痛でしかなかった。
この国に相応しい聖剣として奉られ、呪いの契約が巻かれたのはいつだったろうか。あれはもう帝国初期だから千年は軽く前になるだろう。最初の主になった何代目かの皇帝は優しかった。人を魔を竜を斬ることなく、ただ、威嚇する存在として。脅威として側にいてくれと頼まれたのだ。それなのに代を重ねるごとに、わたしの刀身は血に染まっていった。
「聖剣アージェス様? あなたねー‥‥‥本当になんっていうか。惰性的というか、間抜けというか。都合よく利用されすぎよ」
「何度も言わないでよ。ついでにわたしも主に従わなければならない契約から解放されたの。本当に感謝してるわ、ラナ」
「感謝なんか要らないわよ。一剣士として剣が悲しむのは見たくなかっただけだから」
「うん、ありがとうラナ。ねえ、ところで気になってるの。イリュスキーの愛した女性たち‥‥‥最初はティアス。次はリーシェ‥‥‥この次は誰かしらね。来年あたりには、皇妃リーシェの断罪なんて噂が回ってくるかも? ラナはどう思う!?」
「自我をもって自由になったら、恋バナにめざめたの、あなた? 知らないわよ、そんなことどうでもいいわ」
つまらない。せっかく、自我を持ったのに‥‥‥。
宮殿の玉座の間の片隅には聖剣の飾り棚があった。
そこでよくよく耳にしたのだ。
貴族令嬢や夫人たちの恋の噂話を、いつかわたしもたしなんでみたい。そう思っていたのに。
ラナは言葉を続けた。まるで侍女長が、若い侍女たちに言う小言のように。
「いい? まずは人間社会になじみなさい、恋話はそれから。それが出来るようになるまでは側にいてあげるから」
「いいんだ? てっきりこの一件が終わったら放り出されるものかと思ってた‥‥‥」
「いいも悪いもないわよ! 人になった聖剣なのよ、あなた。そんな霊力の高い武器、ほっておいたら何に悪用されるか想像するだけで、怖くなるから!!」
あ、そういう意味ね。武器として脅威だから、監視しなきゃいけない。そういうこと。なんだか、一気に心が冷めてしまった。友人じゃなかったのね‥‥‥って。
「‥‥‥そう。でも、ありがとう‥‥‥」
「そうよ。とりあえず服着ない、好きだった皇帝なんて新しい皇妃にくれてやりなさい。それに、元皇妃たちだってどこかで野垂れ死にするわよ、あんな殺人鬼。心まで狂ってしまった女なんだから。私はあなたに、ああはなって欲しくないわ」
「服? あ、そういえば着なきゃだめね、うん」
「会話が噛みあってない。本当に大丈夫、あなた? ‥‥‥とりあえず、行くわよ。もうそろそろあの召喚された魔物が、この城内をさ迷い歩いているはず。私とあなた二人なら、そんなに手間のかかる相手じゃないわ」
「うん、ラナ。行きましょう――陛下を助けなきゃ」
「ねえ、でもいいのあなた。このまま逃げることだってできるのよ? 自分を裏切った男を助けに行くなんて、人間の感覚からはちょっと信じられないわ」
「やっぱり‥‥‥変、かな? でも、裏切ったかどうかは怪しいけどね。わたし、剣だし」
「自覚あるならいいけど、やっぱりね。というかいまからは人でしょ? 人なら、憎んだ皇帝にその正妻。あの魔物を召喚した女を逃がしてやり、こんどは魔物に狙われている元主人を助けることはしないわね」
「いいの、巻き込んでごめんなさい」
やれやれ、どうしてこうも変な元聖剣に関わったんだろ。
そう言い、ラナは酒の入った盃を飲み干すと、行くわよと立ち上がった。
魔物退治は聖剣の得意分野だ。
今夜は長い、とても長い夜になりそうだった。